セリナ
ホーンとレオンは二人で廊下の先へと進む。少し広めの部屋に出た。
ホーンは部屋の真ん中で急に立ち止まり、レオンに言った。
「ここだ」
「?」
レオンはあたりを見回してみたが特に何もない。
「女は牢屋に入れてるんじゃなかったのか? それとも……
俺と手合わせでもする気か?」
腰の剣に手をかけるレオン。ホーンは首を振って否定する。
「そんな気はないから安心しろ……
実は脱獄されてしまってな……。トラップで再度捕らえたんだ。今はそこの落とし穴の底で眠っているはずだ」
床の一角を指して答えるホーン。レオンが笑い飛ばす。
「ははは、グリムならやりかねんな」
「グリム……さっきもそう呼んでいたな?何者だ?」
「一度口を滑らせたからな。今更隠してもしょうがないし、お前らも正体を知っていた方がやりやすいだろう。
このことは王国の機密情報だから、あまり広めたりはするなよ。
あいつは魔王軍四天王の一人、黒鋼の処刑人グリムだ。俺がこの間、倒したことになっている奴だよ」
「!!」
驚愕するホーン。目元を抑えて首を振る。
「そうか、四天王グリムか。道理で聞き覚えがあったはずだ……。巨大な漆黒の鎧に身を包んだ戦士と聞いていたが、まさか中身があのような少女だとは……」
(それならば天井をぶち抜くパワーも当然か)と納得する。
「……どうもカイルが命を助けたらしい」
レオンがボソリと呟いた。ホーンは大体の状況を察し、溜め息をつく。
(なるほど、それがカイルが追放された理由か……。レオンが怒るのも無理はない)
そんなやり取りをしていると、突然ズンッと低い音が響き、床が振動する。
二人に緊張が走る。
(カイルが何か仕掛けてきたのか?それとも……)
あわててホーンが部屋を見回すと、隠されていた落とし穴の蓋が少し持ち上がっている。
「まさか?!」
ドッガァァァンッ!
次の瞬間、轟音とともに重い石の蓋が吹き飛んだ!
**********
「やっぱりこんなところで待つなんて納得いかないわ!」
チェスタは狭い詰め所を落ち着かない様子でウロウロしていた。
レオンに言われて引き下がったが、やはり待っているのは性に合わないようだ。
「チェスタ様、落ち着いてください。まずは様子を見ましょうよ。」
ウェインがなだめるがチェスタは聞く耳を持たない。
そんな二人を見てセリナが溜め息をついていると、扉をノックする音が響いた。
「失礼します」
挨拶して入ってきたのは一人のメイドだった。湯気の上がるヤカンと、いくつかの粗末なカップを持っている。
「お茶をお持ちしました。こんな場所なので大したものではありませんが、どうぞ」
突然現れたメイドにチェスタはズカズカと詰め寄る。
「あなた何よ!何でこんなところにメイドがいるわけ?!」
「ごめんなさい、雑用のために連れてこられたんですぅ~」
情けない声を上げるメイド。
「あたしもまさかこんな仕事だとは思っていなくて……いい給金が貰えるから引き受けたんですけど、みんなおっかない顔してるし、さっきはドカンドカンと凄い音がしていたし……」
メソメソと泣き出してしまう。
「ああ!ごめんなさい!あなたを責めるつもりはないのよ!?」
チェスタは慌ててメイドを慰めた。
ウェインがメイドからヤカンを受け取り、テーブルにカップを並べてお茶を注ぐ。
「とりあえず、お茶でも飲んで一休みしましょう。ね?」
ウェインが椅子に座るとメイドとチェスタもそれに倣ったが、セリナだけは動かなかった。
「私はいいわ」そう言ってそっぽを向く。
「少し変わった香りのお茶ですのね……独特の甘みがあって美味しいですわ」
一口飲んで、チェスタが呟いた。
「本当だ、おいしいです!」ウェインも続いて飲む。
メイドはカップを手に取って立ち上がると、セリナに近づいた。
「これ、あたしの地元では飲まれてるお茶で、いつも持ち歩いているんです。あなたもどうですか?」
セリナにカップを渡す。セリナはカップを見つめるが飲みはしない。
「この香り、よく知っているわ。私の故郷近くの森に生えている薬草でね。子供の頃、よく摘みに行ったものよ……」
匂いだけ嗅いで目を閉じる。
「鎮静効果のあるお茶として飲まれてたけど、ある程度濃くするとあっという間に人を眠らせちゃう睡眠薬として使えるのよね」
コーンッと室内にカップが落ちる音が響く。チェスタがテーブルにうつ伏せに倒れた。ウェインはすでに座ったまま意識を失っているようだ。
セリナは目を開き、メイドを睨みつけた。
「どういうつもりなの? カイル!!」
**********
少し前。
俺は調理場に忍び込んで、隠れていたメイドを気絶させて衣類を奪い、得意の変装術でなりすまして、砦内を歩き回っていた。
レオンが突然来訪したことで多少混乱していたこともあって、俺の変装がバレることはなかった。
片っ端から賞金稼ぎ共を、お茶で眠らせたり隙をついて気絶させたり、行動不能にしていった。
ついでにセリナたちも眠らせようとしたのだが……
「やっぱりセリナには気づかれたな……」
俺は大げさに肩を竦めてみせると変装を解いた。
メイド服を脱いで、スカートの中に隠していた自分の装備を身につける。
セリナはその様子をじっと見ていた。
「そっちの二人がお茶を飲むのを止めなかったということは……」
着替え終わった俺は、ゆっくりと椅子に座る。
「俺と二人で話がしたい、そういうことなんだろ?」
そう言ってセリナにも椅子を勧める。
俺は前々から、“セリナには俺と話をする気がある”という確信があった。長い付き合いなのだ。セリナの性格はよく知っている。
機会さえ作れば絶対応じてくれる、そう信じていた。
案の定セリナは黙ったまま席についた。テーブルを挟んで見つめ合う。
「……相変わらずニヤけた顔をしているわね……。真剣なこっちが馬鹿みたいだわ」
ため息交じりに呟くセリナ。
「そっちも相変わらず気苦労が多いようで」
ヘラヘラと気楽に言葉を返す。
セリナはそんな俺を見つめると寂しそうに笑った。
「あなたが元気そうで良かったわ。あれから私がどれだけ心配したか……」
セリナの瞳が潤んでいる。
うう、こういう雰囲気は苦手だから、わざと明るく振る舞っていたのだが……
「もう、一体どうしちゃったのよ……。追放とか裏切りとか、突然過ぎて全然訳がわからないわ……」
大粒の涙を溢れさせるセリナ。
「ごめんなさい! 俺が悪かった……。俺のせいって訳ではないんだが、とにかくごめん!!」
テーブルに額を打ち付ける勢いで頭を下げて謝る。
まったくあのルミナスのせいで散々だ。セリナにこんな思いさせやがって……!
