ダンジョン
半日ほど山道を登り、大きな樹が少なくなった辺りにそれはあった。
断崖に作られた大きな石造りの門——ダンジョンである。
苔むした石畳の感じから、数百年は前の遺跡だろうか。
「これがダンジョンですか……。実際に来るのは初めてですね」
フォウナは興味深げに門を眺めていた。
俺は気配を探りながらゆっくりと入口へ近づく。特に脅威は感じない。
覗き込むと、ダンジョン特有のカビ臭いじっとりと湿った空気が鼻につく。
入ってすぐ下り階段になっていて、闇の中へと続いている。
「カイル、これは何でしょうか?」
フォウナは入口の脇に立ててあった、比較的新しい木の杭が気になったようだ。
「これは探索した冒険者が立てたもので、探索状況を示す目印なんだ」
俺はダンジョン初心者のフォウナに説明してあげた。
「後から来た冒険者のために、ダンジョンを見つけた時に立てるんだ。こうしておけば発見済みであることがわかるだろう?」
汚れを払って木の杭につけられた傷を確認する。
「水平の傷が五本入れてある。これは階層の数。その横のバツ印は探索済みという意味だ。だからこれは5階層まで探索済みで、その先は見つかってないことを示している」
「なるほど、冒険者の知恵ってやつですね。勉強になります!」
感心するフォウナ。
「だけど、ズルい奴が嘘の傷をつけていることもあるから要注意だ。まぁ、最近人が来ていないようだから、ほぼ探索済みであることは間違いないな」
「探索済みということは、もう宝物とか残っていないということでは?」
「そうだな。でも見つけることが出来なかっただけの場合もあるから、期待できないわけではない。今回は秘密の工房が隠されてるという情報もあるし、期待大だ」
俺は軽く伸びをして深呼吸する。
「よし! 気合い入れてダンジョン探索と行きますか!!」
**********
話は少し前に戻る。
「実は、鎧が欲しいんです! できればフルプレートメイルが!!」
興奮気味に熱く語るフォウナ。前々から思うところがあったのだろう。
「この前、勇者から奪って剣を手に入れましたけど、それだけでは足りないです。私が実力を発揮するには、やっぱりフルプレートメイルが必要なのです。
四天王の鎧を失って、それでも自分は戦える、問題ないと考えていましたが、勇者と戦って気が付きました。私の戦闘スタイルはやはり鎧があってこそなのだと」
確かに、フォウナの戦い方はグリムの体格や防御力に頼っている面があったのだろう。
勇者レオン級の実力者が相手では、100%の実力が出せなくては厳しい。
「私、ちゃんとカイルの役に立ちたいのです!」
まっすぐにこちらを見つめてくる。
うぅ、顔が近い。思わず赤くなってしまう。そうやって素直にこられると弱い。
新しい鎧か……。
フォウナが欲しがっているフルプレートメイルは、個人で持っている人間は少ない。
重いし、ガチャガチャとうるさいし、整備にも手間がかかる。探索を行う冒険者向けではない。
傭兵団とか正規軍とか騎士団とか、戦闘に特化した連中が使うものだ。
旅をするのに着て歩こうなどと考えるのは余程のバカか、ただの脳筋なのだが……。
まぁフォウナは後者なので仕方ないか。
手っ取り早い方法は大きな街に行って店で買うことだが、あいにく近くにあるのは小さな集落ばかり。
フルプレートメイルを売っている可能性は低い。
少し先に北部最大の都市であるサリエダがあるが、そこは東西貿易の要衝で王国軍北部方面部隊本部がある。
あまり近寄りたい場所ではない。
街で買う以外の手段となると、鎧を製造してる鍛冶屋に直接出向くぐらいしか思いつかないが、そもそもどこにあるか知らない。
だがしかし、こういう時に便利なのは女神様だ。
俺はルミナスにお願いしてフルプレートメイルを手に入れられる場所は近くにないかと探してもらっていた。
『全くカイルは女神使いが荒いですね……。こういう調べ物は地道に人の記憶を覗いていかないとなので、面倒くさいんですよ』
ルミナスはブツブツと文句を言いながらも調査してくれた。
数時間後、調査結果が出た。
『はっきり言って購入は無理ですね。フルプレートメイルを売ってるところは全然ないです。サリエダの防具屋も王国軍に専売していて、個人には売っていないですね』
(う~ん、やっぱりそうか。どうしたものか……)
『ですが、一つ面白い情報があります。ダンジョンです』
(ダンジョン? この辺りにあるなんて聞いたことがないが、新しく見つかったのか?)
『違います。以前に発見されて探索済みなので、ほぼ忘れられている小さなダンジョンです』
(……そんな場所をわざわざ教えてくれるということは……未探索のエリアがあるということか?)
『カイルは話が早くて助かりますね。半分は当たりです』
ルミナスは詳しく説明してくれた。
かなり昔、魔界に名工と謳われたドワーフの鍛冶職人がいたそうだ。かなりの変人で、非実用的で奇天烈なものばかり好んで作っていたらしい。
そんなんだから当時の魔王の不評を買ってしまい、魔界にいられなくなって放浪した挙句、とあるダンジョンに住み着いたそうだ。
ダンジョンの奥に工房を作ったドワーフは、生きる鎧や動く人形などを徘徊させてダンジョンを守っていたという。
その後ドワーフは亡くなり、ダンジョンも一度は忘れられた。
けれど10年ほど前にダンジョンは再発見され、探索者が大勢やってきた。ドワーフの作ったモンスターは狩り尽くされて、今は放置されているらしい。
『ですが、冒険者たちは結局、ドワーフの工房を見つけていないんですよ。
そもそも大昔ドワーフの名工が住んでいたことを知っている人間は、今は一人もいません。
はるか昔からこの世界を見ていた女神だけが知っている情報なのです!』
と、自慢げなルミナス。確かに女神として歴史をずっと見てきていたわけだもんなぁ。
(では、その工房を見つければ、鎧があるのですね?)
