滝みたいな桜
「ねーえ、ほんとうに枝からお花が垂れてる桜ってあるの?」
鈴が裕次郎に聞いた。
食べ終わった串を店のおじさんに片付けてもらいながら、裕次郎は答える。
「うーん…ちょっと…と言うか結構遠いけど、すごく大きい滝みたいな桜ならあるよ。」
おじさんがすぐに反応した。
「お前ら滝桜に行くのか?お前ら子供の足だとちょいと遠いぞ?」
「え、そんなに遠いの?」
鈴が聞き返す。
「お前らの足なら半刻はかからないくらいか…ってところだな。」
顎を撫でながらおじさんが言った。
「…そっかぁ、じゃあ歩けないなぁ…」
残念そうに鈴が言う。
それを聞いた裕次郎。
「なんでだ?」
「あたしね、半刻の半分くらいも歩けないの。
息切れがしちゃって咳が止まらなくなっちゃう。」
裕次郎はさっきのことを思い出した。
確かに路地で咳き込んでいた。
「…でも見たいんだろ?」
ゆっくり裕次郎が鈴に聞く。
鈴は俯いて答えた。
「…普通の桜しか見たことないの。
でも姉さまにお花が垂れてる桜があるって聞いて…見てみたいなぁって。」
裕次郎は黙ってしばらく考える。
そして口を開いた。
「…じゃあ見に行ってみようよ。」
鈴が顔を上げる。
「…え。」
目が見開かれていた。
「でもあたしは…」
裕次郎が遮る。
「どうしても見たいんだったら見ればいい。
…疲れたら俺がおぶってやるから。」
目を逸らして。
ちょっとぶっきらぼうに言った。
「……!」
鈴の顔が輝いた。
「うわぁぁぁぁ!」
裕次郎の背中で華やいだ声が上がった。
目の前には。
自分たちの何十倍もある大きさの桜の大樹。
大きいだけではなくて、枝が垂れていて、そこに花が咲いているから。
本当に桜の花の滝のように見える。
「すごい!すごいよ裕次郎!
こんな桜があるんだね!桜じゃないみたい!」
背中から下ろすと、きゃあきゃあと裕次郎に話しかけてくる。
結局歩き始めて桜まで半分、とも行かないところで鈴は歩けなくなった。
そこからは裕次郎がおぶってきたのだが。
裕次郎は特に疲れていない。
…軽かった。
鈴は本当に軽かった。
心配になるほどに。
自分の半分よりも軽いのではないか。
「…初めて見るんだな、鈴は。」
裕次郎の口から、そんな言葉が溢れていた。
ここは三春に住む者なら知らない者はいない。
でも、この子は知らなかった。
それに。
滝桜を見ただけでこんなにはしゃいでいる。
裕次郎にとってこの桜はそんなにはしゃぐような対象のものではなかった。
少し知っていて、わざわざ見に行くほどではないがたまに近くを通りかかる、くらいの。
日常の端っこに存在する小さなもの。
それを見てはしゃいでいる鈴を見るのが。
なんだか嬉しかった。
この子には知らない世界がもっといっぱいあるんだろう。
そのうちの。
桜を見せてあげたのが自分だった。
それがちょっとだけ嬉しくて。
こそばゆくて。
裕次郎は、はしゃぐ鈴を見ながら。
少しだけ頰を緩めた。
三春の滝桜、ほんとに圧巻なんですよ。
樹齢千年ですって。
戦国時代の三春の人々も春には見ていたんでしょうね。




