勇者の凱旋
スカウトの仕事は情報収集だ。俺はいつだって念には念を入れて調査をしているつもりだ。
それでも、未来がどうなるかなんてわかりゃしない。
だからこの時の俺は、追放されるとか、目の前の敵と一緒に逃げ回る羽目になるとか、全く思いもしていなかった。
本当に人生とはままならないものだ。
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「くそっ!こんな大物がいるとは聞いてねぇぞ!」
俺たち勇者パーティは、小さな砦の広間で巨大な黒い影と対峙していた。
勇者レオン。魔法使いセリナ。そして俺、スカウトのカイル。
3人で数々の冒険を成し遂げ、魔王軍の連中と渡り合い、実績を積んできた。
今回、王都近くの砦が、突然、謎の部隊の襲撃を受け陥落。
その調査のためにやってきたのだが、予想だにしない敵が現れたのだ。
まるで闇を形にしたような漆黒のフルプレートメイルに身を包む、常人の倍はあろうかという巨躯。
魔王軍四天王の一人である、黒鋼の処刑人グリムだ。
手にした魔剣は身の丈をゆうに超える威容で、殺した戦士の血を啜り紅く輝くという。
戦い始めてからかなりの時間がたったはずだが、グリムに疲れた様子は見えない。
3人がかりだというのに、なんという強さだ。
グリムはその見た目通りのハイパワーな一撃を繰り出してくるのだが、本当に恐ろしいのはそのスピードだ。
大剣を軽々と振り回したかと思うと、巨躯に似合わない身軽さで一気に間合いを詰めてくる。
俺はうなりを上げて大上段から襲い来る大剣をギリギリのところで躱してなんとか距離を取った。
その隙を逃さず、レオンの必殺の一撃がグリムの頭部へと走る。
「うりゃああああ!」
ガキンッ!
だが、グリムは易々と弾き返し、悠然と大剣を構えるのだった。
俺は内心かなり焦っていた。
四天王グリムは本当に強い。
レオンは女神様に選ばれた勇者だ。
その強さは、幼馴染で一緒にパーティを組んでいるこの俺が一番知っている。
最強といわれる剣聖のもとで修業して技を極め、これまでに何百という魔物を、強敵を倒してきた。
もう魔王だって倒せるはずと息巻いていたのに、まさか配下の四天王相手にここまで手こずるとは…
「レオン! カイル! どいてっ!超熱線砲‼」
後ろで詠唱していたセリナの魔法が発動。
跳び退くレオンを掠めて、迸る熱線がグリムに直撃する!
並みのプレートメイルなら1秒と持たずに原形を保てず溶け落ちる、セリナの必殺魔法!
凄まじい爆音とともに猛烈な熱量がまき散らされ、俺たちの肌までチリチリと灼ける。
「よぉっしゃぁ! ざまぁみやがれ!」
レオンが拳を突き上げガッツポーズを繰り出すが……
超高温にさらされたはずのプレートメイルは、何一つ変化することはなかった。
鈍い輝きを放つ黒い鋼鉄に熱を帯びた様子は感じられない。
グリムは一切構えを崩すことなく、黙ってこちらを睥睨していた。
「そんな……!」
セリナの顔に焦りの色が浮かぶ。そりゃそうだ。こいつが効かないとなると、かなり厳しい。
「耐熱防御完備かよ!ふざけた鎧だな!」
俺は軽口をたたきつつ、二人に合図を送る。
こういう時はスカウトである俺、カイルの出番だ。策を弄して敵に隙を作ってやる。
俺は背にロープを隠し持ち、レイピアを構える。
レオンは頷いてロングソードを構えた。セリナも詠唱を始める。
長い付き合いだ、細かいことは言わなくても通じる。
「行くぞ!」
正面から斬りかかるレオン。遅れて俺。
合わせてセリナが呪文を放つ。
「雷球!」
閃光と共に雷球が現れ、辺りをまぶしく照らす。
放たれたそれは真っ直ぐにグリムへ……何故か向かわずに、そのはるか後方へと飛んでいく。
これは囮だ。
閃光で目をくらませ、わざと関係ないところに撃つことで意識をそちらにそらし、さらに闇を照らして視界を確保。
一石三鳥ってやつだ。
だが、グリムは惑わされることなく、レオンの攻撃に大剣で応戦する。
流石は四天王。この程度では駄目か。
火花を散らして二人の剣がぶつかりあう横をすり抜け、俺は全力で相手の足元に突っ込んだ。
そのまま背中側へ抜け、プレートメイルの弱点、膝裏の関節部を狙ってレイピアを突き立てる。
が、それを読んでいたグリムは、レオンの攻撃を受け流しつつ、すかさず蹴りを繰り出す。
だがそれは俺の作戦通り!
