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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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24/31

24.壁画

 ツヅミの翼の中で流れた光が、

 ゆっくりと収まっていく。


 その余韻が残る中、

 タージは一歩、前へ出た。


 視線はすでに別の場所に向いている。


「……で、こっちが本題だな」


 顎で示した先。


 円形の空間の外周。


 そこに、壁画があった。


 アインが小走りで近づく。


「お、マジやん……!」


 トリードは無言のまま、その横に立つ。


 壁一面に刻まれた、巨大な図。


 風化しているはずなのに、

 不思議と輪郭ははっきりしていた。


 最初に目に入るのは——


 三つの影。


 一人の男。


 一人の女。


 そして——


 巨大な竜。


 その対面にあるのは、黒い塊。


 形を持たない、歪な存在。


 まるで“影”そのものが意志を持ったかのような。


 タージは腕を組み、しばらく黙って見つめる。


「……戦いの記録、だな」


 低く呟く。


 アインが振り返る。


「分かるのかよ?」


「全部じゃないけどな」


 タージは壁画の男を指差す。


 剣を振るい、前に立つその姿。


 他のどの部分よりも、はっきりと刻まれている。


「これ——シリウスだ」


 トリードの視線がわずかに細くなる。


「断定できるのか」


「ああ」


 タージは頷く。


「剣の形だ」


 壁画の中の剣。


 装飾も、形状も、他と明らかに違う。


 男の持つ手には、剣身がなかった。

 

 それこそまさに、

 シリウスの駆る獲物の特徴であったと言う。


「この手の“英雄譚”はな、

 象徴だけはやたら正確に残す」


 軽く肩をすくめる。


「逆に言えば、そこ以外は曖昧でもおかしくない」


 視線を横へ滑らせる。


 女の姿。


 そして、竜。


「で、こっちは分からん」


 あっさりと言い切る。


 アインが目を瞬かせる。


「わかるんじゃねえのかよ!

 使えねぇなぁ」


「情報が足りねえんだよ!

