魔獣鎧
10日ぶりの投稿です。遅くなってすみません。
今後は毎週月曜日の夜に投稿予定です。
ゴーレムがいた広間を出てすぐのところで、立派な石の扉に行き当たった。
これがきっと工房の入口に違いない。罠がないことを確認し、ゆっくりと開ける。
そこは確かに工房であった。
中はほとんど風化していないきれいな状態で、とても数百年前のものとは思えなかった。
鉱石から金属を精製する巨大な高炉や、鍛造のための火床など、手入れをすれば今でも使えそうだ。
金床やハンマーなどの道具もきれいに整頓されている。倉庫らしき部屋には加工された石ブロックや金属インゴットが整然と積み上げられている。
「これは凄いな……。ここに住んでいたドワーフの名工というのは、本当に几帳面な性格だったのだな」
「ダンジョンもとてもきれいに整備されていましたものね……」
俺達が周囲を見回していると——
突然ガシャン!と奥の方から大きな物音が響いた。続いてガシャッ、ガシャッと規則的な音が近づいてくる。
これは足音か?!
奥の部屋から何かがゆっくりと歩いてくる。
それはきれいに磨き上げられた金属鎧だった。松明の明かりがギラリと反射する。
ゴーレムか、あるいは生きる鎧だろうか。
フォウナが目を輝かせる。待望の全身鎧だもんなぁ。
歩いてきた鎧は武器を持っておらず、動きも緩慢だ。戦う気はなさそうだ。
シンプルな形状ながら、細かい装飾が施されているので、儀礼用の全身鎧のようだ。
動く鎧は少し距離をおいて立ち止まると、優雅に一礼する。
「……いらっしゃいませ、ようこそ、おこしくださいました、お客様……」
低いくぐもった声が工房に響く。
え? もしかして生きた人間なのか……?
俺とフォウナは驚いて顔を見合わせた。鎧はそのまま話し続ける。
「申し訳ありませんが、主人は、6,021,396時間前に、亡くなりました。今は、ワタクシが、管理を、任されて、おります」
俺は突然のことに呆然としつつも返事を返す。
「これはご丁寧にどうも……。しかし、人がいるとは驚いたな……。あなたは何者なのですか?」
「申し遅れました、ワタクシ、リビングメイルのセバスチャンと申します」
鎧はカタカタと振動した。まるで笑っているようだ。
**********
俺たちはリビングメイルに案内されて、細い廊下を進んでいった。
なんでも名工の残した武器や鎧が奥の部屋に展示されているらしい。
「なるほど、ここがきれいに整頓されていたのはあなたが管理していたからなのね……」
フォウナはとても嬉しそうだ。鎧を見るのがよほど楽しみなのだろう。
俺は一応罠である可能性を考慮して、気を抜かずに気配を探ったが何も感じられなかった。
少し鎧と話でもしてみるか。
「話ができるリビングメイルなんて初めて見たよ」
「皆さん、そうおっしゃいますね。しかし、主人が作ったリビングメイルは、みな話せましたので、あまり、特別だとは思っておりません」
「そんなものか。……それはともかく、簡単に俺達を客と認めたけどいいのか? 盗みに入った泥棒だとか思わなかったのか?」
「ここに、辿り着いた者は、全て、大切なお客様として、おもてなしするように、亡き主人に、指示されて、おります」
「なんでまた……」
「単に、この場所を、荒らされたくないから、です」
「なるほどね……」
「それに、ここに辿り着ける、実力があるなら、主人の残した武具を使うのに、相応しい、力が、あるはずですから。何者であるかは、関係無いのです」
そうか、あのゴーレムは資格テストみたいなものだったか。
そうこう話しているうちに展示室に辿り着いた。
入口の扉を開けると、中は細長い部屋だった。右側にはずらりと鎧が整列していて、左側にはショーケースが並んでいる。
奥には台座があり、何かよくわからない物が鎮座していた。
「へ~、これは中々……良い感じですねぇ」
フォウナは早速一番手前の鎧から物色している。気に入るのがあるといいが。
俺は左手に並ぶショーケースを覗いてまわった。
中には様々な武器が並んでいた。
ブロードソード、レイピア、ハルバード、フレイル、ハンドアックス……。どれも見ただけで一級品とわかる。凄い出来だ。
円月刀や野太刀など、変わった物もある。何か俺に使えそうな物はあるかな……。
お? チャクラムや投げナイフがあるぞ。この辺は貰っていこうか。
物色しながら奥へ進み、台座のところまで来た。
そこにあったのは金属で作られた動物の置物だった。そこそこ大きい。子供ぐらいのサイズはある。
ずんぐりとしたネズミのような体型に、長い耳と大きな尻尾。そして額の部分に大きな赤い宝石がはめられている。これは魔獣カーバンクルを模しているようだ。
写実的な造形ではなく、鎧のパーツを組み合わせてそれらしい形にした、という感じだ。
「なんだろう、これ……。ただの美術品かな?」
しげしげと見回していると、リビングメイルが近づいてきた。
「これは、主人の残した、最高傑作、または、失敗作、なのです」
「最高傑作? 失敗作? どっち?」
リビングメイルはそれ以上説明せず黙った。話したくないのだろうか。
意味がわからず困惑していると、急に小ルミナスが現れた。置物の周囲を飛び回る。
『これ、何だか面白いね。魔法と精霊の気配がするけど、うまく機能していないみたい。ちょっと後押しすれば起動するかも……?』
起動する? ってことはゴーレムやリビングメイルの一種なのか?
