月灯
ホーンたち賞金稼ぎは今回の敗北でカイルに手を出すことを諦めた。
一万ゴールドを確実に入手するために、皆でお金を出し合い、融資を募って集めた三千もの大金を注ぎ込んで準備してきたらしいが、一度きりの勝負に賭けていたので、資金は殆ど残っていないのだった。
「はっ! お前ら意外と諦めが良かったな。少しは骨があるかと思ったが」
古びて穴の空いたソファにふんぞり返ったレオンが言った。
「まぁそう言うな。実力差を思い知っただけだ。お前たちが特別強すぎなのだよ」
ホーンが自嘲気味に笑う。
たぶん砦の司令官が使っていたであろう執務室には立派な調度品がいくつか残っていたが、どれもボロボロだ。
部屋には疲れた表情のホーンと我が物顔で寛ぐレオン、それに尊大な態度で腕組みをして立つチェスタの3人がいた。
レオンがホーンに尋ねる。
「……それで、お前は今後どうするんだ?」
ホーンは神妙な顔つきで答える。
「今回の件で大きな借金ができたからな……しばらくは真面目に働くさ」
ホーンは責任を取って、負債を全部引き受けていた。
「お前はそこそこできるからな……。一緒に来る気はあるか?」
レオンの誘いの言葉にホーンは首を横に振る。
「足手まといになりたくない」
「じゃあいいや。やる気のないやつはお断りだからな」
レオンはあっさり引き下がる。初めから期待はしていなかったのだろう。
ホーンは話を変える。
「それでセリナはどうなった? 姿が見えないが……」
レオンの代わりにチェスタが答えた。
「……セリナはまだ休んでいるわ。喉はもう大丈夫みたいだけど、かなり精神的に参っているみたいね」
「そうか……」
ホーンが頭を下げる。
「すまなかった。あの時、セリナも同行させていればこんなことにはならなかった。それに彼女があの場にいれば、カイルに勝てたやもしれんしな……」
レオンが舌打ちして言う。
「頭下げてんじゃねよバカが! もしもの話はすんな。結果は変わらねんだから」
それはそうなのだが、そうですかと簡単に納得できるわけではない。
頭を下げ続けるホーンにもう一度レオンが言った。
「セリナは大丈夫だ。アイツは俺らよりずっと頭がいい。しばらくほっとけばいいさ」
ホーンは苦笑して頭を上げるとレオンを見る。
「お前はどうなんだ、レオン? カイルのことはまだ友だと思っているのか?」
「はぁ?!」
レオンが勢いよく立ち上がり、ホーンを見下ろす。
「そんなわけ無いだろうが!お前一体何を言って……」
そこまで言ったところで急に押し黙る。大きく肩で息をすると、またソファに座った。
「お前、人のこと本当に見透かしてんなぁ……」
自嘲気味に笑うレオン。
「そうだな、あの時まではまだ心のどこかでアイツを親友だと思っていたんだろうなぁ……」
しかし、急に真面目な顔でホーンを見る。
「だが、今は違う。吹っ切れたよ。なんとも思わない。アレは敵だ。アレは俺の知らない別の何かだ」
しっかり言い切るレオン。その言葉に迷いは感じられない。
「そうか」ホーンは一言だけ言うと席を立った。
「お前たちの健闘を祈るよ。俺はここまでだ」
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あれから一日。
結構な距離を逃げたので、今は休憩して野営中だ。陽はすでに落ちていたが、今夜は満月。月の明かりで影がはっきり見えるくらいだ。
俺は食事の支度をしながらルミナスの報告を聞いていた。
フォウナがいるので頭の中だけで会話している。
『……というわけで、賞金稼ぎは諦めて解散したみたいです』
(それは良かった。レオンだけでも面倒なのに、他の奴らも対応するのは嫌だからな)
『レオンの方は迷いがなくなって、本気であなたを倒す決心をしたみたいですね』
(そうか……。レオンは俺をただの敵と割り切ったか。ちょっと悲しいが、今はその方が好都合かもな)
『心配なのはセリナさんですね。かなり情緒が不安定になっています。今のままだと危ないです……』
(危ない、というのは?)
