女神の事情
拘束されたカイルがフォウナに村から担ぎ出されたのと同じ頃――
実は世界は滅亡の危機に直面していたのだった。
一面真っ白な、神々の居る精神世界。
何もない一角で女神ルミナスは正座をして頭を垂れていた。
向かいには椅子が据えられ、一柱の女神が座っている。
ルミナスの上司、女神長ダリアだ。
「それで、報告のあった神託の件なのですが」
ダリアの落ち着いた、威厳のある声が響く。ルミナスは緊張で体が強張るのを感じていた。
「勇者のパーティのメンバーの一人を追放した……それで間違いは無いのですね?」
「……はい、間違いありません……」
なんとか声を絞り出す。
(ヤバいヤバいヤバい‼)
ルミナスはかなり焦っていた。
普段から定期的に、この世界の情勢についてとか、神託した内容とかを報告している。
よほどでない限り、それらの内容が細かく精査されることはないはずなのだが……
「ルミナス、あなたは何故今回の件で私が出向いたか分かっていますか?」
「……申し訳ありません、若輩のわたくしめには今一つ……」
はぁ~~っと大きなため息を付くダリア。
「相変わらずですね、あなたは……だからいつまでたっても下級女神なのです!」
叱られて縮こまるルミナス。
「あなた、先代勇者の件、忘れていないでしょうね?」
「そ、それはもう、当然です! 二度とあのようなミスは……」
「あの件、私が何とか対処しましたが、上の方でも多少問題になったのですよ?
なのに、また勇者の事で妙な神託とかして……。
何かあってからでは遅いですから、きっちりと説明してもらいに来たわけです」
ごくりと唾を飲むルミナス。
(これは……上手く誤魔化さないと本当にマズいかも)
「これ以上ミスが続くと、あなた本当に降格処分になりますよ?
そうなったら、あなたの管理する世界も処分され、無くなってしまいます。
私は女神の一人として、そのような事態にはなるべくなって欲しくありません」
そう言ってダリアはルミナスをじっと見つめた。
「さぁ、勇者の仲間を追放した件について、納得のいく説明をしてもらいましょうか」
ルミナスは覚悟を決め、深呼吸すると話し始めた。
「実は今回の件、追放した者……カイルの方から提案があったのです。
自分が裏切ったことにして魔王軍にスパイとして潜入したい、と」
いぶかしげな顔をするダリア。ルミナスの瞳をじーっと見つめる。
(大丈夫、順番は違うけど……嘘は言ってない!)
視線にさらされ冷や汗をかくルミナス。
ダリアはそのまま暫くルミナスを見つめた後、表情を緩めた。
「ふむ、変わった提案ですが本当のようですね……興味深い。
それであなたは提案にのってあげたというわけですか?」
ルミナスは大きく息をつき、答えた。
「ええ、その通りです。
当代の勇者はかなりの実力を身に付けましたが、現魔王は歴代魔王の中でも最強クラス。
魔王の討伐を確実にするため、四天王に取り入って魔王軍に入り込み、内部から手引きを行いたいと言っておりました。
その為に、敵を騙すためにはまず味方からということで、裏切り者として追放してもらいたいと願い出たのです」
「なるほど、一応筋は通ってますね……
現魔王が強すぎることについては、あなたに責任の一端がありますし、解決したい気持ちは分かります」
うんうんと頷くダリアに安堵するルミナス。
「よろしい、このまま様子を見ることにしましょう。
現時点で何か問題があるわけではないようですし。
ただ、報告は欠かさぬように……」
**********
「……ってことがあってさぁ~、もう本当に生きた心地がしなかったわよ~~~~」
ルミナスは酒臭い息を吐いてゲラゲラと笑った。
俺は再び真っ白い空間に来ていた。前に女神様と会話した夢の世界だ。
レオンから逃げて村から担ぎ出された後、すぐに俺を拘束していた魔法は解けたのだが、身の安全の為にそのまま一晩中逃げ続けた。
そしてようやく適当な岩場で一休みしたはずが、気が付けばここにいた。
疲れて休んだタイミングで酔っぱらいの相手とか、もう勘弁して欲しい……。
前回ここに来た時は土下座で、今回は泥酔状態。この女神は俺にどれだけ醜態を見せつける気なのだ?