「真剣に見ているようですが、なにか面白いものでも?」
フォウナがいつの間にか後ろに来ていた。
「変わった置物があってね。 ……どう? 気に入った鎧はあったかい?」
「そうですね……流石にグリムほどではないですが、どれもかなり良い物です。ちょっと迷いますね」
「俺が使えそうなものとかはあった?」
「軽装の物もありますが、金属鎧ばかりで隠密行動の多いスカウト向きではないですね……」
「そうか、残念」
そんなやり取りをしていると、また小ルミナスが割り込んできた。
『ねぇねぇカイル! もしかしたら、フォウナならこの置物を起動できるんじゃないかしら?』
(ほほう? フォウナなら? 一体どうして?)
『フォウナは魔法の鎧を操っていたからよ。あれは単に鎧を動かしていたわけではなくて、半ば一体化する特殊な魔法を使っていたの。フォウナの一族に伝わっていた秘術で、世間にはあまり知られていない術ね。その術を使えば魔導核が活性化して、宿っている疑似精霊が目覚めると思うの』
(……う~ん……よくわからないけど、フォウナが魔力を込めれば動くということか?)
『そんな感じね!』
なんか面白そうだな。ちょっとやってもらおうか!
フォウナに“このカーバンクルはグリムみたいな特別なものだからフォウナなら動かせるかもしれない”と説明して試してもらうことになった。
「いきますよ……」
カーバンクルにかざされたフォウナの手が淡く光る。すると、カーバンクルの額の赤い宝石が淡く光り始めた。
「お、おお!」
突然、黙って様子を見ていたリビングメイルが声を上げる。
「起動します……! これまで、何をしても、動かなかった、主人の、最高傑作が!!」
カーバンクルの体が震えだし、カチャカチャと音が響く。宝石の光がグッと増したかと思うと——
「きたきたきたきたーーーーーーーっ!」
突然、何者かの叫び声が響く。カーバンクルが喋った?!
そしてぴょんと飛び上がると、まるで猫のようにぐーっと伸びをする。
「いやぁ長かった!長すぎだったよぉ!このまま永遠に動けないんじゃないかと心配しちまったぜ~」
本当にこのカーバンクルが喋っているらしい。全員が呆気にとられている。
カーバンクルは姿に似合わない渋い声で続ける。
「助かりましたよ、お嬢さん。いや、ここは敬意を込めて、マスターとお呼びいたしましょう。ありがとうございます、マイ マスター」
ひょいと二本足で立ち上がり、フォウナに優雅に一礼する。
なにこれ凄い!
生きているような滑らかな動き、流暢な話し方、作り物とは思えない。
けど、この声、話し方、全然似合わねぇ。
「ワタクシ、作られた当初から意識はあったのですが、起動してもらえず、途方に暮れていたのですよ~」
カーバンクルの話にセバスチャンが口を挟む。
「カーバンクルは、主人最後の、作品でした。完成したと、言い残して、亡くなられたのですが、起動の方法を、教えていただけなかったのです」
「なぁセバスチャン、お前の話し方ウザ過ぎ~。ワタクシがぜぇ~んぶ話すから、お前は黙っていなさ~い!」
セバスチャンをカーバンクルが小突いて黙らせる。
まるで漫才を見ているようだ。漫才できるリビングメイル……とんでもない技術だ。
カーバンクルはトコトコとフォウナに近寄ってくると質問してきた。
「それにしても、マスターは中々稀有な才能をお持ちのようで。ワタクシを起動できるのはかなり特殊な術式のはず。どこでそれをお知りに?」
「え? そうなの? これはグリムを動かしていたのをマネただけなんだけど……」
「グリム? もしかして“グリムリーパー”のことですかな? アレも創造主様の傑作の一つ。そうですか、グリムリーパーパイセンを知っていましたか~」
グリムをパイセンって……いや、驚くべきはそこではない。グリムを作ったのはこの工房の主人、ドワーフの名工だったのか……!
