ウェイン君がんばる
僕の名前はウェイン=スタッド。東部辺境伯として知られる名門スタッド家の三男だ。
王都の聖女神教会で聖騎士見習いとして修行中の身なのだが、今は訳あって冒険中だ。
少し前から聖女エレーヌ様の側仕えをしていたのだけど、女神から追放を言い渡された裏切り者、極悪人カイルを討伐すると言い張って聞かないので、勇者レオンのパーティに参加することになったのだ。
エレーヌ様はたいへん美しく、清楚で有能な聖女として知られているが、実はそうでもない。
普段のエレーヌ様はかなり豪胆で、大雑把で乱暴だ。でも一途で真面目でもあり意外に気さくなので、僕は聖女様を好ましく思っている。
今はパーティの一員として身分を隠し、チェスタと名乗っているのだが、とても楽しそうで僕も嬉しい。
パーティのリーダーであるレオンさんは、勇者として世界中に名を轟かせている英雄の一人だ。
実は、僕がまだ幼くて地方領主である父のもとで暮らしていた頃、レオンさんにお会いしたことがある。
当時のレオンさんはまだ10代で、“女神に選ばれた勇者”という肩書はあっても実績がなかったから、すごく冷遇されていた。
父の依頼で魔物討伐に来て、館に数日滞在していたのだけど、部屋が貸してもらえず物置で寝泊まりしていたくらいだ。
実は僕も下賤な冒険者くらいに思っていたのだけど、ある朝、たまたま早起きして散歩をした時のこと——
レオンさんが一人、中庭で剣の鍛錬をしていた。
それは初めて見る本物の剣技だった。突き、斬り、払う、その連携の見事なこと。全身汗だくで剣を振る姿は、本当に流麗で美しかった。
僕は、一目惚れしてしまった。
それからというもの、僕は憧れの勇者レオンのように強くなることを決心し、日夜鍛錬を続けてきた。
聖騎士見習いになったのもその一環だ。
なので、レオンさんと旅ができることになったのは本当に嬉しかった。出発の何日も前から興奮してほとんど眠れなかったくらいだ。
レオンさんは本当に凄い。
圧倒的な強さを持っているのに、毎日の鍛錬は欠かさないし、品行方正、公明正大でまさに勇者と呼ばれるにふさわしいと思う。
ズケズケとした物言いだったり、悪ふざけが多かったり、自由すぎる人ではあるけれど、それもまたレオンさんの魅力だ。
だからこそ、先日のカイルとの戦いで負けてしまったのはかなりショックだった。
僕は眠らされてしまっていて実際に見ることは出来なかったのだけど、どうもカイルは武器を奪ったり、幻術を使ったりと、姑息な手段を使ったらしい。
まぁそうでなければ勇者であるレオンさんが負けるはずなんてないだろう。
それでも負けたのは事実。
レオンさんはかなり落ち込んでいた。
今は元気に振る舞っているが、時々すごく真剣な表情をしていることがある。やっぱり、何か思うことがあるのだろう。
けれど今はそれよりも——
一番気になっているのはセリナさんのことだった。
勇者パーティの参謀役のセリナさんは賢者とも呼ばれる優秀な魔法使いで、とても優しくて気配りもできる、お姉さんのような人だ。
僕を子供扱いして、よく頭を撫でてくるのはちょっと恥ずかしいのだけど、そんなに嫌ではない。
けれど、先の事件からすっかり落ち込んでしまった。
やっぱり信じていた幼馴染に裏切られ、実際に殺されかけたのは相当ショックだったのだろう。
少し休養したほうがいいということで、今は大きめの街に滞在しているのだけど、状況はあまりよくない。
セリナさんは部屋に閉じこもって塞ぎ込んだままだ。
このままではいけないと思いレオンさんに相談してみたけど、「セリナは強いから大丈夫。そのうち元気になるだろうさ~」と気楽な返事。