『精神的に壊れる恐れがあります』
(…………)
セリナがリタイヤしたら勇者パーティの戦力が大幅に減ってしまう。最終的には魔王を倒すことが目的なのでなんとか立ち直って欲しいが……。
今の俺にはやれることがないのが辛い。こういう時のレオンには期待できないしなぁ……。
セリナの強さを信じるしかないか。
「カイル、これは一体何でしょうか?」
突然背後から、荷物の整理をしていたフォウナが話しかけてきた。俺の隣まで来ると、手にした魔術具を見せながら体を寄せてくる。
なんか距離が近すぎるんですけど……!
流石に初心なガキという訳ではないが、別に経験豊富というわけでもない。イケメン勇者のレオンと違って、地味な裏方の俺はこれまでモテたことなどないのだ。
砦の一件以来、フォウナがやけに近寄ってくるようになったんだよね……。俺、何か好かれるようなことやったっけ……?
俺は平静を装いながら、フォウナの手にした魔術具――魔石のはめ込まれたメダリオンを確認した。
「これは転送の魔術具だよ。起動するとペアリングしてある魔法陣の元へ転送されるんだ。これはあの砦に設置してあった魔法陣とすでにペアリングされているから、起動すればあの砦に一瞬で戻ることができる。魔法陣の設置もペアリングも一度きりしかできないので、砦へ行く専用にしか使えない。役には立たないけど、貴重品だから高く売れるんだよね。
確かもう一つ同じメダリオンが荷物にあったはずだ。そちらもペアリング済みなんだけど、転送先がどこかはわからない。多分だけど、帰還用に王都に設定してあるんじゃないかな~」
「へぇ~、カイルは物知りね!」
楽しそうなフォウナ。今度は別の魔術具を持ってくる。二つの青い宝玉。
「これは?」
「これは魔声石だね。離れたところに声を届ける魔術具だ。これからは一つずつ持っていることにしよう。これがあれば、どれだけ離れても話ができるからね」
「離れていても通じ合えるなんて素敵ですね! 二人でお揃いだし。 ちょっと試してみましょう?」
フォウナは一つをカイルに渡すと、ぴょんと跳んで、草むらの方へかけていった。すぐに姿が見えなくなる。
なんか小動物みたいで可愛いな……。
しばらくすると魔声石から声がした。
『カイル~聞こえますか~』
「聞こえますよ~」
『私がどこにいるかわかりますか~?』
周囲を見回したが姿は見えない。俺は夜目はかなり利くのだが見つけられない。
『わからないですか~? 私からは丸見えですよ~?』
何だと? それで見つけられないのはスカウトとしての沽券に関わる。
あえて気配察知のスキルは使わない。向こうに見えているなら、こちらからも見えるはず。目で捜す。
目を凝らし、今度はゆっくりと周囲を見わたす。なかなか見つからない。
ならば……上か!
見上げた先にフォウナはいた。離れたと見せかけて、近くにあった大樹に登っていたのだ。
はるか高みの梢で佇む少女は本当に幻想的だった。
彼女の淡いブルーの髪が月光に透けて美しく輝いている。
俺は思わず息を呑んだ。
「あ~、見つかっちゃったか~」
クスクスと笑う声が聞こえる。 すると樹上の影がふわりと跳んだ。
クルクルと鮮やかに宙返りをして、見事に着地を決める。
「おぉ~」思わずパチパチと拍手してしまう。優雅に一礼するフォウナ。
本当に美しいな……
フォウナを見ていると動悸が早くなるのを感じる。自分の顔が火照っているのがわかる。
二人でしばらく見つめ合ってしまう。
俺はゆっくりとフォウナに近づき……
……
…………ん? なんか焦げ臭い。
しまった、料理が途中だった。
俺は慌てて焚き火のところへ。
あちゃ~、せっかくのシチューが焦げついてしまった……。
がっかりしていると、ふくれっ面のフォウナが鍋を覗き込んでくる。
「もう、そんなに料理が大事なんですか~?」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
食事を終えて後片付けをしていると、フォウナが話しかけてきた。
「あのですね、一つお願いがあるのですが……」
いつになく真面目な表情だ。
「私、どうしても欲しいものがあるのです」
「欲しいもの? それは町とかでないと手に入らないものなの?」
大きく頷くフォウナ。
「実は、鎧が欲しいんです! できればフルプレートメイルが!!」




