7.守ると決めた日
緑が茂り、草花が咲き誇る森を歩いて数十分。
立ち込める太古の香りを漂わせ、その遺跡は偉丈夫の如く聳え立っていた。
三角錐型の頂上は平坦で、まばらに苔むしている。
見上げる遺跡は三層の基壇から成り立っており、各層には上から男性、竜、女性を象徴したかのような彫刻がみられる。
所々、水流のように光って見える溝があるが、あれは魔法だ。
それはこの遺跡が魔法で築かれたものであることの証左である。
莫大な質量で構える遺跡を前に、レムールとリステラは変わらぬ会話をしていた。
「近くで見ると、すごくおっきいですね~」
リステラは片手で日差しを遮りながら、気の抜けるような声で感想を述べた。
油断をしていないことはわかるが、会話が柔和なテンポになるのはその独特な雰囲気のせいだろう。
そこに居心地の良さを感じつつ、一歩下がってレムールは言う。
「階段、多いし高いですよ。行けそうですか?」
「もちろんです!
こうみえても体力あります、強化魔法も得意です!」
無い力こぶを必死に作るリステラ目の前には、これまた大きな階段があった。
一段一段の高さが成人男性の腕一本ぶんほど。
そしてその数、実に九十一段。
一段上るのに大股を開けないといけないのは大変そうだ。
腰に手を当て考えているうちに、キラキラと赤く光るリステラは、身体強化の魔法を使っていた。
ギョッとした。
無詠唱だった
その歳で無詠唱ができるだなんて。
なんて────可哀想なんだ
どんな人生を送れば、その選択肢が出てくるんだ。
(無詠唱は心に深い傷がないと使えないだろ……?)
レムールは呼び止めようと左手を挙げ、やめた。
リステラが先に行ったのもあるが、思いとどまることができたのだ。
呼び止めて何になる。
本人のトラウマを呼び起こして傷つけて、隠したいものを暴く。
そんな権利は誰にもない。
幸いなのはリステラが、無詠唱が周りからどんな目でみられるかを知らない事だった。
「おーい! 早く来てくださいよ~
契約不履行ですかー?」
レムールの胸中を知ってか知らずか、数段上から明るい声。
笑顔で大きく手を振り、冗談が言えるほどになったリステラがいた。
「……すみませーん! すぐいきまーす!」
こちらも軽く手を振り、リステラと同様に無詠唱で身体強化の魔法を発動させた。
赤い尾を引きながら数段飛ばしで駆け上がって、リステラと肩を並べる。
こちらの表情を見るや否や、慌てたようにリステラが声を掛けた。
「どうか、しました? 顔色が優れないようですが……」
「はは、少し眩暈がしただけです。
落ち着きましたので大丈夫ですよ」
嘘は言っていない。
が、なんと無しに罪悪感を得て目をそらす。
他者でありながら、リステラの行末に不安を感じているのは、亡き妻に似ているからだろうか。
すると、逸らした視界の端、自分の足が薄く光り、緑の粒子があふれているのが見えた。
リステラが両手を突き出し回復魔法をかけてくれていたのだ。
「私にはこんなことしかできませんけど、これで少しでも楽になるなら……」
皮膚を通して感じる魔力はとても暖かい。
彼女の真剣な想いと悲しい記憶が断片的に流れ込む。
親と決別したビジョンが見え隠れした。
そこでレムールは気づいた。
彼女は誰に言われるまでもなく、前を向いて歩いている。
凄惨な過去に翻弄され、後悔や自責があるはずなのに。
絶望してもおかしくないはずなのに。
それでも生きて、その日その日を大切に過ごしている。
言葉だけの自分にはできないことをしている。
それは
────とても、素敵だな。
そう感じたには、レムールの目に微かにだが、確かな光が宿っていた。
そして妻との再会に次ぐ、第二の望みが生まれていた。
彼女の心だけは必ず守ろう、とする決意が。
(出会ってから早すぎるかな。
でも、そう思ったんだから仕方がない)
「……ありがとうございます。あなたのおかげで、持ち直せました」
胸に手を当てて僅かな熱を感じながら、感謝の意を伝える。
今までになかった、少しの本心を混ぜて。
「約束します。必ず、あなたを守ります」
しっかりと据えた眼で伝えた結果、リステラは頬を染めてしまった。
「と、突然なんですかもう。
急なのはびっくりしますよ?」
「あはは」と、リステラはわずかに染まる頬を手でパタパタと仰ぎ、冷まそうとする。
そして照れ隠しのように、レムールに前進を促した。
「さ、早く行きましょ。なんか暑くなってきましたから」
先に進むことに暑さがどう関係するのかはわからなかったが、これ以上恥をかかせないためにレムールは同意した。




