カイル対レオン
俺が部屋の入口に辿り着いた時には、すでにレオンとフォウナの対決が始まっていた。
俺は賞金稼ぎの一人から奪った亡霊の外套を着込んで部屋に侵入する。
この外套の隠蔽効果は、じっとしている分には俺でも見つけにくくなるほど高レベルなものだが、動けば普通は気づかれる。
しかし、俺レベルの隠密スキルがあれば話は違う。歩き回ったところで誰も俺に気づかない。
この感覚、透明化したみたいでなかなか楽しいな。
俺はコソコソと部屋を見て回り、状況を確認した。
同じ外套を着た賞金稼ぎが計5人いる。部屋の四隅に一人ずつ。それに落とし穴の近くに一人魔法使いが潜んでいる。
中央辺りには殴り合うフォウナとレオン。それを壁際で見つめている髭の男。賞金稼ぎたちのリーダー格で名前は確かホーンと言ったか。
状況は把握できた。後はタイミングだ。賞金稼ぎはともかく、やっぱりレオンが怖い。
フォウナは貴重な戦力なので、レオンに倒されたりする前に助けたいが……。
ふと気付けばホーンがあたふたと周囲を見回している。もしかして俺がいるのがばれたか?
「気をつけろ!カイルはすでにこの部屋にいるっ!」
ホーンが叫び、フォウナが動揺する。レオンのボディブローがまともに入る。
これはマズい!
俺はなりふり構わずフォウナの所へダッシュした。
フォウナに飛びついてレオンの回し蹴りを空振りさせる。
危なかった……。ギリギリでなんとか助けられた。
冷や汗を拭う俺にレオンが声をかけてくる。
「ようやく姿を見せたな、カイル……!」
俺はフードを外して顔を見せた。バレたのだから隠してもしょうがない。
「まったく、女の子相手に殴る蹴るとは酷いじゃないか。それでも勇者かぁ~?」
ふざけた調子で軽口を叩いてみる。
ここは敵地のド真ん中。勇者レオンと賞金稼ぎの親玉が眼の前にいて、さらに伏兵に囲まれてる。大ピンチもいいところだ。
今は会話でも何でもして時間を稼ぎ、冷静にチャンスを待つしかない。
「冗談も大概にしろ!そいつは魔族、俺たち人類の敵だ!これまでにどれだけの同胞が殺されてきたと思ってるんだ!!」
俺の軽薄な物言いにレオンは苛立っているようだ。俺はさらに煽る。
「それを言ってどうする? 俺たちだって、さんざんこいつらの仲間を殺してきているんだ。どっちもどっちというものだ」
「だからって敵であることに変わりはない!何故、そいつに肩入れする!理由を言え、カイル!!」
それを聞かれるとヤバいんだよな……。適当に誤魔化すしかない。
「う~~ん……可愛かったから、と言ったら信じるかい?」
「ふざけるな!!」
俯いて怒鳴るレオン。
「……本当にふざけるな、カイル……」
急にテンションが下がる。なんか嫌な雰囲気になってきてしまった。
「……なぁカイル、何でお前は前と全然変わらないんだ……? 俺達を裏切って魔族側についたんだろ?おかしいじゃないか……」
やめてくれ、レオン。それ以上は言うな。
「それに、俺はともかくセリナは今でもお前は裏切ってないと信じている……」
頼むからやめてくれ。セリナのことは言わないでくれ。
あの悪夢のような光景がフラッシュバックする。
マズい、このままでは……レオンも殺さなければならなくなるかもしれない。
それを回避するには……裏切りを真実だと思い込ませる。悪役に徹するしかない。
できるのか俺に?
いや、できるかどうかではない。やるしかないのだ。
「セリナか……。さっき会ってきたよ。俺を見て泣き出しやがって……。うざいったらないよな」
「なんだと……」
俺のセリフに驚くレオン。
「全く昔からあいつは泣き虫でうっとおしかったからな。絞め殺してやったよ。清々したぜ~」
ニィ~ッと口の端を歪めて嗤ってみせる。
「は? 何を言って……。 おい! 嘘だろ!! 嘘だって言え!!」
青ざめるレオン。声が震えている。俺はそんなレオンを鼻で笑う。
「なんなら確かめてくるか?向こうの部屋で他の二人と一緒に転がってるぞ?」
嘘は言ってない。こういう時は多少の事実を混ぜてやると、演技に真実味が増すってもんだ。
レオンの両の拳が震えている。マジギレしたっぽい。
よし、狙い通り。……ちょっと恐ろしいが。
「カイル……。多少なりともお前を信じた俺が馬鹿だったよ……」
レオンは呟きながら、突き立ててあった剣に手を伸ばした。しかし、そこには何もない。
「これをお探しかい?」
俺はあらかじめ回収しておいたレオンの剣を外套の内側から取り出した。
「前から言っていただろ。いくら格闘にも自信があるからって、簡単に得物は手放すべきじゃないって。お前は剣しか武器がないんだし」
俺はひょいと剣を回してみせると、「はい」と気軽にフォウナに渡す。急に手渡されて面食らったのか、フォウナは剣を抱きかかえたまま動かない。
「言ってくれるじゃねぇか……俺は素手の喧嘩でもお前に一度たりとも負けた覚えはねぇぞ……!」
レオンはギリギリと歯噛みしながら俺を睨みつけた。
「喧嘩ならね。でも……殺し合いはしたことないだろ」
俺は内心ビクビクしながらも余裕があるふりを続ける。しかし、ここまできたらもうやり合うしかない。
本気のレオンが相手だ。こっちも殺す気で行くぞ。
床を蹴って上へ跳んだ俺は、スカイグリップで空気を掴んで体を反転させ、天井に足から着地、レオンの頭上からナイフで斬りかかる。室内であることを利用した俺お得意の超高速機動斬撃。
人間の視野は左右は広いが上下は狭いから、フェイントは上下が一番効くのだ。
無手のレオンは受けられない。退いて躱す。俺は斬りつけた手で空気を掴んで軌道を制御。スカイウォークも併用して空気を蹴り、水平に薙ぐ!