「とりあえず世界の滅亡は回避されたからさぁ、一緒に祝杯を挙げようぜ~」
「はいはい、そうですね」
俺は適当に相槌を打って、コップに酒を注いでやる。この間も飲んでたという「神殺し」だ。
あんなことになったのにまた飲んでいるのだから、反省の色は全く無いな。
こんな状態でまともな話ができるか分からないが、一応、この先の事について聞いてみるか。
「それでルミナス様は今後、二重スパイ作戦をバックアップしてくれるってことでいいんですか?」
「まぁね~、そうだね~。
ダリア様に話を通しちゃったから、ちゃんと作戦遂行して報告しないとだからね~。
これからは魔王討伐に向けて、許される範囲で協力するよ~」
「なら、せめてレオン達だけにでも事情を説明するわけには……」
「それは駄目。きちんと魔王軍に潜入して、魔王の信頼を得るぐらいになってもらわないとね~」
くそ、まだまだ時間はかかりそうか……
「現魔王は強いよ~……今の勇者たちじゃ全然っ無理‼」
えぇっ‼ そうなの⁈ かなり強くなったつもりだったけど……
「力押ししか芸の無いグリムちゃんに手こずるようじゃ、まだまだね~」
グリムをちゃん付けって……
「あなたも先代勇者のことは知ってるでしょ~?」
唐突に話が変わったな。先代勇者か……。
俺やレオンが生まれる前に勇者として名を馳せた人物。
10代にして歴代最強と謳われた勇者で、たった一人で魔王に立ち向かった男。
英雄ファーレル。
「ファーレル君は強かったわよ~。 マジで半端なかった。
ただ友達が居なくていつもぼっちだったけど。
“仲間はいらない。頼るものがあると人は弱くなる”とか格好つけちゃってさ~
笑っちゃうよね~」
そうか、ルミナスは英雄ファーレルを知っているのか。
他でもないルミナスが勇者に任命したんだろうからな。
それにしても英雄をぼっち呼ばわりとか非道い。
けど……。
「確かファーレルは今の魔王に負けて死んだんですよね……」
俺の呟きを聞いて、ルミナスが急に押し黙る。
暫く沈黙が続く。
……?
俺、何か変なこと言ったか?
「そう、そうなのよね~。 ファーレル君は死んじゃったのよね~」
突然明るくしゃべりだすルミナス。
「だからさ、ファーレル君より弱いレオン君に勝ち目は無いのよ。今のままではね」
何か様子がおかしい気がするが、今は突っ込まず話を合わせておこう……。
「そこで俺が裏で手引きをして、レオンを勝たせると。
そういう作戦なわけですよね。
……それって本当にできそうなんですかね?」
今の話から察するに、ちょっと裏をかいたくらいでは難しい気がする。
「そうね……。
現状では難しいから、レベル上げとか、地道な強化も必要ね。
他に強い奴を仲間に加えるとかもいいわね~」
「強い仲間か……」
そういえば、昨夜、聖女エレーヌと戦ったっけ。
「聖女が結構強かったんですけど、あれは女神様が与えた力なんですか?」
「そうだよー。聖女には上位の聖属性の魔法能力と、身体能力強化の加護を与えてあるよー」
「やっぱり……。
けど魔法はともかく、何故身体強化を? 普段、教会で祈ってるだけなら必要ないでしょ?
今回、わざわざ俺を追ってきたのだって多分、自分が戦える力があるからだろうし?
