四天王ふたたび
俺は真っ白い世界でテーブル越しに女神様と対話を続けていた。
「俺を追放した件、本当に無しに出来ないんですか?」
「申し訳ありませんが、立場上それは出来ないんですぅ。
私を含めた神全体の沽券に関わる問題ですので。
神が人並みに酒で酔っぱらって失敗するとか、知られてしまっては神の権威が失墜してしまいます~」
「思いっきり俺にバラしてるじゃないですか……」
「今回は事情が事情なのでやむなくなのです!
それにですね……」
女神様がすごい真剣な顔になる。
俺も思わず真剣な顔になってしまう。
「上司への定期報告で、神託の詳細を書かないといけないんですよぅ!
私が力を貸している勇者パーティーのメンバーを、酔った勢いで意味もなく追放したなんて、書けるわけないじゃないですかぁ~!!」
ズルッ!
力説する女神を前に俺は脱力して椅子から落ちそうになる。
こんなにも俗物的な女神を、俺はこれまで信仰してきたのか…
これまでに祈りを捧げてきた時間を返してもらいたい。
俺は軽い頭痛を感じながらルミナスに問う。もう敬語なんか使う気にもならん。適当でいい。
「上司とかなんなんすか? 神様の世界?ってどうなってんの?」
「そうですね…… まず宇宙全体を作られた創造神様がおられて、その下に個別の世界を作られた大神様がおられます。
大神様の作られた世界の運営を任されているのが、私のような管理神になります。
管理神の中にも階級がありまして、私は世界を一つ任されているだけの下級女神ですね。
上には私たち下級女神を束ねる女神長、さらに上の女神総長様がおられるのです」
「本当に人間の社会と変わらないな……」
「神の力の源は人々の信仰ですから、こうやって効率的に集め、分配して宇宙の運営を行っているのです!」
自慢気に胸を張るルミナス。
下っ端のくせに偉そうだ。
「で、一体これからどうするおつもりで?」
「そうですね…… 神託通りに“許されないような大変なこと”をしでかしてもらって、おとなしく追放されてくれるのがありがたいのですが……」
「だからそういうのは勘弁してくださいよ……」
「ですよねぇ……
流石に私のせいでこうなってしまった以上、何とかしたいのは山々なんですが……
あなたに女神長にチクられても困りますし……」
「おいおい」
「特に解決策が浮かばないんですよ……
すみません、何かいいアイデアはありませんか?」
神が人にものを頼むの? これがホントの“神頼み”ってか?
俺は天を仰いだ。
どこまでもどこまでも続く真っ白い空間はまるで霧に包まれたようで、先の見えない俺の未来を暗示しているみたいだった……
**********
ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い森の中だった。
俺は大きな樹のうろに腰を下ろしていた。
意識を失う前にいた場所で間違いない。
木々の間から見える太陽の位置から察するに、時間はあまり経っていないようだ。
『私たち、神の空間とは時間の流れが異なっているのです。5分も経過していないはずですよ』
頭の中で突然ルミナスの声が響いて、思わず身構えた。
周囲を見回すが何の気配も感じられない。
『あぁ、申し訳ありません。 今後の為にあなたの意識に私とのバイパスを付けておきました。
これでいつでも私に話しかけることが出来ますよ』
「そういうことは先に言って欲しい……」
俺はため息をつく。
「それにしてもさっきまでとは打って変わってしっかりした話し方をしますね」
『目の前にいないなら、少しは平気ですねー』
なんか見えてないのに胸を張ってる様子が伝わってくる気がした。
あれからしばらく話したが、ルミナスとの話はまとまっていなかった。
追放はどうにもできないというし、今後の方策も定まっていない。
でも、いつまでもあの場で悩んでいてもどうしようもないので、とりあえず俺の世界に戻ってみることにしたのだった。
「さて、これからどうするかな……」
多分、聖王国は俺の事を放っておかないだろう。
女神から名指しで追放された悪人として指名手配され、追手が差し向けられるに違いない。
そして当然、俺の事をよく知っている、レオンとセリナの二人にも命令は下るだろう。
あの二人の実力はよくわかっている。敵に回したら俺に勝ち目はない。
熱血正義漢のレオンはともかく、察しのいいセリナなら話せばわかってくれそうだが、そもそもルミナスが事情を説明することを許してくれるかどうか。
まずはとにかく逃げ切るのが先決だな。
何か近くにいい隠れ場所は……。
そうだ、グリムと戦ったあの砦はどうだろうか。
あそこならば、今はまだ後始末も始まっていない。誰もいない可能性は高いだろう。
数時間後、俺は砦にたどり着いた。予想通り、人気はない。
それにしても、まさかこんな形でここに戻ってくるとは……
思わずため息が出てしまう。
俺は周囲を警戒しながら砦を囲む防壁に近寄ってみる。
チチッ……!
俺の気配察知にかすかな反応。
砦の中ではない。裏手の方だ。
追手だろうか。 いやそんな感じではない。 動物か?