しかしレオンは俺の水平攻撃を読んでいて、すでにジャンプしていた。俺の攻撃は空を切る。
だがそれはこっちも予測済みだ。スキルのフル活用で急ブレーキを掛けて背後へ回り込み、がら空きの後頭部を狙う。
しかし、レオンは死角から突き出された俺のナイフをまるで見えてるかのように、ひょいと首を軽くひねっただけで躱すと、俺の手首を掴み、腕を取って前方へ投げ飛ばす。
だが投げ飛ばされた俺は、体を捻ってきれいに足から着地。ダメージはない。
俺はすぐさま鋼糸を手繰る。最初に跳んだ時から鋼糸を出しながら動いていたのだ。全てはこのための布石。すでにレオンは糸の結界の中だ。
レオンを縛り上げるように迫る鋼糸。もう逃げ場はない。
だがレオンは焦ることなく右手を高々と挙げ……物凄い速さで手刀を一閃する!!
剣技を極めし者がたどり着く境地。剣が無くともその手刀で全てを切り裂く。
俺の鋼糸はあっさり断ち切られ、キラキラと宙に舞った。
流石はレオン、俺の一連の攻撃を全部しのぎやがった。まぁ予想はしていたが厳しいなぁ。
「やっぱりお前は強いな……。ちょっとズルさせてもらうぜ」
俺はフードを被り意識を集中する。亡霊の外套の効力が発動し、俺の姿は消える。
「チッ!」嫌そうな顔で舌打ちするといきなりダッシュするレオン。だが、俺の方ではない。
向かったのは壁際で俺達の戦いを見つめていたホーンのところだ。
もしや……武器を奪うつもりか!
レオンに得物を持たせるのはマズい。こっちが一気に不利になる。俺もホーンの方へと走る。
しかしレオンのほうが速い。そのままホーンに猛然と殴りかかる。
俺を猛烈な違和感が襲った。
は?なんで正面から殴りかかるの?そんなことしたら……
次の瞬間、血しぶきが上がった。斬られたのはレオンだ。
ホーンは居合術の使い手で、凄腕の賞金稼ぎだ。荒事にも慣れている。突然襲われたホーンは反射的に刀でレオンの脇腹から肩口を切り裂いていた。
不用意に襲いかかればこうなることは目に見えていたはずなのだが――
斬られたレオンがニヤリと笑ったのが見えた。
これはもしかして……狙ってやったことなのか?!
そう思った時はもう遅かった。
レオンはホーンの腕に素早く一撃を加えて、一瞬で刀を奪い取る。
動きに淀みはない。レオンは間合いを見切ってわざと斬らせたのだ。出血はあっても、傷は浅くダメージは少ない。
レオンは奪った刀を大きく振って、付いた血を振り払う。
やってくれたぜ……!
俺の外套には撒き散らされたレオンの血が付着していた。これでは姿を消すことはできない。
ダメージと引き換えに、俺の「見えない」というアドバンテージを奪って、なおかつ武器を手に入れやがった。
やっぱりレオンは凄いやつだ……!
レオンがホーンに斬られたことで、賞金稼ぎ側が動いた。
四隅に隠れていた連中が、一斉にレオンに奇襲をかける。
ホーンに攻撃しようとしたことで敵対とみなしたのだろう。それにダメージを受けた今なら勝てると判断したに違いない。
だが、その考えは甘い。
レオンは間抜けではない。亡霊の外套のことを知らなくても、俺が来ることに備えて他の賞金稼ぎがどこかに隠れて見張っているのは承知していたはずだ。
四方からせまった突然の同時攻撃を軽々と躱したレオンは、またたく間に二人を叩き伏せた。
この隙に俺も動く。奇襲しなかった賞金稼ぎの最後の一人、隠れたままの魔法使いに接近する。
まだ見つかっていないつもりだったのだろう、完全に隙だらけだった。そのままフォウナのいた落とし穴に叩き落とす。
おまけで香辛料と睡眠薬を投下してあげる。「ぐばはぁっ!」とものすごい勢いでむせた声が穴から響いた。ご愁傷さまです。
賞金稼ぎの奇襲が失敗し、一瞬の静寂が場に訪れた。
部屋の中央には刀を持って立つ、血まみれの勇者レオン。
レオンを挟む形でナイフを構える二人の賞金稼ぎ。
刀を奪われた屈辱のためか、レオンを睨みつけるホーン。
落とし穴の横に立って様子を伺う俺。
そんな中、動きのなかったフォウナが立ち上がった。レオンから奪った剣を構える。視線の先はレオンだ。
「おい、賞金稼ぎども! 俺を襲ってどうすんだよ!反射的にぶっとばしちまったじゃねぇか!」
怒り出すレオン。まぁ気持ちは分かる。
「せっかく俺が体を張って牽制してやってるのに何なんだよ!カイルを狙え、カイルを!!」
レオンが声を上げる。ハッとしたホーンが周囲を見回し、血で汚れた俺の様子に気づく。やっとレオンの意図に思い当たったようだ。
「賞金稼ぎ共はそこの魔族をどうにかしろ!カイルは俺がやる!!」
賞金稼ぎを無視して、スタスタとこちらへ歩いてくるレオン。
くそ、やり合うしかないか……。
俺は覚悟を決めた——。




