賞金稼ぎ
フォウナの故郷を訪れることに決めて三日が経った。
俺たちはまず、王国を出ることを目指して北の国境へと歩を進めている。
大きな街道は人目につくので、なるべく古道を通ったり道のない原野を抜けたりと面倒なルートを進んでいるから多少時間がかかる。
追ってくるレオンたちのことは問題だが、ルミナスの情報によると大して距離は縮まってないようだ。旅慣れない者が加わったのでそうそう速くは動けないのだろう。
エレーヌは毎朝ルミナスに祈りを捧げている。
ルミナスは俺が教えたとおり、魔王の力で俺の正確な居場所がわからなくなったと誤魔化しているらしい。
それでも全くわからないのでは女神の権能を疑われるからと、漠然とした場所を教えていると言っていた。
まぁこっちは正確な位置を把握しているし、今のところ大丈夫そうだ。
陽が頭上に差しかかるころ、小さな川に出たので河原で休憩することにした。
水を飲んで手近な岩に腰を下ろす。
視線を感じてそっちを見ると、フォウナが微笑んでいた。
最近、フォウナの俺を見る目が変わった気がする。
きっかけはアレだ。
フォウナに担がれてレオンから逃亡したこと。
それまでは俺は命を助けてくれた恩人ということで敬意が感じられたのだが、今ではなんというか、そう……
慈愛。
そんな感じが伝わってくる気がしてる。
要するに“この人は私が助けなきゃ”みたいに思われてるんだろうなぁ。
俺はこれまで勇者を支える裏方に徹してきて、誇りはあっても矜持なんていらないというスタンスだったのだが。
ぐぬぬぬぬ……
なんかこう、モヤモヤしてしまう。
女性に助けられっぱなしなのは沽券に関わる、とか考えてしまうのは男としての矜持は捨てきれていないということか。
このまま尻に敷かれるのも嫌だし。
ここは一つ、俺の実力を見せる機会があるといいのだけど。
**********
休憩をとるカイルとフォウナをじっと見つめる一対の瞳があった。
それはどこにでもいる小さな野鳥であったが、そのはるか後方に視界を共有するものがいた。
それは一人の獣使いの男だった。目立たないよう暗い色の装備で身を固め、木陰に潜んでいる。
獣使いは特殊な職だ。素質がある者でないと就けないうえ、そもそもそれが滅多にいない。
男は小さな宝玉を手にしていた。通信用の魔術具、通称“魔声石”である。かなり高価な代物だ。
「ターゲットを捕捉。やはり北の国境に向かっているようです。現在地は…………」
『……了解した……引き続き監視を続行せよ……』
男は通信を終えると魔声石をしまい、再び小鳥の目を借りてカイルたちを見張るのだった。
獣使いからの通信を受けた男は、テーブルに広げられた大きな地図にピンを刺した。
かなり大柄な男で、きれいに整えたカイゼル髭が印象的だ。
地図はカイルの持っていた大雑把なものと違い、かなり詳細に地形が記された手描きの物だ。
いくつか刺されているピンは、正確にこれまでのカイルたちのルートをなぞっていた。
その場所は窓のない薄暗い小さな部屋だった。大きなテーブルが置かれ、3人の男が覗き込んでいた。
灯りは天井から下げられた燭台のみで、男たちの影が不気味に揺らめいている。
髭の男が呟く。
「カイルはこれまで通りに北の国境地帯に向かって動いているようだな」
別の男が地図を指で叩きながら言う。
「このままのルートなら、ここの断崖を避けてこの山道を通るのではないか?」
さらに別の男が指摘する。
「いや、よく見ろ、ここに古道があるだろう?こちらの方が近いと思うぞ?」
しかし髭の男が二人を制した。
「二人とも分かっていないな……。これまでのルートからして、カイルはこの辺りの詳細な地図を持っていない。地形が把握できているならもっと効率的な道を進むはずだ。だから一見して一番近くて楽に思えるこのルートを選ぶだろう」
「なるほど……」「確かに」
そして地図の一点を指し示す。
「ならばここだ。ここなら奴も簡単には逃げられまい」
頷きあう三人。方針は決まったようだ。