余計な力がなければ大人しくしてくれただろうに……」
「それはねぇ、先々代の聖女が教会の内輪揉めで殺されちゃったからなのよ。
いるのよね、自分の方が聖女にふさわしい、今の聖女がいなくなれば自分がなれる、とか思いこんじゃう輩が……」
あー、何か判る。
レオンも「俺の方が勇者にふさわしい!」とかいう馬鹿に襲われたことがあったわ。
「だから、聖女が死んじゃわないように加護を与えることにしたのよ
聖女がいないとさぁ、神託が下せなくなっちゃって不便なのよね。
だから急いで新しい聖女の候補を捜すんだけどさ、面倒なのよねー……」
「面倒ってそんな……。
何か厳しい条件があるのですか?」
「そんなの、“美人である事”に決まってるじゃない!」
……は?
「私が乗り移る依り代になる役割なんだから、やっぱり美しくないと駄目でしょ!
だって女神の品位が下がっちゃうじゃ~ん?
もうね、美しければ後はどうだっていいの!」
なんか胸を張って答えるルミナス。
俗物すぎる……。
もう呆れてものが言えんわ。
たったそれだけの理由で選ばれたと知ったらエレーヌもさぞがっかりするだろうなぁ。
……いや、女神に認められる程の美人だって喜ぶのだろうか?
それにしても今後は女神様が全面的に協力してくれるというなら、かなり楽ができるんじゃないか?
加護が貰えれば身体能力が上がるだろうし、人の心を読んだりとかもできるし、他にも色々と神の奇跡的なことができるはず……
「あ~~……。
あんまり私に期待しない方がいいわよ~。神にできることなんてたかが知れてるからねぇ」
やんわりと否定するルミナス。すっごいやる気なさそうでムカつく。
「まず、私たち女神は物理的な干渉を禁じられてるわ。
魔法で敵を倒すとか、そういうことはできないの。
あくまで人間に力を貸し与えるとかしかできないわ。
けど、あなたに加護を与えるのは無理よ?あなたに力を貸しているのを他の人に知られるわけにはいかないからね」
しまった、そりゃそうか。
「あとね……これはホントは知られちゃいけないことなんだけど……
正式な信者以外には、ほとんど力を出せないんだよね~」
「正式な信者……?」
「えっとね、きちんと正しい洗礼を受けて女神教に入信したのが正式な信者。
今はね、正式じゃない人が多いのよね~。
あなたの生まれた村なんかはきちんと教会があったから、生まれてすぐにみんな洗礼を受けているよね。
だけど小さい礼拝堂しかなかったりするようなところは、正しく洗礼をしてくれないのよ……
そうでなくても、面倒だからって洗礼をしていない人たちがいるし。
それでも信仰心があるなら別にいいんだけどねぇ」
へらへらと笑うルミナス。
「それで、正式でないと何か問題があるんですか?」
俺はちょっとイライラしながら問いただす。
「洗礼の儀式ってのはね、女神である私とバイパスを繋ぐ儀式なの。
そうすることで、私たちはより効率よく信仰エネルギーを回収できるのよ。
人間側は私と繋がることで、私からの恩恵を得られるからWin-Winよね。
それで正式でないと何が問題かというと……
まず信仰エネルギーの回収効率が少し落ちるわけ。
それに私と繋がっていないから、祝福もできなし、罰も与えられない。心も読めないし、念話もできないのよ」
なんだそれ?初めて聞いたけど……正式な信者以外には何も出来ないってこと?!
「……ちなみに正式な信者ってどのくらいいるのかな……?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「信者全体の二割ってとこかしら?」
「めっちゃ少ないじゃん!!」
「なーにーよー!! 別にいいでしょ!! 正しかろうが無かろうが、みんな私の可愛い信者なのよー!!」
…………。
俺は頭を抱えた。
結局、ごく一部の人間にしか力を使えないということは、大して役に立たない、ということではないだろうか。
いや、役に立たないぐらいで済めばいいのだが、こいつまだ何かやらかしそうな気がするし……
まったく前途多難だ……