『あ…… これはちょっと面白いかもです』
ルミナスのつぶやきが聞こえる。
『行ってみるといいわ。 大丈夫、危険ではないはず』
まぁルミナスだって一応女神なわけだし、信用はできる。
柵に沿って反応のあった方へ進んでいくと、通用門があり道が雑木林へと続いている。
その道の途中、何やら真っ黒い大きな塊が転がっていた。
俺は慎重に近づいてみた。
……‼
鈍く光る漆黒の金属の塊。
それは巨大なフルプレートメイルだった。
間違いない。
魔王軍四天王、黒鋼の処刑人、グリム。
「死んでいなかったのか……」
よく見れば、道に這いずってきたらしい跡も残っている。
あの時、確かにレオンの剣は胸を貫いていた。あれで生きていたとは、まさに化物だな。
『鎧を剥がして御覧なさい。 いいものが見られますわ』
「?」
ルミナスに促され、俺は手甲を外してみた。
あれ? 空っぽ?
クソ重い鎧の中には何も入って無……いや、違う。
上腕部の太い筒の中から、まったくそぐわない、細い腕が見えていた。
え? どういうことだ?
恐る恐る他のパーツを外していく。
出てきたのは、血に塗れた若い女性だった。
肩口に大きな傷があり、そこから流れ出る血で鎧の中はびちゃびちゃだ。
サラサラの薄いブルーのロングヘアが半ば血に染まっている。
苦悶の表情を浮かべる顔はまだ幼さが残るがかなりの美人だ。
だが……
赤みがかった褐色の肌。
細く長い尖った耳。
魔族だ。
魔物たちを使役する、人類の敵。
身長はグリムの半分ほどしかないが……
もしかして、これがグリムの正体なのか?!
『そうです。 彼女こそが処刑人グリムです。 魔力を使ってあの巨大な鎧を動かしていたのです』
ルミナスが教えてくれる。
これは驚いた。
まさかグリムの中身が普通サイズの魔族だったとは!
それもかなりの美少女(重要)‼
肩口の傷は剣が鎧を貫いた時のものなのだろう。
「うぅ……」
グリムの喉からかすかな呻きが漏れる。 まだ、生きている。
彼女は敵軍の幹部で、四天王と呼ばれるほどの実力者。
このままというわけにはいかない。
しかし、このまま止めを刺してしまうのも気が引ける。
ここは一先ず治療して、捕虜にするのが正解だろうか。
しかし、俺は今は追われる身。敵を捕虜にしたところでどうしようもないし……
『助けますか? 早くしないと流石に死んじゃいますよ?』
ルミナスに言われて我に返る。死んでからでは遅い。とりあえず助けよう。
俺はグリムの細い体を鎧から引きずり出すと、地面に横たえた。
血塗れの上着を剝ぎ取ると、豊満な胸が露わになる。
「うわ、思ったよりでかい……」などと言って眺めている余裕はない。
消毒の魔法で肩の傷を洗浄し、素早く止血をする。
俺たちのパーティは回復専門の聖職者がいなかったから、簡単な治療は俺の役割だった。
セリナは回復魔法も使えたがあまり得意ではなかったし、無駄に魔力消費が激しい強力な術しか使えなかったからな。
ここまでの重傷ならセリナの術くらいがちょうどいいのだが、生憎俺にはそんなものは使えない。
手持ちの薬草で何とかするしかない。
応急処置を終え、手早く包帯を巻く。こういうのは得意なのだ。
失血が酷くて当分はまともに動けないだろうが、とりあえず一命は取り留めたはずだ。
俺は一息つくと、改めてグリムの顔を見つめた。
鼻筋の通った端正な顔立ちだが、どこか子供らしさを感じるのは丸みを帯びた顎のラインのせいだろうか。
やばい、すごい好みだ。
なんか悪いことをしてるような気分になって思わず目を逸らす。
こんな可愛い女性が、あの激強な四天王グリムだとはなぁ……
「……かはっ!」
突然、むせたような声を上げるグリム。瞼が震え、ゆっくりと目を開ける。
だが、まだ瞳は焦点が合っておらず、意識もはっきりしてはいないようだ。
「……大丈夫……か?」
俺は恐る恐る声をかける。
グリムは俺の方をぼんやりとしばらく見つめたあと、急に目を見開いた。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!」
可愛い声で悲鳴を上げ立ち上がろうとしたが、眩暈をおこしたのか、そのままフラリと後ろへ倒れ込む。
その有様に思わず笑ってしまう俺。
「ははははは いきなり動こうとするからだ。
かなりの出血だったからな。 しばらく体は言うことを聞かないだろうよ」
きょとんした顔でこちらを見るグリム。
全然状況が掴めていないようだ。
そりゃそうだ。俺にもよくわからんもんな。
「……お前、さっき私と戦った奴……だよな?」
ゆっくりと質問をしてくるグリム。
「ああ、そうだ。 間違いないよ」
「私は、負けた……はず……
何故、助ける……?」
「う~ん…… なりゆき、かな? でなければ……
君が可愛いから?」
やべっ、思わず考えていたことを口に出してしまった。恥ずかし過ぎる。
笑って誤魔化そう。
俺がワザとらしく笑って見せると、グリムは慌てて目を逸らした。うわ、マジでかわいい。
すると――
「……あっ!」
急に自分の体を抱きしめるグリム。
あ、そうか。治療の際に服を脱がせちゃったことに今更気が付いたのかな。
真っ赤な顔でしばらく俺を見つめ……突然硬直する。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ‼」
そして大声をあげた。え?何事?
「そんな……そんな……でも、確かにあの時……」
「?」
恥ずかし気に顔を手で覆うグリム。
一体どうしたんだろう。
……裸を見られたことがそんなに嫌だったのかな?




