魔界
今後は月水金の週3回投稿の予定。
カイルの足取りが掴めなくなって二日が過ぎ、レオンは焦りを感じていた。
カイルは隠密行動を得意とする一流のスカウト。一度逃がせば簡単には見つけられないだろう。
前回はまだ逃亡から日が浅く、王都近郊で行く先が限られていたから偶然接触できた。
しかし王国がカイルに高額な賞金を懸けたことがかなり広まってしまった。数年は遊んで暮らせる額だ。賞金稼ぎどもが活発に動き出すだろう。
そうなれば余程のことがない限り、カイルは町や村に現れない。
いくら幼馴染でカイルのことをよく知っているとしても、こうも当てがなくては捜しようがない。
そんな時、エレーヌが言った。
「私に考えがありますわ」
**********
逃亡を続けた俺とフォウナは、放棄された炭焼き小屋を発見して休息をとっていた。
サーディナ村を逃げ出してから丸三日が経過したし、そう簡単に見つかることは無いだろう。
久しぶりに火を使ったまともな料理を作ることにした。
このところ干し肉と乾パンだけだったからな。
近くで狩ったイノシシでシチューを作る。
「驚いた。とても美味しい。カイルは料理も出来るのですね」
フォウナはうれしそうにシチューを頬張る。肉体派であるフォウナは割と食欲旺盛だ。なんでも美味しそうに食べるので作りがいがある。
「俺のいたパーティは剣術バカと魔術オタクしかいなかったからなぁ。
あいつらは料理や洗濯に掃除と、家事のほとんどを俺に丸投げしやがるのよ」
俺も温かい食事を楽しむ。こんなにリラックスするのは久しぶりだ。
「私も武術の鍛錬ばかりで、料理など習う暇はなかったです。何もできず、すみません……」
「気にしなくていい。色々雑用するのが結構好きなんだよ」
さて落ち着いたところで、今後の行動をきちんと決めますか。
俺は王国を裏切り、魔王軍側についたことになっている。
しかし、魔王軍とのつながりはまだない。
魔王軍をスパイするためにも、まずは接触しなければ。
俺はテーブルに王国の地図を広げてみた。
王国は大陸の東に位置している。
南側は小規模な都市国家群があり、西側は王国に次ぐ国力を持つ大国、ザイス共和国だ。
そして、王国と共和国の北側、大陸のおよそ1/3を占めるのが魔王軍の勢力圏。
通称“魔界”だ。
魔界には統治者はいない。ルール無用の弱肉強食の世界だ。
魔力を操り強大な力を持つ獣である“魔物”や、低レベルな知能しか持たず、生産性のない略奪者であるゴブリンやオークなどの下等亜人族が暮らしている。
フォウナのような魔界で暮らす文明的な亜人族は“魔族”と呼ばれ、数も少なく、小さな集落を作って閉鎖的に生活している場合が多い。
そんな魔界に君臨しているのが魔王だ。
魔王は支配も統治もせず、ただ力をふるうのみの存在。その圧倒的力に魔界の者たちは恐れ敬い従うのだ。
地図には王国領内は描かれているが、魔界の部分はほぼ白紙だ。
そりゃそうだ。情報が無いからな。
とりあえずフォウナに知っている範囲のことを教えてもらいたいが……
「正直な話、私にもよく分からないです……」
地図を覗き込み、困った顔で答えるフォウナ。
やっぱりそうか。地図とか作る気なさそうだもんなぁ。
「魔王軍は軍と名乗っているけど、きちんとした組織ではないです。魔王様がいて、四天王がいて、その下はもう適当。
ことあるごとに、その場で兵を集めて戦うのが普通ですね。
人狼の四天王ベィヨンは、各種獣人族の族長たちを従えたりしてますけど、私などには部下らしい部下はいなかったです……」
フォウナはちょっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「そうそうカイルと初めて会った、砦を占拠した作戦ですが、四天王の一人であるクロードの計画だったのですよね……
実は兵を募っても全然集まってくれなくて。まぁ私一人でも小さな砦を落とすくらい何とかなるかなって思って、結局ゴブリン数匹だけ連れて行ったのです」
そういえば、フォウナは王都近くの砦をいきなり強襲したんだよな……。
「あんな場所に突然現れたけど、一体どうやったの?」
「ああ、そのことですか。実は砦の近くに、かなり昔から王国をスパイするための秘密の転送用魔法陣があったんですよ」
「えぇっ!? 王都のすぐ近くにそんな物があったなんて……」
「ただ経年劣化が激しくて、いつ壊れるかわからないからと放置されていたんです」
「なるほど……敵地のど真ん中に行けても戻る手段が無くなったらどうしようもないもんなぁ……」
「今回の作戦は、砦を占拠して敵の目を引いて、その間に国境を攻めるという陽動作戦だったんですよ。
魔法陣が壊れて帰れなくなったとしても、私なら強行突破して魔界まで戻れるだろうから大丈夫、といういい加減さで実行したのですが、案の定、魔法陣は壊れましたね」
「本当にいい加減過ぎる……。力任せのガバガバ作戦だな。流石は組織として機能していない魔王軍……」
「凄い作戦でしょう?」
何故だか自慢げなフォウナさん。いや、褒めてねーから。
「とりあえず砦を落とした後、四天王グリムが来たぞとアピールして、王国内に潜む魔物や魔族を招集して部隊編成するつもりでした。けれど、まさかあんなに早く負けるなんて思いませんでしたね……」