エレーヌ様にも何かいい方法はないかと訊ねてみたけど、「私は落ち込んだことなんてないからわからないわ!まぁ美味しいものでも食べてよく寝れば大丈夫でしょ!」と適当な返事だった。
二人とも尊敬はしているけど、こういう時は大雑把すぎて心配になってしまう……。
他に相談できる人はいただろうか。できればこちらの事情を知っていて、きちんとした大人がいいのだけど……。
**********
『それで私に相談してきたのか』
僕はレオンさんから魔声石を借りて、賞金稼ぎのリーダー、ホーンさんと話していた。
『……はぁ……』
……ため息が聞こえる。
「ごめんなさい、変なことで魔声石使っちゃって……!」
『いや、すまない。苦労しているんだな……。
ところで、君は今いくつだ?』
「え? 僕の歳ですか? この前、12歳になったばかりですが……」
突然、変なことを聞かれて戸惑ってしまう。
『……こんな子供に気を使わせるとは……あの二人は本当に駄目だな……』
ホーンさんのつぶやきが聞こえる。
『勇者なんて、全く普通の人ではないからな。あまり参考にしないことだ。そのうち痛い目を見るぞ』
「痛い目、ですか?」
『あいつは強者すぎて弱者が理解できていない。そのことに気づいてもいない。注意することだ』
「……はい、覚えておきます」
僕の返事を聞いて、ホーンさんは少し笑ったようだった。
『セリナのことだが、やはり気分転換させてやるのがいいだろう。一度、無理やりでも外に連れ出したほうがいいと思う』
「無理やりですか?」
『あの手の研究者タイプの人間は、内にこもって自分を追い詰めやすいんだ。多少強引に誘うといい。君のいうことなら多分聞くだろう』
「確かに。セリナさんは僕に甘いから……」
『そうか。ならデートに誘え。ショッピングか、食事か……。いや、彼女はそういうのにあまり興味なそうだな。それより、魔術関係の工房とかいいかもしれん。確か街外れに一軒あったはずだ』
「デ、デートですか?!」
『ははは、子供にはまだ早いか。まぁ一緒に遊びに行くだけだ。難しく考えないでいい。とにかく理由をつけて誘ってみろ』
僕は参考になりましたと礼を言って通信を終えた。
デートか……。
僕の人生で初めての経験だ。憧れてはいたけれど、実際に女性を誘うことなんて考えたことなどなかった。
なんかちょっと恥ずかしいけど、何もしないでいるよりはずっといい気がする。
頑張ってセリナさんを誘ってみよう。
**********
「魔術具の工房……ですか? それは確かに、興味がありますね……」
何を言ってもうわの空な感じだったセリナさんだったが、やはり魔法の話は気になったみたいだ。
この街の工房は魔術具の製造だけでなく販売もしていて、ここにしかないオリジナルの商品もあるらしい。
一緒に見に行きましょうと誘うと、意外とあっさり「いいよ」と言ってくれたので、「今すぐ行きましょう」と早速外に連れ出した。
その工房は表通りの賑わいから離れた閑静な一角にあった。
通りに面した建物は魔術具を売る店舗で、こじんまりとしていたがかなり立派だ。
奥にある古い大きな建物が製造作業をする工房なのだろう。
「ここが工房ですか~。僕、こういうところに来るのは初めてです!」
魔術具とかあまり触れる機会がなかったので、なんかちょっとワクワクしてしまう。
そんな僕を見て微笑むセリナさん。
いけない。今日はセリナさんのために来たんだった。僕ばっかり楽しんでどうする。
「思ってたよりも立派なお店ね……。少しは期待できるかしら……?」
工房を見つめて呟くセリナさんはやっぱりどこか元気がなさそうだ。
やっぱり僕がちゃんとエスコートしないと!
