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はじめての世界


「今朝獲れためばるだよー!」

「どうだい嬢ちゃん!京から来た反物だよ!」

「針!上等な針はいらんかねー!?」

活気のある声が飛び交う三春の城下町。

雪が溶けてから、賑やかな市が立つようになった。

そのど真ん中。

「…やっちゃった…」

城下の大通り。

少女がつぶやいた。

その声はあたりの賑やかさの中に消えていく。

さらりとした美しい長い黒髪。

黒曜石のような瞳。

今は困り顔を浮かべている、幼くも整った顔立ち。

通りの真ん中に、平民たちと同じようにいるが。

この子は普通は城の中にいる存在なのだ。


名を鈴。

この三春のお姫様。

病弱で、部屋から出るならまだしも、城から出るなんて今まで一度もなかった。

だが。

人は見たことがないものには憧れが募るというものだ。

外の世界。

自分が知らない世界。

姉の愛姫に話してもらった外の世界は知っている。

でも、やっぱり。

…自分の目で見てみたい。

そこで。

侍女が厠にいなくなったところで窓から出て。

住んでいるのに何がどこにあるのかわからない城の中を彷徨って。

今まで部屋からあまり出たことがなかったことは幸運だったかもしれない。

ほとんどの使用人や兵は鈴の顔を知らなかった。

だから、偶然行き着いた洗濯場で拝借したあまり上等とは言えない着物を着ていれば。

侍女だと誤魔化すことができた。

それで、なんだかんだで頑張って城を抜け出すことができたのだが。

「…ここ…どこ…?」

迷った。

当然だ。

城から出たことがない箱入り娘が、街に出て迷わないわけがない。

それは少し考えればわかったことなのだが。

ほとんどのことを突発的に始めてしまう鈴姫は予想しなかったことだった。

というか、まだ七つの娘だ。

やることなすことは大体何も考えずに始める。


普段の遊びぐらいならまだしも。

広い城下町の中で迷子になったとなれば、話が違う。

基本的に前向きな思考の鈴でさえ。

これはさすがにまずいと思った。

体調だって今日は別に。

優れて良いと言うわけでもない。

ここに来るまでに結構歩いたし。

なかなかに疲れている。

でも、歩かないと。

歩かないと城にだって戻りようがない。

息を吐いて。

鈴はもう一度歩き出した。


はじめての世界は。

ずっと憧れていた外の世界は。

自分が思っていたよりもずっとずっと素晴らしいものだった。

市ではたくさんの品が並び。

それを売っている人たちがいる。

その人に値切りの交渉をしている人もいる。

少し外れた路地に入れば。

楽し気に語らっている男女がいる。

追いかけっこをしている少年たちがいる。

道の端に咲いている小さな花もあった。

こんなに薄暗いところであると言うのに、きれいに花を開いている。

姉さまは、こんなことまでは話してくれなかった。

たとえ道端だったとしても、強く美しく咲いている花があることを。


とても楽しかった。うれしかった。

言葉では、表し切れないほどに。

人から聞いた話よりも、ずっと。

自分が思っていたよりも、ずっと。

間近で見た世界は美しい。

もっと。

もっともっと。

きっとこの世界には、自分が知らないことがある。

それを知りたい。

自分の目で見てみたい。

鈴の頭の中ではそんな願いがあるのだが。


「…ごほっ…こほっ……っ…」

身体というものは、完全に自分の思い通りにはならないものだ。

城から抜け出し、街を歩いた小さな病弱な身体は。

とうに限界に達していた。


視界が白く染まる。

息が苦しくなる。

鈴は、その場に座り込んだ。


…むねがいたい。

あたまがくらくらする。

たすけて。

だれか。

姉さま。

母さま。

父さま。

いきがきゅってなっていたい。

すずは。

ここでしんじゃうのかな。

いやだよ。

せっかくお外を見られたのに。

だれか…。


「大丈夫!?」

声が聞こえた。

優しい声。

あったかい声。

肩に誰かの手が触れた。

背中をさすられる。

「…ふっ…はぁっ……」

ゆっくりと。

息が落ち着いていく。

咳も止まった。

「…よかった、止まったか…」

地面を見ていた顔を上げると。

助けてくれた人の顔が見えた。

短い黒髪の少年。

ぼろぼろの着物。

日に焼けた肌。

歳は愛姫とそこまで変わらなさそうだ。

「もう大丈夫?」

優しい声だった。

鈴はゆっくり頷いた。

「…そっか。」

少年は安心したように笑った。


…やっぱり、お外ってすごいな。

こんな人がいるなんて。

もう一度、鈴はそう思った。


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