「よし、早速準備にとりかかろう。……賞金は絶対にいただくぞ!!」
**********
「やっぱり、この道を選んだのは間違いだったかもしれないなぁ」
思わず愚痴を言ってしまう程、道は険しくなっていた。
その日も朝から俺達は順調に旅を続けていたのだが、途中から様相が変わってきた。
進むほど登りがきつくなり、山中へ分け入っていく。
しかし今更戻るのも馬鹿らしいので、そのまま進んでいった。
方角的には合っている。別に迷ったというほどでもない。
数時間も歩くと、突然目の前が開けた。
かなりの高さの断崖絶壁の上に出たのだ。
遥か彼方まで見渡せて、なかなかの絶景だ。遥か下を流れている川が渓谷を抜けてその先の湿地帯へと注いでいるのが見える。
原野や森が広がる向こうには山々が連なっている。
北西に見える山脈の麓に目的地のフォウナの故郷があるはずだ。
「これはいい眺めですね~」
フォウナが思い切り深呼吸する。
「結構高いところまで登ったな……」
俺もしばらく、雄大な景色を楽しんだ。
不意に何かに気づいてフォウナが声をあげる。
「カイル、向こうに何かが見えます。あれは……吊り橋かな?」
道は崖沿いを辿り、吊り橋へと続いていた。
吊り橋は結構な大きさで、向かい側の断崖へと延びている。
「最近はあまり使われていないようだな」
俺は橋へ近づくと慎重にロープの状態を確かめた。古びてはいるが頑丈そうだ。簡単に切れることはないだろう。
下を覗き込むと川が激しく流れているのが見える。この高さ、王都で一番高い教会の尖塔よりもありそうだ。
バンバンバン!
大きな音に振り向くと、フォウナが足で豪快に踏板を叩いていた。
「かなり良い木を使っていますね。腐ってなくて全然問題ないです!」
そう言うと物怖じせずスタスタと渡り始める。この高さに躊躇しないのは凄いというかなんというか。
結構揺れているのに体幹が全く揺るがないのは、流石は武術の達人だ。
俺も後を付いて慎重に渡り始める。
「どうしたのですか?怖いのですか?」
ゆっくりと進む俺にフォウナが声をかけてくる。
「馬鹿言え、気をつけるにこしたことはないだろ。スカウトの習性ってやつだ」
グラグラと不安定な吊り橋の半ばに差し掛かった時だった。
ヂヂッ!
気配察知に反応。
誰かいる。前方、橋のたもとだ。この距離に接近するまで俺が気づかないということは……気配を殺して潜んでいた?
ヤバい!!
考えてる暇はない。俺は前方にダッシュ。そのままフォウナにタックルして担ぎ上げて走り続ける。
「きゃあ!!」
突然のことに訳が分からずフォウナが悲鳴を上げる。
次の瞬間、足元が揺らぐ。
くそっ、やっぱり橋を落とす気だ!!
すぐにスキル発動。
「スカイウォーク!」
スカウトには必須の、偵察や潜入などに使う簡易な空中移動スキルだ。
落ち始める踏板を無視して俺はそのまま空中を走る。
だが俺がこう動くのは相手も読んでいるはず。ならば……
俺は宙を走りつつ、前方に投げナイフを投げる。
何かが引っ掛かり、キラキラと光を反射する。
霞網が張ってある。完全に罠だ。
油断した。この周到さは山賊などではない。プロの犯行だ。
俺がギリギリまで気配を察知できなかったということは、かなりのレベルとみていい。
勇者のことばかり気にしていたが、賞金稼ぎかなにかだろうか。
スカイウォークは自由に飛翔するスキルではない。
一時的に空気を足場にして連続で跳んでいるだけなので、小回りもきかないし、踏ん張りもきかない。
重い荷物を抱えたままでは不利。
敵はこっちの機動力を奪った。次はどうする?
当然攻撃してくるはずだ。ならば……
俺は担いでいたフォウナを前へ投げ飛ばした。
「ひぃぃぃぃ!!」
さっぱり状況が分かっていないフォウナは情けない悲鳴をあげる。
フォウナはそのまま落下……せずに不自然に空中で止まる。霞網にかかったようだ。
ごめん!後で謝る!
俺はフォウナを踏み台にして真上へ跳んだ。
すかさず周囲から飛来する複数の投げナイフ。
予想通り!
