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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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26/31

26.ファルタリア帝国

 西に位置するファルタリア帝国にて。


 重厚な門が、軋む音を立てて閉じられる。


 城の奥、玉座の間へと続く長い廊下。


 そこを、三つの影が歩いていた。


 いや──


 一つは、引きずられていた。


 メリクは、ほとんど意識がない。


 足取りは重く、何度も膝をつきかける。そのたびに、両脇の兵が無理やり引き起こした。


 ゴンザレスとアルナも無言だった。


 口を開けば、何かが壊れる。


 そんな空気だった。


 やがて、巨大な扉の前で止まる。


 重々しい音と共に、それが開かれた。


 冷たい空気が、流れ出る。


 その先に玉座があった。


 帝王が、そこにいる。


 ただ、それだけで。


 空気が変わる。


 逃げ場はない。


 終わりが、そこにあった。


 広間の中央。


 赤い絨毯が、まっすぐに玉座へと伸びている。


 その先。


 数段高い位置に据えられた玉座に帝王は座していた。


 背筋は、あまりにも自然に伸びている。


 力んでいる様子はない。


 だがその姿勢は、一切の隙を感じさせない。


 黒を基調とした王衣。


 過剰な装飾はなく、静かな威圧だけがそこにあった。


 肩から流れるマントの内側には、わずかに揺らぐ暗い光。


 星のようにも見えるが、どこか歪んでいる。


 胸元には——ひとつだけ。


 古びた兵士章。


 場違いなほど質素なそれが、逆に異様だった。


 顔立ちは整っている。


 若い。


 しかしそこに“人間らしさ”はなかった。


 感情の抜け落ちた静けさ。


 生きているはずなのに、鼓動を感じさせない存在。


 視線を向けられた瞬間。


 まるで“測られた”ような錯覚が走る。


 帝王は動かない。


 ただ、そこにいるだけ。


 それだけで、空気が重く沈む。


 息が、しづらい。


 喉が、乾く。


 メリクは無理やり膝をつかされる。


 ゴンザレスとアルナも、それに倣う。


 床に額がつきそうになるほど、深く頭を垂れる。


 声を出す者はいない。


 出せない。


 静寂が、しばらく続いた。


 やがて──


「……遅い」


 低く、短い一言。


 それだけで、空気がさらに冷え込む。


 メリクの肩が、びくりと震えた。


「巡歴、と言ったか」


 帝王の声は淡々としている。


 感情がない。


 それが、逆に恐ろしい。


 よく聞けば、その声は僅かに重なっている。


 単一ではない響き。


 誰かの声が、奥に混じっているような。


「強者となるための旅」


 わずかな間。


「進化の発現は」


 問いではない。


 確認でもない。


 ただの事実の提示。


 沈黙。


 誰も答えない。


 答えられない。


 その沈黙を、帝王は否定しない。


 ただ——


「不要だな」


 切り捨てた。


 その一言で、すべてが決まる。


 メリクの呼吸が止まる。


 ゴンザレスの歯が、ぎり、と鳴る。


 アルナの指先が、わずかに震える。


「貴様は、弱い」


 まっすぐに、言い放たれる。


「王に相応しくない」


 容赦はない。


 情もない。


 ただの、断定。


 その瞬間──


 帝王の背後の影が、わずかに遅れて揺れた。


 本人の動きと、ほんの僅かにズレる。


 気のせいだと片付けるには、不自然なほどに。


 メリクの視界が、揺れる。


 何かを言おうとした。


 だが、声にならない。


 その時だった。


 玉座の背後。


 重厚な布の奥から何かが、動いた。


 次の瞬間。


 一人の青年が、軽やかに前へと踏み出した。


 メリクと──


 同じ顔。


 同じ髪。


 同じ瞳。


 だが。


 “中身”が違う。


 空気が違う。


 そこに立つだけで、圧がある。


 完成されている。


 メリクが、息を呑む。


「……なに……それ……」


 かすれた声。


 帝王は、答えた。


「代替だ」


 簡潔に。


「貴様の代わりとなる存在」


 青年は、ゆっくりと微笑む。


 その仕草すら、洗練されていた。


「初めまして──」


 言葉を紡ごうとして、


 ふと、止まる。


 そして、どうでもいいことのように言い直した。