弱点攻撃を読まれることなど計算済みだ。そのために相手の目線からロープを隠していたのだ。
俺は蹴りを躱しながらロープを放ち、軸足を絡めとる。
バランスを崩す巨体。
俺は構え直したレイピアで脇腹の装甲の隙間を狙……
ぞわっ!
背筋に悪寒が走る。
目の前に迫る鋼鉄の塊。
こいつ、剣を手放して裏拳を放ってきやがった!
避けきれない?!
俺は思い切り体をひねる。鼻先を拳が掠めたかと思うと、下半身がすごい力で持っていかれる。
しかし、ダメージは感じない。装備が引っかかっただけだ。なんとか躱せたようだ。
俺はバランスを保って踏ん張り、敵の攻撃に備え身構えた。
すると。
敵が、グリムが、突然ピタリと静止した。
一瞬の静寂。
その隙を逃す勇者レオンではない。
「絶技!真芯穿‼」
剣の秘奥を極めた者のみが使える絶技。
あらゆる物を貫く必殺の一撃が放たれる!
一度硬直してしまったグリムに、それを躱すことはできなかった。
光を纏う切っ先が黒鋼の鎧の胸元を貫き、砕く。
レオンが剣を引き抜くと、四天王グリムは、ゆっくりと膝をついた。
そのまま、闇のように黒い巨体が地響きを立てて倒れ伏す。ピクリとも動かない。
「勝った……のか……?」
俺は恐る恐るグリムの巨体に近づく。
「こいつ、突然隙だらけになったけど、急にどうしたんだ……?」
怪訝に思っていると、突然レオンが大声で笑いだした。
「あはははははははは! おいカイル! お前気付いていないのか?」
「???」
すると顔を真っ赤にしたセリナが近づいて来て、手にしたマントを押し付けてきた。
「せっかく強敵を倒したっていうのに締まらないわね! さっさと隠しなさい!」
そういわれてようやく気が付いた。
強烈極まりないグリムの攻撃の前に俺の装備は無残にもはじけ飛んでいた。
そう、下半身丸出しだったのだ。
「流石の四天王様も、いきなりのモロチンに一瞬思考が停止しちゃったようだな!
サイコーの陽動だったぜ!」
「……サイテー過ぎる」
サムズアップで高笑いするレオンとそっぽを向くセリナ。
俺は頭を抱えてうずくまった。
「かっこ悪すぎだぜ……」
**********
勇者レオン、魔王軍四天王を打倒!
そのニュースは瞬く間に広がり、街は歓喜に沸いた。
ここ数年、大きな争いこそ無かったものの、ゲルド王国と魔王軍の戦争は停滞し、嫌な気配が漂いつつあった。
そこへ勝利への兆しを感じさせる今回の朗報!
盛り上がらないはずがない。
早速、国王は記念式典の開催を布告し、聖女神教会による祝福の儀が執り行われることになったのだった。
聖女神教は人類圏最大を誇るゲルド王国の国教である。
女神ルミナスを主神と崇め、正式名称は聖ルミナス教であるが、聖女神教、女神教などと呼び習わされている。
教会は女神のもたらす聖なる力で王国を守護しており、ゆえに王国は聖王国とも呼ばれていた。
俺たちが正門を抜け王都に踏み入ると、割れんばかりの歓声に包まれた。
大通りは勇者一行を一目見ようという民衆で溢れかえり、露店まで並んで、年に一度の大祭もかくやという有様だ。
俺たちは有無を言わさず儀礼用の豪華なフルオープンの馬車に乗せられ、中央広場の祭壇までの凱旋パレードをすることになった。
「まさかこんなに歓迎されるとは驚いたね!」
レオンは笑顔で見物客に手を振る。
「俺って本当に勇者なんだな。あらためて実感したよ」
俺はレオンに向かって深々と一礼して見せる。
「四天王、処刑人グリムを倒したんだからな。当然といえば当然だよ、勇者レオン様」
「なんだよカイル、他人行儀だな。お前がいればこその勝利だ。お前もちゃんと胸を張れ!」
隣のセリナがニヤニヤと笑いながら付け加えてきた。
「そうよー、カイル。あなたのおかげで、いえ、あなたの“アレ”のおかげで勝てたのよー?」
「それを言うな! 恥ずかしい……。まったく、皆に知られてみろ、街を歩けなくなっちまうよ」
俺は苦笑しつつ、周囲の歓声に身を委ねた――。
**********
陽が天頂に差し掛かり、ようやく式典が始まった。
儀礼用の祭壇には現国王のタタン二世陛下をはじめ、王族の歴々が並んでいたが、まぁ俺とは別世界の人間、さして興味もなく、誰が誰やらよくわからない。