入口の装飾の施された木の扉には「営業中」と書かれた札がかけられている。下に小さく「結界注意」とも書かれているが、どういうことなんだろう。
僕は扉を開けて中に入る。とたんに全身にピリッとした感覚が走って、何かゾワッとする。
思わず「おへっ?!」と間抜けな声を出してしまった。
セリナさんがくすくすと笑う。
「ウェイン君はこういうお店は本当に初めてなのね。魔術具を扱う店は魔術の暴走などの事故を防ぐため、強めの結界が張ってあるのが普通なのよ。
けど、ここの結界はちょっと強めね……。それだけ力のある魔術具が置いてあるのかしら」
「ほほう、すぐに気がつくとは、お嬢さんは若いのに中々やるねぇ」
初老の人の良さそうなおじさんがニコニコと笑いながら近づいてきた。
「見たところ冒険者のようだが、何かお探しかい? ここは、他にはない変わった物があるよ。領主が変わり者でね。面白いものを作ると喜んで買ってくれるんだ」
僕は店内を見回した。棚には使い方のよくわからない物がたくさん並んでいる。
中でも大きな籠にホースのような物がくっついたものが気になった。何なんだろうこれは?まったくわからない。
「坊主、それが気になるか?それはここのオリジナル商品でな。「吸塵器」ってやつだ。埃を吸い取るんだ」
おじさんが説明をしてくれた。
「埃を吸い取る?」
「そうだ。普通は掃除をする時、風の魔法でゴミや埃を吹き飛ばすだろう? これは逆に風の魔法で吸い寄せて、この籠に集めるんだ。便利だぞ~」
「へぇ~。風を吸い寄せるのに使うなんて面白い発想ね。興味深いわ」
セリナさんも感心しているみたいだ。
「でも冒険の役には立たないわね……」
「冒険の役に立つっていうなら、こっちの食器はどうだい?」
おじさんは箱に収められた食器のセットを見せてくれた。
食器?食器が何の役に立つのだろう。僕が不思議そうにおじさんを見ると、笑いながら教えてくれた。
「これは浄化の魔法陣が組み込まれていてな。食事を乗せてもほとんど汚れないんだ。後片付けが楽になるし、何より洗う必要がないから水の節約になる。それに食物が軽く浄化されるので食中毒の予防にもなるぞ」
僕はとても感心して思わず「凄い!」と叫んだ。けど、セリナさんは冷静に質問する。
「これ、どうやって食べ物と汚れを区別しているのかしら……?」
おじさんはサムズアップしてニヤリと笑った。
「鋭い指摘するねぇ、お嬢さん!……実は区別なんか出来ないんだ。だからちょっと浄化しすぎると、食べ物は消えてなくなるので注意が必要だ!」
「えぇー! それじゃあ、乗せているだけで料理が減るってこと?」
それは流石にがっかり過ぎ……!
「あきれた代物ね……」セリナさんも苦笑する。
それからもおじさんは色々と商品の解説をしてくれた。
便利な物や面白い物、意味の全然わからない物とか、たくさんあってすごく面白かった。
気がつくとかなり時間が経っていた。
「……結局何も買わなくてすみません……」
僕はペコリと頭を下げる。
「いいのいいの!おじさんはね、自分の作った魔術具の解説して回るのが趣味なんだよ。……あっ!そうだ!」
ニコニコと笑うおじさんだったが、急に商品の棚を調べだした。
「今日の思い出にこんなのはどうだい?お安くしておくよ~」
おじさんが取り出したのは、シンプルな2つの指輪だった。
「相手の気持ちがわかる魔法の指輪。カップルに人気の商品なんだ」
「カップルだなんて、そんな……」僕は思わず顔が火照ってしまう。
セリナさんが一つを手にとってしげしげと観察した。
「なんか変わった術が使われてるわね。これ何の魔法が込められてるのかしら。熱の魔法……? よくわからないわ……」
「これは対になった指輪をつけてる相手の心情や体調の変化に合わせて温度が変わるんだ。面白いだろう?」
「微妙な能力ねぇ」
「そこが逆にいいんだよ」
**********
僕たちはおそろいの指輪を小指に嵌めて工房を出た。
お金はセリナさんが出してくれた。
僕が誘ったのだから僕が払いますと主張したが、子供にお金を払わせるわけにはいかないと断られてしまった。
セリナさんを励ますつもりで来たわけだけど、なんか気を使わせてしまった。
僕もすっかり楽しんでしまったし、これで良かったのだろうか?
夕暮れの街を、二人並んで歩く。オレンジ色に染まる街並みは綺麗だ。
セリナさんの方を見上げたが逆光で表情はよく見えない。
僕は急に心配になって訊ねた。
「……あの、今日は楽しかったですか?」
セリナさんは黙ったまま僕の頭に手を伸ばすと、いつもよりちょっと強く撫でてきた。
「心配かけさせちゃってごめんね……。こんな小さい子に気を使わせるなんて、私、悪いお姉さんだねぇ……」
ちょっとさみしそうな口調のセリナさん。僕は声をかけようとしたが、
「もう大丈夫だよ、ウェイン君!いつまでも迷惑かけてるわけにはいかないからね!」
セリナさんは明るく言った。なんだかいつものセリナさんだった。
僕は嬉しくなって「そうですよね!」と元気に答えた。
「何よその返事~。そんなに迷惑だったかしら~?」
セリナさんは両手を使って僕の髪をかき回した。
「ちょ、止めてくださいよ~」
僕は笑いながらセリナさんの手から逃げた。
小指の指輪はほんのりと暖かかった。
それはとっても安心できる暖かさだった。
きっとセリナさんは大丈夫。
僕はそう思った。
この話以降を書き直すかどうかで迷っているので、以降の投稿は不定期になるかもしれないです。