こっちを見てにっこり笑うフォウナ。
「誰が来ても返り討ちにする自信があったんですけどね~」
いやー、なかなかに笑えない話ですなぁ……。
そしてすぐフォウナは真面目な顔に戻った。
「話を戻しますが、いくら詳しくないとはいえ、魔王様がどこにいるかくらいは分かります」
フォウナは魔界の中心辺りを指さした。
「魔王様は魔界の中央部、特に瘴気が濃いエリアに居城を構えているのです。
あの辺りは長くいると気分が悪くなるので、みんな近づきたがらない場所なんですが、魔王はそこが気に入ってるみたいですね。」
うう、趣味が悪いなぁ。
魔王軍が組織として機能していないなら、俺が目的を果たすためには魔王のすぐ近くでスパイするしかない。
となると、魔王城に直接出向いて、フォウナのコネを使って取り入るのが手っ取り早いのだが……。
「ちなみに、私の生まれ育った村は、この辺りですね……」
フォウナが指したのは魔王の城から南へ下がった国境の付近の山の中だった。
「なるほど」
今、俺たちがいる王都の北側にある森林地帯と魔王城の中間辺りじゃないか。
魔王の城を目指すなら、ちょうどいい中継地点になりそうだな。
レオンは聖女エレーヌをパーティに加えて俺を追っている。
俺の手の内はよく知っている連中だが、流石に魔界の事やフォウナの事は知らないだろう。
「よし、まずはフォウナの故郷へ行こう!」
「えっ⁈ 私の実家へ行くのですか? それって……私の家族に挨拶したいとかそういう話ですか⁈」
顔を真っ赤にして驚くフォウナ。
いやいや、そういう話じゃないだろ……。
**********
『……お話し中に申し訳ないのですが……』
突然、頭の中にルミナスの声が響く。
『緊急にお話したいことがあるんです……』
俺はフォウナにちょっと気分転嫁したいからと言って外に出た。
声に出すとフォウナに聞かれる恐れがあるので、心の中でルミナスに話しかける。
(緊急の用件とか嫌な予感しかしないんですけど、一体どうしたんだ?)
『実はですね、エレーヌさんが熱心に祈りを捧げてるんですよ』
(聖女さんが祈りを捧げてる?それってごく普通の事じゃないですか?)
『それがですね、“カイルの行先を教えてください”って祈っているんですよ……』
うっ……そう来たか……。
『女神の立場として、聖女の祈りを無視する訳にはいきませんし、かといって嘘を教える訳にもいかず……』
(なら適当に誤魔化してくださいよ~。あの人、女神様の言うことはちゃんと聞くでしょ?
何か理由付けて、今は駄目とか言っておけば……)
『……ごめんなさい、何も思いつかなくて……
それで、熱意に負けちゃって、つい……』
(つい?!)
『教えちゃいました』
「この駄女神がぁぁぁぁぁ~っ‼」
思わず声を上げてしまった。フォウナが慌てて飛び出してくる。
「急にどうしましたっ⁈ 何かありましたか⁈」
俺は必死に平静を装い、フォウナを制する。
「ごめん、悪い、何でもない。いや、なんでもなくはないか……」
フォウナが心配そうに俺を見つめる。どう誤魔化そうか。
「実は、勇者の気配を感じてね……。こんなに早く察知されるとは思わなかったのでちょっと苛立ってしまったんだ」
「‼」
「なるべく早くここを移動しよう」
俺たちは小屋の中へ戻り出発の準備を始める。
『ほ、本当にごめんなさい~』
ルミナスの謝罪が聞こえる。
『で、で、でも、まだ距離は離れているので大丈夫です!全力で来ても丸一日はかかるはず』
(そういう問題じゃない!ゆっくり休めなくなったじゃないか……それに……)
俺は危惧したことをルミナスに問いただす。
(お前はどこまで教えた?)
『ええと……。現在地と、今後の大まかなルート……北の国境を抜けて、魔王城を目指している。と……』
(まったくお前はバカ正直すぎる……)
俺は深くため息を付いた。
「次からは適当に誤魔化せ。そうだな……“カイルは魔王の加護を得たからわからなくなった”とか言っとけばいいだろ?」
『なるほど……』
「成る程じゃねーよ!まったく、それくらい自分で考えてくれよ~。女神なんだろ~?偉いんだろ~?」
『うぅ……、すみません……』
**********
エレーヌは空から降りる神々しい光に包まれていた。
光が消え祈りを終えるとレオンたちに言った。
「神託は降りましたわ。カイルの居場所はわかりました!」
「よっしゃー‼」
思わず歓声を上げるレオン。セリナとハイタッチする。
エレーヌが何度祈りを捧げてもなかなか神託が降りてこないので、レオンは完全に諦めていたのだが、我慢して付き合った甲斐があったというもの。
「どうやらカイルたちは北西に1日ほど歩いた先の森にある、古い炭焼き小屋に潜んでいるようです。北の国境を超えて、魔界に入る気ですわ!」
「かなり具体的に教えてくれるのね……」
セリナも驚きを隠せないようだ。
「当然です! 女神様は全てをお見通しなのですわ‼」
高笑いするエレーヌに、レオンがツッコミを入れる。
「さっきまで祈りが通じなくて泣きそうになってたくせに……」
「おだまりなさい! さぁ、さっさと出発しましょう!
今度こそ、あいつをとっ捕まえるのですわ!」




