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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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30/31

30.傷

「今日は疲れたんじゃない? 先に休んでいいよ」


 レムールが、柔らかい声で言う。


「でも……」


「構わないよ。僕は少しやることがあるから」


 穏やかに微笑む。


 それ以上踏み込ませない、優しい距離。


「……うん」


 リステラは頷いた。


 ベッドに腰を下ろす。


 布の感触が、妙に現実的だった。


 靴を脱ぎ、横になる。


 天井を見上げる。


 今日のことが、頭を巡る。


 追手。

 遺跡。

 壁画。

 ツヅミ。

 アインたち。


「……あの人たち」


 小さく呟く。


「良い人たちだったわ」


 独り言のつもりだった。


「あぁ」


 返ってきた。


 思わず、そちらを見る。


 レムールは窓際に立っていた。


 外を見ている。


「そうだね。

 楽しく、優しく、勇敢でとても素敵な人たちだった」


 静かな肯定。


 それだけ。


 会話は続かない。


 それ以上、踏み込めない空気があった。


「……ね」


「なに?」


「ツヅミ、人から鳥になったよね」


「そうだね」


「なんで?」


「さぁ、なんでかな?」


 肩をすくめる。

 

 チラと当のツヅミを見るが、

 ベッドの端ですでに羽を休めていた。


「分からないことの方が多い。

 今は、そういうものだと思っておけばいい。

 いずれわかるさ」


 優しい言い方。


 けれど、答えはくれない。


 リステラは小さく息を吐いた。


「……そっか」


 瞼が重くなる。


 安心しているのかもしれない。


 ここが、安全だと感じているのかもしれない。


 ゆっくりと、意識が落ちていく。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 どれくらい経ったのか。


 ふと、目が覚めた。


 部屋は暗い。


 窓から、かすかな月明かりが差している。


 静かすぎる。


 息を潜めるような空気。


 体を起こす。


 レムールの姿が、視界に入った。


 ベッドの近く。


 背を向けている。


 外套は外している。


 薄い布一枚。


 何をしているのかは分からない。


 ただ——違和感があった。


 近づくつもりはなかった。


 それでも、目が離れない。


 月明かりが、背中をなぞる。


 その輪郭が、浮かび上がる。


 そこで見えてしまった。


 傷。


 無数の、傷跡。


 浅いもの。

 深く抉れたもの。

 焼け焦げたような痕。


 線が重なり、交差し、肌を覆っている。


 異様だった。


 普通じゃない。


 治っていない。


 残り続けている。


 リステラの呼吸が止まる。


 音を立てないように、息を飲む。


(……なに、これ)


 理解できない。


 どうして、こんな。


 レムールは動かない。


 気づいていないのか。


 それとも——


「……起きていたのかい」


 静かな声。


 振り向かないまま、言う。


 気づいていた。


 リステラの身体が強張る。


「……ごめん」


 小さく謝る。


 何に対してかも分からないまま。


「気にしなくていい」


 穏やかな声音。


 責める色はない。


「……それ」


 言葉が出る。


 止めようとしても、止まらなかった。


 レムールは、少しだけ間を置いた。


 そして。


「傷だよ」


 それだけ言った。


 振り向かない。


 説明もしない。


 ただ、事実だけを置く。


 リステラは言葉を失う。


 それ以上、聞けない。


 聞いてはいけない気がした。


 沈黙が落ちる。


 しばらくして。


 レムールがゆっくりと上着を羽織る。


 傷は、隠れる。


 何事もなかったかのように。


「眠れないなら、添い寝でもしようか?」


 先ほどと同じような冗談。


 いつもの距離。


 でもなぜだろう、少し寂しそうに感じる。


「……いらないわ」


 リステラはベッドに戻った。


 横になり、瞼を閉じる。


 だが考えつく。


 さっきの光景が、焼き付いている。


(あれ……普通じゃないわ。

 だって、彼の体にできた傷は全部治るはずだもの)


 分かっている。


 ただ目を逸らせないものを見てしまった。

 そんな感覚だけが、残っていた。


 やがて、意識がゆっくりと沈んでいく。


 静かな夜が、部屋を包んでいた。


 月光に照らされた、

 レムールの横顔からは表情が読み取れない。

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