『……残念ながらそれはわかりません。私にも工房の詳細は不明です。ただ、生きる鎧とか作っていた工房が存在していることは間違いないでしょう。何かが残っていても不思議はありません。まぁ大昔の話なので望み薄ですけどね』
(望み薄でも、可能性があるだけマシか……)
**********
俺たちは松明を手に階段を降りていった。
魔法の明かりもいいのだが、ダンジョン探索は松明が便利だ。炎の揺れ方で空気の流れがわかるし、クモの巣を焼き払えるのも良い。
何より風情がある。
階段を降りた先は広いホールになっていた。朽ちた木や土砂がいたるところに堆積していて、長く放置されてることがわかる。
よく見ると中央辺りから奥の廊下へと、レールらしきものの跡が続いている。端に転がっているのはトロッコの残骸だろうか。
「ここは元々は坑道だったようだな……」
ドワーフがここに住み着いたのも鉱石が自給自足できるからなのかもしれない。
「だとしたら、工房があるのはやっぱり鉱石の残っている可能性がある、奥の方か……。面倒くさいなぁ」
坑道がベースになっているダンジョンは、細くて行き止まりの横穴がたくさんあるので探索するのが大変なのだ。
「静かですね……。生き物の気配が感じられません」
キョロキョロと辺りを見回してフォウナが言う。
「そうだな。入口の荒れてない感じからして、地上の生き物があまり出入りしていない。多分、奥にダンジョン系の魔物がいるんだろう」
「ダンジョン系の魔物ってどんなものなのでしょうか?」
「ダンジョンは一切光の入らない闇の空間だからな。目を持っていない奴が多い。あとは昆虫も多いな」
「うわ……。ちょっと嫌な感じですね……」
俺たちは工房があるのは最深部と目星をつけ、さっさと潜ることにした。
地下二階は蜘蛛だらけだった。松明が役に立った。
地下三階はナメクジだらけだった。地面がヌルヌルで歩くのが大変だった。
地下四階は地底湖が広がっていた。魚を釣ってみたが、なんかグロテスクで食欲のわかないヤツしか釣れなかった。
「……思ってたよりダンジョンの探索ってつまらないですねぇ」
焚き火を見つめながらフォウナがつぶやく。
潜り始めてからかなりの時間がたったので、俺たちは地底湖のほとりでキャンプしていた。
「探索済みのダンジョンなんてこんなものさ。めぼしいお宝はないし、危険な場所は対策されているしな。整備された登山道を歩くのと大して変わりないからね」
ダンジョン探索は何度も同じ場所を通る可能性があるので、崩れた場所を補修したり、登れるように階段を作ったり、危険なところに鎖を張ったりなどと、ある程度の通り道は整備するのだ。
途中スルーしてきたが、魔物を狩るための狩場らしきものも作ってあったぐらいだ。
今キャンプしている場所も、過去に別の冒険者がキャンプした跡地だ。大人数のパーティで来ていたのだろう。瓦礫がどかされて、広いスペースが確保されていた。
ここまで大した魔物も出ないし、これといった発見もなく、フォウナがつまらないと感じるのも無理はない。
ただ、問題はここからだ。この探索済みのダンジョンで未知のエリアを見つけなければならない。
全くあてもなく隠し扉とか探して壁を叩いて回るのもバカバカしい。やはりここは人知を超えた手段に頼るか。
(ルミナス、お前の能力で探ることは出来ないか?)
『ハイハイ、便利な女神サマの登場ですよ~』
目の前にぽんっと小ルミナスが現れる。
『私は壁を通り抜けて飛び回れるので、なにか見つけたら教えますよ~』
流石は女神様。こういう時は頼りになる。一休みしたら地下五階の探索を始めますか。
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地下五階までの階段はこれまでより長かった。地底湖を避けてより深いところを目指したのだろう。
ふと疑問に思ったことをルミナスに訊ねる。
(そういえば、ドワーフは自作のガーディアンにダンジョンを守らせていたんだよな? 残骸すら見かけないんだけど……)
『そういうのはお金になるので、破片も残さず冒険者が持ち出しましたよ。全部持ち出されたので、誰も来なくなったのでしょうね』
なるほど、そういうことか。
俺たちは地下五階に辿り着いた。いかにも坑道といった感じの粗削りの太い道が真っ直ぐに伸び、左右の壁に細い道の入口が並ぶ。
……いちいち調べるのは大変そうだ。
小ルミナスが壁や床を突き抜けて飛び回ると、すぐに戻ってきた。
『ちょっとカイル、いきなりだけど足元に空洞が広がっているのを見つけたわ。地下六階があるわね。床も壁もきれいに整えられてる。坑道といった感じではないわね』
(それは大当たりだな。隠された入口がないか引き続き探してみてくれ)
『りょーか~い……』小ルミナスは返事もそこそこに何処かへ飛んでいった。
小さいルミナスはなんか子供っぽいよな。見た目に左右されてる?




