追放と女神様
俺が追放?
あまりに突然すぎる展開で、頭の回転が追いつかない。
それはレオンやセリナ、この場の誰もがそうだったようで、皆がその場を動けずにいた。
すると、女神様が急に空気が抜けるみたいにフラフラとしゃがみ込んだ。
神々しかった気配が急速に消えていく。
聖女様に憑依していた女神様が帰られたのか?
説明とか無いの?! わけがわからないんですけど!
「フ、フフッ、フフフフ……」
誰かのくもぐった笑い声が聞こえた。
笑っているのは……もしかして聖女様?
聖女様は突然立ち上がると、その美しい顔を歪ませて俺を見た。
ひいいっ! 美人に睨まれるのは物凄く怖いっ!
「追放者カイルッ! 神託が下されましたっ!
何をしたのかはわかりませんが、あなたは悪! 女神様の……いえ、人類の敵です!
聖女エレーヌの名の元、あなたを断罪します!」
……‼
聖女が高らかに宣言し、周囲がざわめき出す。
「皆の者! この者を早く捕らえなさい!」
聖女の命令で、呆然としていた警備の衛士達が慌てて武器を構えて、こちらに向かって集まってくる。
これは、マズい。
何が何だかわからないが、本当にマズい。
追放されるような心当たりはないが、言い訳なんて通用しそうもない。
「神の敵め!地獄に落ちろ!」「何をしている、さっさと捕まえろっ!」「恥さらしめ!」「裏切り者!」
周りの民衆が騒ぎ出した。
容赦ない罵倒が始まり、皆、どんどんと熱に浮かされていく。
俺は完全に「許されざる追放者」になっていた。
他でもない女神様のお言葉だ。誰もそれを疑わない。
おとなしく捕まるか? いや、この状況は駄目だ。最悪この場で処刑されるかもしれない。
「勇者レオン! 何をしているのですか! 裏切者を捕らえなさい!」
聖女が声を荒げ、俺は咄嗟に跳び退った。さっきまで俺がいたところをレオンの拳が通り過ぎる。
レオンがこれまで見たことが無い苦しげな表情で俺を睨み付けていた。
「カイル…… お前、何をした……?」
「すまないレオン、俺にもさっぱりわからん」
俺はゆっくりと首を横に振った。レオンが辛そうに目を逸らす。
「嘘よね? カイルに限って、そんな……」
セリナが口をはさんで来るのを、俺は手を上げて制止した。
「黙った方がいい。今、俺の味方をするのはヤバい……」
すると、意を決したようにレオンはちらりと俺に視線を送り、目で合図を送ってくる。
このサインは「逃げろ」だ。
この親友は、まだ俺を少しは信じてくれているらしい。
俺はいざという時のために常に持ち歩いている、発煙筒を取り出した……
**********
「この状況で逃げられるなんて、勇者の名前が泣きますわよ、レオン」
聖女は苦々しげな表情で、足元で跪いているレオンを見下ろしていた。
祭壇はまだ煙が残り、混乱した状態だった。
取り乱した王侯貴族連中は我先にと逃げようとして、事件を聞いて急ぎ駆けつけた教会の聖騎士と鉢合わせとなっているし、
広場では神託を聞いた民衆たちがヒートアップし、姿をくらませたカイルを見つけ出し捕まえろ、と盛り上がっている。
レオンは神妙な面持ちで聖女に答えた。
「申し訳ありません。
ただ、カイルはこの私も認める、非常に優秀なスカウト。
一筋縄ではいきません」
チッ!と露骨に舌打ちをする聖女。レオンはその意外な姿に驚きを隠せなかった。
「カイル…… 女神様に逆らう愚か者。
今回の神託は何かおかしかったですが、それも全部、あの者のせいに違いありません!
なんとしても捕らえないと……!
そして女神様の寵愛を賜るのです!」
エレーヌにとって降臨の儀は敬愛する女神と1つになれる、彼女だけに与えられた特権。
女神からの愛を一身に受けられる、素晴らしい体験。
それがあのような中途半端な形になってしまったことは、エレーヌには許しがたかった。
(私とルミナス様の大切な契りの時間を邪魔するなんて……
絶対に許せませんですわ!)
静かに怒りを燃やす彼女の女神ルミナスへの愛は本物だった。ちょっと異常なほどに。
エレーヌは意を決したように、レオン達に言い放った。
「……勇者レオン、そして魔法使いセリナ。あなた方に追放者カイルの捜索を命じますわ」
「‼」
「アレと仲間であったあなた方なら、行く先の予想もできるのではなくて?」
「それは確かにそうですが……」
複雑な面持ちのレオン。うつむくセリナ。
「それとあと一つ。捜索には私も同行しますわ!」
「ええっ?!」驚いて顔を上げる二人。
「あの不埒者は、なんとしてもこの手で捕まえないと気が済みませんわ!」
**********
なんとか祭壇から逃げ出した俺は、王都の地下に張り巡らされた下水道を利用して都の外へ脱出した。
この状況では、とてもじゃないが都にはいられそうにない。
女神様に直接追放を言い渡されたとなると、誰も俺を助けてはくれないだろう。
とりあえず、近くの森に隠れて様子を見るか。
森の中で大きな樹のうろを発見し、そこで休むことにした。
腰を下ろし、緊張の連続で強張った手足を投げ出すと、大きなため息が出た。
本当に何が何だかさっぱりわからない。
半日前までは、四天王を倒した英雄扱いだったのに。
それが突然追放処分ってなんなんだ、まったく。
許されないことって一体何だよ!