わざわざ敵が狙いやすいよう、上へ跳んだ甲斐があるってもんだ。
「秘技エアグリップ!!」
俺は空気を掴んで急制動をかける。予想外の動きに、ナイフはすべて空を切る。
エアグリップはスカイウォークを“手”に応用した俺のオリジナルスキルだ。
二つのスキルを同時に使うことで、両手両足を使って自在に宙を舞える。
ナイフに続いて魔法も飛んでくるが問題ない。
飛翔魔法なんて目じゃない超機動力でナイフだろうが魔法だろうがすべてかわす自信がある。
まぁ短時間しか使えないけど。
俺はジグザグに高速移動して攻撃を躱すと、霞網を避けて一気に向かいの崖へと跳んだ。
宙から見下ろす先には不思議な気配の者たちがいた。
ナイフを構える者が三人くらいと、少し離れたところに魔法使いらしき奴が二人隠れているぽいのだが、気配が捉えにくい。妙な感じだ。
急に俺に接近されて戸惑っているようだ。誰も動かない。
俺は地面に降り立ち、そいつらと対峙した。
「お前たち、賞金稼ぎか?」
答えないだろうが一応は聞いてみる。
「そうですよ」
……!
その声は思いもよらぬ方向からかけられ、俺は少しばかり驚いた。
誰もいないと思っていた近くの木陰から、大柄な人物が現れる。両端の跳ね上がったカイゼル髭が偉そうな壮年の男だ。
軽装のようだが、長剣を携えているから剣士なのだろうか。
変わった形の剣……刀というやつに見える。
そして不思議な感じのマントを羽織っている。なんか気配がおかしい……?
もしかして、あれは姿を隠す魔術具?!
確か亡霊の外套ってやつだ。目視も気配察知もかなりの高レベルで阻害する、超高級アイテムだったはず。
通りで感知できないわけだ。他の奴らも装備しているに違いない。
「いやぁ、やっぱりカイルさんは強いですね。流石は勇者パーティの元メンバーだ」
髭の男はなんだかフレンドリーに話しかけながら近づいてくる。
「実のところ、我々のような賞金稼ぎの間ではね、勇者レオンなんかよりもスカウトのカイル……あなたの方が評価が高かったんですよ。
こんな商売をやってると、あなたのように正面からやり合わず、搦め手を使うことが多いですから」
この男、こんな風にわざわざ話しかけてくるということは……
「時間稼ぎか。何のつもりだ?」
俺は髭の男を睨みつける。
「いやはや、カイルさんは優秀すぎて怖いな……」
ズバッ!!
言うやいなや電光石火の早業で切りつけてくる髭男。抜刀術ってやつか!
俺はギリギリでかわして距離を取る。
「今のを躱すんだもんなぁ。自信が無くなりそうだ……」
男は刀を鞘に戻し、構える。
この男、かなりの使い手だ……。
いつの間にか、周囲の人の気配が減っている。
隠れて俺を狙っている?それとも逃げた?
俺は後ろで鋼糸を取り出す。使うことは少ないが、何を隠そうこいつが俺の一番得意な武器だ。
髭男が動く。
――さっきより速い?!
下からすくい上げるような斬撃が、体を捻って避けた俺の顎先を掠め、切られた髪が宙を舞う。
あっぶねぇ!
俺はかわしながら鋼糸を放ったが、絡め取ることはできない。
しかし、糸は出せた。それで十分。
俺と男の間にほとんど見えない細い糸が舞い落ちる。
「鋼糸か……それを使われたらどうしようもない」
髭男は刀を納めると軽く両手を挙げてみせた。もう戦う意志はないという意思表示だろうか。
俺の使う鋼糸術は糸の範囲内を切り刻む技。切れ味はたかが知れているので鎧さえ着ていれば大した脅威ではないのだが、そうでない相手には滅法強い。
「私の本気の一撃も通じなかったですし、本当に凄いですね。なので……」
突然、髭男の足元が光り、魔法陣が現れる。これは何の魔法だ?
身構える俺に男は言った。
「……撤退させてもらいますよ。けれど魔族のお嬢さんは預からせてもらう」
!!
いつのまにか空中の網に絡まっていたフォウナの姿がない。
しまった、そのための時間稼ぎだったか。
「南東にある、古い砦跡で待つ。できればなるべく早く来てくれ……」
そう言い残して、男の姿が掻き消える。
転送の魔法?!
発動させれば、あらかじめ用意した別の魔法陣に転送される。準備に時間がかかるし、何より値段がはるので滅多に使われない代物だ。
亡霊の外套とかも持っていたし、これは相当お金がかかっている。
大きな組織が関わっているのか?
それとも、大金目当てで一時的に手を組んでる?
どちらにしろマズいことになってるみたいだな……。