とりあえず恭しく頭を下げておけば問題はない。
毎度のことながら、お偉いさんの長話は眠くなってしょうがないからな。
俺はこれまでの事をぼんやりと考えていた。
若くして剣を極めし者、勇者レオン。
大賢者の称号を継ぐ者、魔法使いセリナ。
そして、たいして知名度の無い俺、スカウトのカイル。
俺たち勇者パーティの3人は、辺境の小さな町で生まれ育った幼馴染だ。
レオンはわずか8歳にして女神の祝福を授かり、勇者として選ばれた。
そんな親友を支えるため、俺とセリナも冒険者の道を選び、3人でずっと一緒に頑張ってきたのだ。
勇者という肩書に振り回され、子供のくせに、弱いくせにと罵倒され、それでも支えあってきた日々の積み重ねが、ようやく報われる……
俺が感慨に耽っているとセリナに小突かれた。
「ちょっと何ボーッとしてんのよ! 聖女様がいらしたわ! 降臨の儀が始まるわよ」
聖女様と聞いて流石に俺も背筋を正す。
聖女エレーヌ様。
聖女神教会の筆頭巫女。
女神ルミナス様をその身に降ろし、神託をもたらす、世界唯一の聖女様だ。
その権威は国王すら遠く及ばない。
何せ本物の女神様と交信できる方なのだから。
かくいう俺も、敬虔とはとても言えないが、れっきとした聖女神教信者。
エレーヌ様の大ファンである。
エレーヌ様がゆっくりと祭壇へ上がってきた。
相変わらず美しい。思わず見とれてしまう。
腰まであるさらさらとした金髪、蒼く澄んだ物憂げな瞳、たおやかな物腰。
まさに清楚。
聖女と呼ぶにふさわしい。
観衆もその神々しさに息を飲み、騒がしかった広場がしんと静まり返る。
流石は聖女様、俺たちとは役者が違う。
聖女様が祭壇中央に立つと、祈りの詠唱が始まった。
神降ろしの儀。
それは我々一般市民が、恐れ多くも女神ルミナス様の御声を直に拝聴できる儀式だ。
高位の聖職者であれば、女神様の御声を聞くことはできる。
しかし、神降ろしの儀は違う。
女神様が聖女様の体を借りて顕現するというこの世の奇跡なのだ。
祈りの詠唱が最高潮に達し聖女様が両手を空に翳すと、天から光が迸る!
眩い光の中、聖女様の髪がふわふわと広がる。
あまりの美しさに誰もが心奪われ、息をするのもはばかれるほどだ。
光の中、聖女様がゆっくりと目を開ける。さっきまで蒼かった瞳が深紅に輝き、見る者の心を射抜く。
……女神が降臨なされた!
その場にいるすべての存在が瞬時に納得する。
圧倒的な神性力だ。
聖女エレーヌ様――いや、今や女神ルミナス様はゆっくりと天を仰ぐと……
「ううっ……」
突然、頭を抱えてよろよろと前に出てきた。
あれ? なんか様子がおかしい……?
すぐにエレーヌ様はスッと背筋を伸ばすが、まだ多少ふらついている。
「……えぇーっと……確か……、勇者レオン……? で良かったっけ?
今回はぁ、たいっへん、よくできましたぁ!」
ゆっくり語りだすが、なんか呂律が回っていない……?
「そちらのぉ、まほーつかい、セリナちゃんもぉ……
よぉく、がんばりましたねぇ…… 褒めてあげますよぉぉ」
これは流石に変過ぎじゃないか?
横を見ると、レオンもセリナも反応に困って半笑いみたいな表情で固まってるぞ。
エレーヌ様はゆっくりと俺の方を向くと怪訝そうな顔で俺の顔を見た。
美人にじっと見つめられるのは緊張する。呼吸が乱れ、変な汗が出る。
「んー……? あなた、誰だっけ?」
おいおいおいおい、勘弁してください!
「そうだそうだ、カイルだっけ……」
思い出していただけたようだ。ひとまずほっとした。
「…………」
エレーヌ様はしばらく俺の顔を見つめ……突然にやりと笑った。
それは、いたずらを思いついた子供のような、無邪気だが意地悪そうな……
何とも不安を煽られる笑みだった。
エレーヌ様はすぐに真面目な顔になると、ビシッと音がしそうなぐらいの勢いで俺の事を指さし、しっかりした口調で言い放った。
「勇者パーティの一人、カイル! あなたは大変なことをしました!
それは到底許されることではありません。
よって、あなたを追放処分とします!」