「……いや、必要ないか」


 興味がない。


 そう言わんばかりに、視線を外す。


 メリクを、見ていない。


 “価値がないもの”として。


 帝王が続ける。


「今後、この者が王子である」


 その言葉が落ちた瞬間。


 広間の空気が、完全に固定された。


 誰も、動かない。


 動けない。


「ゴンザレス、アルナ」


 名を呼ばれる。


 二人の肩が跳ねる。


「以後、この者に仕えよ」


 命令。


 絶対。


 拒否など、あり得ない。


 ……はずだった。


 だが。


 ゴンザレスの拳が、震えていた。


 歯が鳴る。


 呼吸が荒くなる。


 アルナの唇が、わずかに白くなる。


 目が揺れる。


 恐怖。


 理解している。


 逆らえば、どうなるか。


 それでも──


 それでも。


 ゴンザレスが、立ち上がった。


 ぎこちなく。


 今にも崩れそうな足で。


 帝王の魔力が、わずかに軋む。


 空間そのものが重くなる。


「……っ……できません……!」


 声が震えている。


 喉が張り付いたように動かない。


 それでも、絞り出す。


「俺は……こいつの……」


 ちらりと、後ろを見る。


 メリク。


 膝をついたままの、王子。


「……仲間です……」


 アルナも、ゆっくりと立ち上がる。


 足が震えている。


 ドレスの裾が、かすかに揺れる。


「……わ、わたしも……」


 声が裏返る。


 それでも、続ける。


「この子の……側に、いたい、です……!」


 視線が、帝王へと向く。


 恐怖で、涙が滲む。


 それでも逸らさない。


 帝王は、ただ見ていた。


 まるで価値を測るように。


 感情はない。


 その奥にあるのは、明確な“選別”。


「……ほう」


 感心したような声。


 だが、温度はない。


「命に背くか」


 その一言で、


 空気が“死んだ”。


 魔力が、満ちる。


 重い。


 圧し潰されるような圧力。


 床が、きしむ。


 ゴンザレスの膝が、折れそうになる。


 アルナの呼吸が乱れる。


 それでも——


 二人は、前に立った。


 メリクを、庇うように。


「俺らの主人は、この人を置いて、

 他にいません」


「この方は、私たちの、すべてなんです」


 帝王の目が、わずかに細まる。


「ならば、追放とする」


 その言葉に、


 場の空気が、ほんのわずかに緩む。

 追放で済むんだ、と。


 だが、


「余は、貴様らを追放したな」


 静かに、言う。


「では——」


 間。


 その一瞬が、永遠のように長い。


「なぜ、ここにいる?」


 誰も、理解できない。


 だが。


 本能が、理解する。


 “これは、終わりだ”と。


「貴様らは、誰だ」


 冷たい声。


「帝国の民ではないな」


 結論。


「ならば——敵だ」


 その瞬間。


 帝王の背後に、黒い揺らぎが広がった。


 人の影ではない。


 形を持たない、何か。


 それが、ゆっくりと呼吸するように脈打つ。


 魔力が、膨れ上がる。


 闇が、集まる。


 逃げ場はない。


 終わりだ。


 メリクの意識が、揺れる。


 視界が白く染まる。


 その中で浮かぶものがあった。


 レムール。


 無表情で、どこか優しい男。


 何も語らない、あの背中。


 そして額に触れた、あの時。


『君たちに祝福を。どうか生きて、彼を助けて』


 声が、蘇る。


 彼とは、いったいだれだったのだろうか──


 次の瞬間。


 メリクの額が、煌めいた。


 温かい光。


 優しい光。


 だが、確かな力。


 次いで、ゴンザレスとアルナの額も瞬いた。


 帝王の魔力と、ぶつかる。


 異質な力同士が、空間を歪ませる。


 ほんの一瞬。


 帝王の瞳の奥に——


 興味が宿る。


 光が、三人を包み込む。


 ゴンザレスが目を見開く。


 アルナが息を呑む。


 メリクが、かすかに笑った。


(あぁ、レムール……

 君はどこまでも、僕らを守ってくれるんだね)


 そして世界が、反転した。


 光が弾ける。


 音が消える。


 気配が消える。


 三人の姿も消えていた。


 静寂。


 完全な静寂。


 帝王は、動かない。


 ただ、わずかに目を細める。


「……逃げたか」


 その声に、感情はない。


 ただ一つだけ。


 ほんのわずかな興味が、宿っていた。

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