 しょうがないじゃん、それは!」


 タージはツッコむように答える。


「で、女は“何かしてる”のは分かるが、

 役割までは読めない」


 竜の方へ視線を移す。


「こっちも同じ。

 でかい力を持ってるのは分かるが、それだけだな」


 トリードが静かに呟く。


「三対一?」


「だろうな」


 タージは頷く。


 そしてそのまま、黒い塊へと視線を向ける。


「三人が押してるように見えて、押し切れてない」


 壁画の構図。


 三つの影は前に出ている。


 だが黒は崩れていない。


 滲むように、広がっている。


 アインが顔をしかめる。


「なんか……嫌な感じするな」


 リステラは壁画を見つめながら、小さく呟いた。


「星剣戦争……」


 その言葉に、アインが首を傾げる。


「知ってるんです?」


「ええ。子どもの頃なら誰でも聞く、と思います。

 “星の英雄シリウスが黒き厄災を打ち払った”っていう建国神話みたいなもの」


 だが、とリステラは眉を寄せる。


「でも……変ね」


 壁画の女と竜を見る。


「伝承では、シリウスはたった一人で戦ったはず……」


 トリードが静かに続ける。


「少なくとも、現在残っている文献ではそうだね」


 タージが腕を組んだまま鼻を鳴らす。


「英雄譚なんてのは、後世で盛られるか削られるかのどっちかだからな」


「でも、ここまで露骨に消えるものかな?」


 アインが竜を指差した。


「こんなデカい竜いたら普通忘れなくね?」


「普通ならな」


 タージの声が少しだけ低くなる。


「だが、もし意図的に消されたなら話は別だ」


 その場の空気がわずかに張る。


 レムールは無言で壁画を見つめていた。


 祈る女。


 翼を広げる竜。


 黒い影。


 そして中央に立つ、剣を持つ男。


 何故か胸の奥がざわつく。


 リステラがぽつりと言った。


「もしこれが本物なら……

 歴史が変わるかもしれないわね」


「大発見どころじゃ済まないだろうな」


 タージが壁画を見上げる。


「星剣戦争は史実か神話かすら議論されてたんだ。

 それが遺跡に残ってる上に、“シリウス以外”まで描かれてる」


 トリードが続ける。


「しかも、この保存状態だからねぇ。

 後世の創作とは考えにくいよね」


 アインが腕を組みながら唸る。


「うわぁ……学者連中が聞いたら発狂しそう」


「実際すると思うぞ」


 タージが即答した。


 だがその後、彼の視線が止まる。


 竜の“目”。


 そこだけが、異様に光を反射している。


 他はすべて石。


 なのにそこだけ——


 “嵌め込まれている”。


 タージが、わずかに目を細める。


「……これ」


 短く呟く。


 アインが横から覗き込む。


「なに?」


「嵌め込みだな」


 指で示し、触れようとする。


「後から入れてる」


 トリードの声が鋭くなる。


「触るな触るな、怖いじゃん」


「いや、だって触んないとさァ」


 タージは肩をすくめる。


 だが視線は逸らさない。


「ただの装飾じゃねえ」


 低く、確信を含んだ声。


「……意味がある」


 その瞬間。


 ツヅミが、小さく鳴いた。


 静かな音が、空間に広がる。


 同時に——


 壁画の竜の“目”が、

 わずかに光を返したように見えた。


 誰も、すぐには動かなかった。


 ただ、そこにある“何か”だけが、

 確かに存在を主張していた。


 最初に息を吐いたのは、タージだった。


「……ここまでだな」


 短く言う。


 アインも小さく頷く。


「これ以上は、今の俺たちじゃどうにもならん」


 トリードが名残惜しそうに壁画を見上げる。


「気になるけどね……」


 そして、くるりと振り返る。


「でも、報告しないとだし」


 レムールが問う。


「ギルド、ですか」


「うん」


 タージが答える。


「この規模の遺跡だ。黙っておくわけにはいかない」


 少しだけ間を置く。


「……あなたたちは?」


 問いは短い。


 だが、その意図ははっきりしている。


 レムールは視線を奥へ向けた。


 光の差す円形の空間。


 ツヅミは静かに羽を休めている。


「僕たちも戻ります」


 シュテルネーアの方角を思い浮かべる。


「情報も整理したいですしね」


 タージはそれ以上は聞かなかった。


 ただ一度だけ、頷く。


「分かった」


 アインが肩をすくめる。


「じゃあ遺跡の外まで送るよ」


 トリードがぱっと笑う。


「歩きながらあなた方の話を聞かせてください!」


 リステラがチラとレムールに目配せをして、

 笑顔を得られたのを受け、承諾する。

 

「もちろん、いいですよ。

 まずは……出会いから?」


 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 

 そうして他愛もない話をしているうちに、

 いつのまにか明るい陽射しを浴びていた。


「うあ〜〜〜〜。

 報告書書くの面倒くさいな〜〜〜〜」


 長い階段の前で伸びをしながらアインが嘆くが

 間髪入れずに訂正される。


「いや、書くの俺じゃん」


 タージがメガネの位置を修正しつつ、嘆いた。


「だいたいお前らは書類業務をしなさすぎるんだよな!

 メガネキャラだからってインテリだと思いやがって!」


「そんなことないよ!

 ちゃんと、タージだからこそ信頼して任せられるんだって」


 トリードが見え透いたフォローを入れるが、

 タージには通用しない。


「いーや、決めた。

 今回は手伝ってもらうぞ!

 まじで書くこと多いんだよ今日」


 やんややんやしていると、

 リステラが微笑んでいることに気づく三人衆。


 その視線に気づいたリステラ。

 

「あ、すみませんジロジロと。

 ……本当に、仲がいいんだなと」


 三人衆はそれぞれと視線を交わし、

 はにかみつつ、肘で小突きつつ、

 言い合いをやめた。


 員長であるタージではなく、

 トリードが一歩前へ出る。


 差し出されたその手には、

 一つのネックレスが収められていた。


「こちらをどうぞ」


「えっと……これは?」


「それを身につけておけば、

 あなたが『貴方』であると認識されなくなります。

 今の貴方には、必要であるかと」


 リステラは驚いたが、嘘偽りでないことは

 ひしひしと伝わった。


 両手で受け取り、「あなたはどこまで知っているんだ」と尋ねようとしてやめた。

 

 トリードの悲しそうな、心苦しそうな表情を見れば、

 聞くことができなかった。


「どうも、ありがとうございます」


 そして深々と頭を下げた。

 

 トリードもリステラへ、深々とお辞儀をした。


「リステラさ……んも、また。

 どうかご無事で。失礼します」


 本来は何と呼ぶはずだったのだろうか。

 変な位置で敬称を区切るトリード。


「…………」

 

 アインとタージはその姿を微笑ましく眺める。


 レムールも意図的に、わずかに口元を緩めた。


「えぇ、とても助かりました。

 ありがとうございました」


 「そうそう」と、

 思い出したように今度はアインが前へ出た。


「シュテルネーアへ戻るかなと思って、

 下に馬車を手配してるから使ってください」


 なんとまぁよく出来た人たちだと、

 レムールとリステラは思った。


「ありがとうございます!

 ですが、あなたたちはどうするんですか?」


 リステラが心配を口にする。


「自分たちはもう少し、

 ここの外周を調査しますので」


 そうですか、

 とリステラが言う前にアインの懐から声がした。


「なんだとアインくん! ワタシはもう疲れたよ!

 早く帰って寝よう! それがいい!」


「ワガママを言わないでください、ルピエーさん!

 俺も帰りたいですけど、まだ仕事あるんです!」


 この2人は相性がいいのか悪いのか、

 おそらくは抜群なのだろう。

 飽きることなく言葉が飛び交う。


 見かねてトリードとタージが目で合図を送ってきた。

 早く行ってくださいと。


 さっぱりとした、短い別れだった。


 だが、不思議とそれで十分だった。 

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