望まぬ再会
俺は逃亡中だというのに、傷ついて動けない美少女を助けてしまったのだった。
何か凄く恥ずかしそうにしているので思わず聞いてみた。
「治療するのに上着を剥ぎ取っちゃったけど……なんか不味かったかな?」
「……‼」
ビクッと硬直するグリム。 やはりそのせいなの?!
「いや、その、なんか……ごめん」
とりあえず謝ってみる。
……無反応。
うわーっ! 気まず過ぎる~~!
どうしていいかわからず呆然としていたら、グリムがようやく口を開いてくれた。
「……すいません、実はちょっと事情がありまして……」
ゆっくりと、小声で話し出した。
「私、田舎の小さな村の出身なのですが、閉鎖的な村でして、今でもいろんな風習が残っているんです。
それでですね、男女問わず裸を見せるのは厳禁なんです。
例え親兄弟であっても、特別な事情が無い限り、人前で服を脱ぐ事は禁止されているんです……」
なるほど、そういうことか。
「知らなかったとはいえ、申し訳ない。 緊急事態だったもので……」
もう一度謝ると、グリムは慌てて説明を続けた。
「えぇっと、実はその、問題は、そこじゃないんです。
私も村を出て長いですから、ちゃんと一般常識も身に着けています。
医療行為に文句を言うほど馬鹿ではありません。
ただ、ですね……」
すごく困った感じの真っ赤な顔でこっちを見つめるグリム。なんか俺の方も恥ずかしくなってくる……。
「……人前で服を脱ぐ事は、全く無いわけじゃないんです。その時だけ、脱ぐ習わしなんです……」
その時って、いつなんだろう……。思わず息を飲んでしまう。
「あの、非常に言いにくいんですけどね……
実は男性が女性にプロポーズする時なんです!」
プ、プロポーズ?!
でも今“男性が”っていったよね? グリムは間違いなく女性だったけど……?
「男性がですね、こう、パンツを下ろしてですね、なんて言うか、“アレ”をですね、見せつけるんです!」
恥ずかし気に叫ぶグリム。
………………。
男性自身を女性に見せるのが、プロポーズ?
っていうことは、まさか……
あの時のアレか~~~~!
死闘のさなか、下半身丸出しになった俺。
それを見て硬直したグリム。
すべて合点がいってしまった。
「私、これまでプロポーズなんてされたことなかったので……
生まれて初めてだったんです。“アレ”を見たの……」
それは恥ずかしい。彼女もだろうが、俺も相当恥ずかしい。
「そしてですね……」
話を続けるグリム。まだ何かあるの?
「プロポーズされた女性は、OKならば何もしないでその場に残るんです。
そうしたら、男性が女性の服を脱がせて、胸をはだけさせるんです……
見せてはいけない裸の姿を互いに見せ合うことで、相手を特別な存在と認め合う、そういう儀式なんです……」
………………。
それはつまり、俺が彼女の服を脱がせた時点で、プロポーズが成立ということですか?
なんか頭から血の気が引くのが判る。
「ごめんなさい!プロポーズでないことはわかっています。わかっていますが……
私はそういう環境で育ってきましたので、つい……」
上気した顔で俺を見つめるグリム。ちょっと潤んだ感じの瞳はなんかエロティックで……
いかん! 何を考えている俺!
相手は魔王軍四天王、黒鋼の処刑人だぞ!
『お話し中すみません』
「うわわわ!」
突然、頭の中に響くルミナスの声にビビる俺。
グリムも突然の俺の悲鳴に目を丸くしている。
『大変面白いお話をしていたので邪魔するのもどうかと思ったのですが……』
そういえば、こいつに常に見張られているのだった。
なんか恥ずかしいところを見られてしまったな……。
『人が近づいてます、用心なさい』
ヂヂヂッ‼
気配察知に強い反応! ヤバい! 距離が近い!
話に夢中になって気付くのが遅くなってしまった。
それに覚えのあるこの感じは……!
まさか、もう来やがったのか‼
「やはりこの辺りに隠れていたか。 カイル!」
声と共に現れたのは勇者レオンだった。
「お前の実力なら少し近づけばすぐに俺の気配に感づいて逃げ出すと思っていたのだが……
留まったということは、俺と話す意思があるということでいいのか?」
すまん、そんな気はなかったよ。
ゆっくり近づいてくるレオン。辺りを見渡し足元に転がる鎧のパーツに気づく。
「……この黒い物は……まさか、黒鋼の処刑人の鎧?!
一体どうして…… えっ?!」
どうやら俺のそばに倒れているグリムに気が付いたようだ。
う~ん、どう説明しようか。
「レオン! カイルはいた?」
遅れてセリナも現れる。
まぁ二人が一緒なのは当たり前か。
……って、もう一人誰かいるぞ?
あれは誰だ?
……まさか聖女様?!
なんでこんなところに?!
「フフフフフ、見つけましてよ! 追放者カイル!」
俺を見て憎々し気に笑う聖女様。
困った。一番面倒そうな人が来ちゃったぞ……
レオンとセリナなら少しは話が出来るかと思ったのに。
『うふふ……いいことを思いつきましたわ』
聖女に呼応するように頭の中に響くルミナスの笑い声。
『カイル、手っ取り早く事態を解決させますわ』
なんか嫌な予感しかしない。
一体何をする気なんだ?
カッ‼
突然目がくらむようなまばゆい光!
聖女様の体が光っている。
そして聖女様の蒼い瞳が真紅に染まる。
これは、見覚えがある。 あの時と同じ現象だ。
まさか降臨の儀?!