「ではパイセンは今、どちらに?」キョロキョロと周囲を見るカーバンクル。
「ごめんなさい、この前、勇者に破壊されてしまって……」
シュンとなるフォウナ。
「そうでしたか。ですが、相手が勇者であるならばパイセンも本望でしょう。やはり所有者を守ってこその鎧ですからねぇ~」
大仰に頷いて見せるカーバンクル。思わず「その言い方、お前も鎧みたいだな」と俺が呟くと、カーバンクルがこっちを向いてぴょんと跳ねた。その場でくるりと一回転する。
「ややっ!自己紹介がまだでしたな! ワタクシ、魔獣鎧でカーバンクルのルーベイドと申します。以後、お見知りおきを」
「魔獣……鎧?!」
思わず聞き返す。鎧ってどういうことだろうか?
「ええ。こう見えてもワタクシ、れっきとした鎧なのでございますよ。普段はこうして自律行動しておりますが、いざとなれば、あ~ら不思議!」
ルーベイドの体がうっすら光り、ふわりと宙に浮く。そして腹の部分が割れて体が大きく開いたかと思うと、中に収納されていたパーツが展開されていく!
さっきまでカーバンクルの姿だったのがどんどん人型に近くなる。
「マスター、ちょっと失礼しますよ」
ルーベイドは凄い速さでフォウナを取り込んだ!
いきなりの動きに俺は対応できなかった。固唾を飲んで見守る。
光が収まると、そこにはとても美しいフルプレートメイルが立っていた。
人に近い無駄のないフォルム。それでいて要所を押さえた装甲。
胸の中央には、カーバンクルのシンボルとも言える赤い宝石が輝いている。
頭部の羽飾りを思わせる装飾もまたかっこいい!
「どうです~? かっこいいでしょ~?」
ルーベイドの声が響く。
この物言い、なんか心を見透かされているようで腹が立つな……
「……懐かしいですね……この感覚、グリムとそっくりです……」
ルーベイドを纏うフォウナが呟いた。
「少し動いてみますね」
言うやいなや素早くバク転して距離を取る。左右のパンチから回し蹴りを放つ。
うわぁ、プレートメイルを着た人間の動きじゃねぇ。
しばらく演舞を続けるフォウナを見つめた。
ルーベイドはグリムほど大きくはなく、ずいぶんと軽いようだ。関節周りもかなり自由度が高そう。
防御力より動きやすさ重視のようだ。
あと、グリムと比べると威圧感は少ないが、優美なデザインのせいか、絶対的な強者感……“凄み”みたいなものがある。
今戦ったらちょっと勝てる気がしない。
元々俺はプレートメイルとは相性が悪いからなぁ。
いつの間にかフォウナは剣を抜いて振り回していた。
「ほほう、グリムリーパーパイセンを壊した勇者から奪った剣ですか。中々の代物ですねぇ」
「ちょっと軽すぎるんですよね。本当はもっと重量のある両手剣が使いたいのですが……」
「あいにくと、ここにはないですねぇ……」
すでにフォウナとルーベイドは意気投合したようだ。鎧はもうこれで決まりだな。
目的は果たしたし、ダンジョン探索も終了だ。
俺は荷物をまとめて帰り支度を始める。来た道を戻ることを考えて気が滅入ってきた。
ダンジョンは帰るのがしんどいんだよな~。
するとセバスチャンがやってきた。
「お帰りに、なられますか?こちらに、地上への、ショートカットが、ございますが、利用されますか?」
なんですと?
セバスチャンに案内された先には狭い螺旋階段があった。これが地上まで続いているらしい。
「こんな物があったとは……これを見つけられたら、簡単にここまで来れるじゃないか」
魔獣の形態でトコトコとフォウナの後をついてきていたルーベイドが笑った。
「ははは、それは難しいぞ、若造。この階段は普段は完全に埋まっているのだ。創造主様の魔法と変形機構で、使う時に階段を生成する仕組みだからな。たとえここに階段があることを知っていても、下で誰かが魔法を起動しなければ使うのは不可能なのだ」
「なるほど凄い。名工というのは何でも作れるのだなぁ……」
「ふん、我が創造主様は特別である!」
こうして俺たちはドワーフの名工の住んでいたダンジョンを後にしたのだった。