そんなことを考えていたら、急に睡魔が襲ってくる。
あーヤバい、こんな時に呑気に寝てなんかいられないのに。
警戒用のトラップとか用意して、逃げるための準備をしてからでないと……
…………
……
ふと気が付くと、そこはぼんやりとした光に満ちた空間だった。
近くに椅子とテーブルがあり、その上には瓶やカップが見える。それ以外は何もない。
ただ茫漠とした空間が広がっているだけ。
なんなんだ?
森はどこへ消えた?
キョロキョロと辺りを見渡すと、足元におかしなものが見えた。
流れるような、透明感のある、美しく長い金髪。
髪の隙間からうっすら見えるうなじは艶やかで滑らか。
細く長い手指は精緻な彫刻のよう。
それは……本当に美しい「土下座」だった。
土下座。それは最上位の謝罪の方法。
普通に生きていたとして、めったにお目にかかるものではない。
それをやっているのは勘違いでなければ、いや、勘違いであって欲しかったのだが。
女神様だった。
ルミナス様だった。
何故だろう、お会いするのは初めてのはずが、直感で判ってしまう。
「ほんと~~~~~~~~~~~~~~~~に、申し訳ありませんでしたっ‼」
まるで天上界に響く鐘の音のような、美しい“謝罪”の声が響き渡る。
全く訳がわからず呆然とする俺。
ここまでも訳が分からない事だらけだったが、これが一番訳が分からない。
「あの……ルミナス様、ですよね……?」
恐る恐る声をかけてみる。
「そうですぅ、ルミナスですぅぅ……
今回はとんだご迷惑を……」
「いやいやいやいやいやいや! 土下座とか! マジで勘弁してください! 困ります!」
俺は大慌てで弁解する。女神様に土下座させるとか、あまりにも不遜すぎて頭が変になりそう。
「では、許してくれますか……?」
「許します、許しますから!」
「ありがとうございます~~」
それでも女神様は動かない。
「……ルミナス様?」
「……すみません、顔を上げてもよろしいでしょうか……?」
**********
説得の末、ルミナス様はようやく立ち上がってくれた。
ふわりと広がりキラキラと輝く柔らかな金髪。
こちらを見つめるルビーのような深紅の瞳。
間違いない、あの神託をした女神様だ。
しかし……
「あのー、あまり見つめないでくれませんか……?」
なんなのだ、この腰の低さは。
女神としての威厳が一欠けらもないんですけど……
「申し訳ありません、こっちが素なんですぅ……」
もじもじと恥ずかしそうにするルミナス様。
「立ち話もなんですから、向こうのテーブルへどうぞ……」
俺は事態が飲み込めていなかったが、とりあえず言われるままに席についた。
ルミナス様は向かいの席に座ると、ゆっくりと語りだした。
「私は、あなた方、聖女神教徒の信仰する主神、ルミナスです。
多分、イメージと違っているのでしょうが、本当にそうなんです。
実は私、人と接するのが大変苦手でして……」
うん、よく分かる。
こうして話しても、あちこちに目が泳いでいるし、全然落ち着きがない。
「こんな調子では駄目だというのは分かっているのですが、なかなか自分を変えることはできず……」
俯いてしまうルミナス様。
うう、まったく話が進まない。
失礼は承知で、俺から聞くしかないか。
「分かりました、ルミナス様。
ですが、先程の儀式はずいぶんと様子が違いましたが……一体全体何がどうなってるので?」
「すすすすすみません~~!
あれ実は、お酒のせいなんですー!」
は? 酒?
「私、素のままだと威厳がある態度をとるのが苦手なので、いつも儀式の前には軽くお酒を飲んで、気合を入れているのです。
酔うと気が大きくなるので、女神らしく振舞えるのです。
なのですが、今回、先月に信者が奉納してくださった新作のお酒を飲んだところ、大変口当たり良く美味しいお酒でついつい飲み過ぎてしまいまして……
酔った勢いでふざけてしまい、なんか思いつきで追放とか言ってしまったのです……」
俺は深くため息をついた。まさかこんなオチが付くとは。
あのテーブルに置いてあるやつ、よく見たら酒瓶じゃないか。
ラベルには「聖酒 神殺し」と書いてある。シャレになってない名前だな、おい!
奉納した奴、絶対に許さんからな。
それにしても極度の人見知りだとか、酒に酔って失敗するとか、驚くほど人間っぽいんだな……
「あー、それは逆ですね。 人間が私たち神に似ているんです。
人間は、神に似せて作られてるからねー」
マジですか。そういえば、聖典にそんなことが書いてあったような……
……ってあれ? 俺、心読まれてる?
「えぇ、これでも一応女神ですから、人間の思考を読む程度のことはできますー」
ようやく落ち着いてきたのか、軽く微笑むルミナス様。
やっぱり本当に女神なんだな……
俺は感心半分あきれ半分で半笑いするのだった。
それはさておき、気を取り直して本題に入らないと。
「それでルミナス様、聖女エレーヌ様に事情を説明して、俺の追放は無しにしてもらえますか?」
ルミナス様は傍目に分かるほどビクッと体を震わせて硬直する。
「すみません、それだけはご勘弁を~~~~~~!!」
え?
「そんなことをしたら、これまでに築き上げてきた私の女神としてのイメージが崩れてしまいます!
それに今回の不祥事が上司にバレたら、減給どころじゃ済みません――!」
……女神に上司とかいるのか……
なんか俺の中の常識が音を立てて崩れていく、そんな気がした。