「……変わらないわね。やっぱり私の知ってるカイルだ」
べしょべしょに泣きながら笑うセリナ。
畜生、胸が痛む。
俺はヤケクソ気味に叫ぶ。
「実はな、◯◯は◯◯◯で、◯◯◯◯で後から◯◯◯◯◯◯◯◯たんだ!」
当然、ルミナスの呪いで肝心な言葉が出ない。
びっくりして目を丸くするセリナ。「何よそれ……」
俺はもう一度、同じことを叫ぼうとする。しかし——
今度は一言も発せずに息が止まる。まったく身動きができない。
『勘の鋭いセリナなら、同じことを繰り返すことで“事情を話すことができなくなってる”と気づく、などと考えましたね?』
硬直する俺の頭の中にルミナスの声が響く。
『セリナなら気づくはず、などという思いがある限り、あなたは何もできません。諦めなさい』
確かに頭の良いセリナなら、俺の行動に異常があれば、そこから何かに気づく可能性はある、と思っている。
ルミナスのかけた鍵のせいで、俺がそう思っている限り、セリナが異常を感じるような行動はできない、ということか。
……じゃあ適当な嘘でこの場はごまかそうか。
けれど、それでも、もしかしたらセリナは……
「……!」
何も喋れない。口を開き、声を発することができない。
セリナは頭が良く、感が鋭い。何をやっても答えにたどり着いてくれる気がする。
もしや俺の思考のゴールに“セリナなら気づいてくれるかも”がある行動は全て不可能なのか?
なら、今、どんな行動ならできる?
セリナが真実に近づく行動が出来ないなら、逆に裏切りを信じさせる行動なら可能なのか?
そんな思考がよぎった。
俺は……ゆっくりと……
ヤメロ!
セリナの細い首に……手を……
ヤメロ!ヤメロ!
親指で気道を潰……
ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!
気がつくと、足元にセリナが倒れていた。意識はないが生きてはいるようだ。呼吸音がおかしいのは気道を潰されかけたからだろう。
俺は、何をした……?
ギリギリと、奥歯が砕けるほどに歯ぎしりをする。手のひらに爪が食い込み、握った拳が血に濡れるのがわかる。
俺は、セリナを、幼馴染を、この手で、殺そうとした……?
怒りで思考が染まっていく。ここまで激しい怒りを感じるのは初めてだ。
「ルゥゥゥゥミィィィィィナァァァァァァァァァァァス!!」
俺の口から漏れる低い唸り声は、自分の声とは思えない酷い音だった。
小ルミナスが現れたかと思うと地面に激突する勢いで土下座する。
『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』
頭にルミナスの半泣きのような情けない謝罪の声が響く。
『ここここここんな事になるなんて、まったく思ってなかったですよぅ~!
あくまでも私は、あなたの行動や思考に制限をかけただけ……!
今回こうなったのは、他ならぬあなた自身が、これしか方法が無いと思い込んだ結果……だと思います……』
少しずつ、頭が冷めてくる。
「これは、俺の望んだことだと?」
握りしめすぎて力が入らなくなった手がブルブルと震える。
『そうではありませんが、そうでないとも言い切れません……』
……ようするに、セリナは俺の様子から真実に気づいてしまう。たとえ黙って立っているだけでも気づいてしまう。裏切りを信じさせ、真実を秘匿する方法は今すぐ殺すぐらいしかない。他ならぬ俺自身がそう考えてしまったから、その通りの行動をした。そういうことか……。
なんてこった。
俺は頭を抱えた。
セリナならわかってくれると考えたことがこうも裏目に出るとは……。
とにかく、今後は可能な限りセリナとの接触は避ける。その方針で行くしかない。
でないと、また同じことをやりかねない。
今は頭を切り替えて、フォウナの救出について考えなければ。
俺は三人を部屋に残し、急いで廊下へ出るのだった。