突然の事態に皆がエレーヌ=ルミナスに注目する。
「レオン、セリナ、心して聞きなさい。
魔王軍四天王、黒鋼の処刑人グリムは死んでおりません。
グリムの正体は、巨大な鎧を操っていた魔族の少女。
……今、カイルの隣にいる者です」
「‼」
レオンとセリナが驚いてこっちを見る。
そりゃあ驚くよな。俺も驚いたもん。
エレーヌはさらに言葉を続ける。
「つまり……実は裏切り者カイルは四天王と内通していたのです!」
なんですと?!
辺りは何とも言えない沈黙に包まれる。
予想外の女神の降臨とそのお言葉に、みんな混乱している。
俺も大混乱中だ。
これが解決策だって? どういうこと?
唐突に光が止み、その場にくずおれるエレーヌ。
いや、ルミナスが抜けて、ただの聖女エレーヌに戻ったのか。
セリナが慌てて彼女を支える。
「そうだったのか、カイル……」
レオンのつぶやきが聞こえる。
見ると握りしめた拳がわなわなと震えている。
これはヤバい。マジでヤバい。
「まままま待てレオン! これには深い事情が……」
「黙れ!
足元に転がる鎧、これは確かに四天王グリムの物。
そしてその少女のとがった耳。まさしく魔族!
女神様のお言葉通りではないか!」
激昂するレオン。
腰の剣に手をかける。
これは本気だ。本気で怒ってる。
まぁ信じてた親友に裏切られたらそうなるか。
なるべく冷静に思考を巡らせる。
適当にやった神託を事実にしてしまうのが、女神の思惑だったか。
やってくれるぜ、まったく。
「ちょっと待って!レオン!
相手はカイルなのよ?!」
セリナの叫びが響く。
ありがたいことにセリナはまだ俺の事を少しは気にしてくれてるようだ。
「うるさい! わからないのか! あいつは、俺たちを裏切ったんだ!」
うう、心が痛い。だが、この状況では何を言っても信じてもらえそうにない。
すると、これまで黙って様子をうかがっていたグリムが、無理に起き上がろうとした。
しかし思うように動けず、よろけて俺に抱きつく形になる。
そのまま、俺の耳元で小さく囁いた。
「……私の事はいい。無視して逃げろ……」
「……‼」
レオンが剣を抜き、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「観念して大人しく捕まれ、カイル。
いくらお前でも、逃げることは出来んぞ。
……従わないなら……切り捨てる!」
緊張で口の中が渇く。何か言い訳したいが言葉が出ない。
どうする?
……くそっ、駄目だ、思いつかねぇ!
諦めかけたその時、何か黒い物が視界をよぎりレオンに向かって飛んだ。
ガキンッと鈍い音を響かせ、レオンが剣で弾き飛ばす。
あれは……グリムの鎧の欠片?!
身を起こして両手をかざすグリム。バラバラだったプレートメイルが動き出す!
そうか、グリムは魔法で鎧を操っていた。
だからこういうことも出来るのか!
パンチするがごとく宙を舞う手甲を躱し、距離を取るレオン。
その目の前で音を立てて鎧が組みあがり、黒鋼の処刑人が姿を現す。
戦った時は恐ろしかったが、今は凄く頼もしく見えるぜ。
俺はグリムに肩を貸し、無理矢理立ち上がらせる。
「何をする、一人で逃げろと言っている……!」
「いまさら何を。ほっとくわけにもいかんでしょ」
文句を言うグリムを制して、周囲の様子をうかがう。
中身のない黒鋼のプレートメイルが、両腕を広げてレオンの前に立ち塞がる。
セリナはまだ倒れた聖女を介抱している。
今のうちならまだ逃げられるか……?
レオンの口から苦し気な言葉が漏れた。
「本当に、本当に裏切ったんだな……」
もしかして……泣いてる?
すると――
ヅガンッ‼
目にもとまらぬ一閃!
レオンの剣が大上段から振り下ろされ、一瞬で巨大な黒い影が綺麗に中心で真っ二つにされていた。
げっ! なんだよそれ?!
物語でよくある、怒りとか悲しみとかで覚醒したとかそういうのか?!
そういうのは違う敵にやってよ!
そのまま真っ直ぐ俺たちに迫ってくるレオン。
その時、二つに割れた鎧が猛スピードで動き、レオンを挟み込む!
意表を突く動きに流石のレオンも対応しきれなかった。
ガキンッと大きな音を立てて鎧が合わさり、中に閉じ込められる。
おお!こんな使い方があったとは!
この隙を逃す俺ではない。即退散だ。
グリムを背負って走り出す。
グリムの体は思った以上に軽く、これならば俺の動きに支障はない。
……ちらり。
去り際にセリナにちょっと目をやる。
彼女は聖女を胸に抱えたまま、俺の事をじっと見つめていた。
すまない、こんなことになってしまって。
それもこれも全部ルミナスのせいだ。
覚えてろ、後でとっちめてやる。
**********
逃げていく二人をセリナは黙って見送った。
彼女は迷っていた。
レオンもカイルも一緒に育った幼馴染だ。
二人が共に笑い、共に励み、ぶつかることがあっても許しあってきた、そういう仲だったことは、彼女が一番よく知っている。
それこそ、女神様よりも。
そんな二人が争うのは辛すぎる。
カイルがレオンを裏切って、魔王軍側に付く?
そんなことがありえるだろうか?
彼女はカイルよりも、女神の方が信用できないでいた。
式典での神託はおかしすぎる。何か普通ではなかった。
さっきの急な降臨も変だ。
真実はきっと別にある。
そう確信めいたものを感じた。
それを暴く為にも、まずはレオンとカイル、二人が衝突する事態はなんとしても避けなければ。
そう決意を固めるのだった。
しかし――
(それはともかく、グリムの中の人、かなり可愛かったなー。
カイルの奴、二人で何してたんだろうなー)
などと下世話なことも考えたりするセリナであった。




