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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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22/31

22.大好きな先輩のために

 灰銀の髪が、わずかに揺れる。


「……先輩の仇、とらせてもらいます」


 ぼそりと呟く。


 レムールの方へ、ゆっくりと足が進んだ。


 その瞬間。


 地面から、かすれた声がした。


「……勝手に……殺すな」


 カリアの視線が下がる。


 ヴェインはまだ意識があった。


 腹を押さえ、顔を歪めながらこちらを睨んでいる。


「……俺はまだ、

 死んでない」


 数秒の沈黙。


 カリアは、半目のままそれを見ていた。


 そして──小さくため息をつく。


「せんぱい」


 気の抜けた声。


「だまっててください」


 そう言って、彼女は妖艶な仕草で意地悪をする様に、

 自分の口から飴を没収した。


 透明な飴玉が、わずかに光る。


 カリアはそれをしばらく眺め、


 そして──


 ヴェインの口に突っ込んだ。


「んぐっ」


 強引だった。


 棒が口から突き出たままになる。


 カリアは満足そうに頷く。


「ほら、あめちゃんあげるから」


 ヴェインは数秒固まり、


 やがて目を細めた。


「……おまえ」


 だが言葉は続かなかった。


 カリアはすでに興味を失ったように顔を上げている。


 視線は、レムールへ。


 飴を失った口元が、わずかに笑う。


「じゃ」


 肩を回す。


「改めて」


 指先が、軽く動いた。


 次の瞬間。


 レムールの身体が、地面に叩きつけられた。


 空気が潰れる。


 肺から息が強制的に吐き出され、視界が揺れた。


「……ぐっ」


 身体が動かない。


 違う。


 動けない。


 骨の内側まで押し潰されるような圧力。


 地面が、重い。


 空気が、重い。


 世界そのものが重くなったようだった。


 カリアが、軽く指を動かす。


「重力魔法って」


 淡々とした声。


「普通は、こんな細かいことできないんですよ」


 レムールの身体が、さらに沈む。


 内臓が軋む。


 時空操作の反動で傷ついた腹の奥が、焼けるように痛んだ。


「……っ」


 声が漏れる。


 カリアは興味なさそうにそれを見下ろす。


「でもまぁ」


 肩をすくめた。


「才能って、あるじゃないですか」


 そして、今度は指先を横に払った。


 その瞬間。


 リステラの身体が、空中へ引き寄せられた。


「っ……!」


 彼女の足が地面を離れる。


 見えない力に引かれ、カリアの方へ滑るように運ばれていく。


 リステラもまた、重力に縛られていた。


 腕が上がらない。


 脚も動かない。


 カリアは、自然な動作で彼女の腰に腕を回した。


 左手で抱き寄せる。


 まるで、ダンスに誘うような仕草だった。


「悪いですね」


 カリアは言う。


「先輩をやった相手、放置すると怒られるんで」


 右手のナイフが、くるくると、だが静かに持ち上がる。


 刃が、リステラの喉元に触れた。


 白い肌に、冷たい光が映る。


 レムールは、歯を食いしばった。


 身体を動かそうとする。


 だが、動かない。


 重力が、全身を押し潰している。


「……やめろ」


 絞り出すような声。


 カリアは、少しだけ目を細めた。


「へぇ」


「まだ喋れるんですね」


 ナイフが、わずかに動く。


 皮膚に線が走る。


 赤い血が、一筋だけ流れた。


「じゃあ」


 カリアの瞳が、わずかに笑う。


「終わりにしましょうか」


 刃が、振り抜かれようとした。


 ──その瞬間、


 轟音。


 少し離れた天井が、突然崩れた。


 石材が砕け、砂塵が爆ぜる。


 カリアの眉がわずかに動いた。


 視線だけがそちらに向く。


 その一瞬。


 重力の圧が、ほんのわずかに揺らいだ。


 次の瞬間。


 瓦礫の中から──


 影が落ちてきた。


 剣を握った青年だった。


「その人に触れるな」


 瓦礫の中から、一直線にカリアへ突っ込む。


 速い。


 だがそれ以上に、迷いがない。


 金属音が弾けた。


 青年の剣が、カリアの短剣を叩き払う。


 刃が宙を舞った。


 カリアの目がわずかに見開く。


 青年は止まらない。


 踏み込み。


 そのまま左手が伸びる。


 カリアの首根っこを掴んだ。


 重力が歪む。


 だが青年は止まらない。


 体を大きく捻る。


 遠心力を乗せて──


 投げた。


 カリアの身体が空中を弧を描き、

 石壁へ叩きつけられる。


 轟音。


 粉塵が舞う。


 重力の拘束が、消えた。


 リステラの身体が崩れ落ちる。


 レムールの視界が揺れる。


 瓦礫の中央。


 剣を構えた青年が、静かに立っていた。


 その背中越しに、声が落ちる。


「……遅くなりました」


 振り返らないまま、言う。


「まだ、生きてますよね」


 レムールに向けて。


「っ! ええ、もちろんです」


 レムールは未だ治癒しない内臓の痛みに耐え、

 杖を本来の用途で使用し立ち上がった。


 そこで上から声が聞こえた。


「おーい! トリードおるかー?

 そっち行ってもええかー?」


 トリードは視線を外さずに答える。


「いいぞー!

 早く来てこの方たちに治療をしてくれー!」


「りょうかーい!

 ほらタージ何してんだよ行くぞぉ!」


 天井からの会話が聞こえる。

 呼ばれたタージの声も聞こえた。


「ちょっと待てって、ここ調べてんだから。

 あ、おい! 置いていくなよ!」


 彼は仲間を信じているらしく、

 調査員としての役目を果たそうとしていた。


 アインは身軽な動きで天井から飛び降り、

 すぐさま治療を開始した。


「よし、じゃあ、

 『助けて! ルピエーさーーん、リエさーーん!』」


 それがトリガーなのだろうか。

 『助けて』と呼んだ瞬間、アインの懐から人形が

 二体飛び出した。


 背丈三十センチほどの小さな人形。


 一体は眼鏡を掛けた紳士風の男。

 もう一体は長い髪を揺らす女性。


 だが二人ともアインたちと同じ、

 黒いスーツを着ていた。


 小さな身体に不釣り合いなほど

 パリッと仕立てられたスーツ。


 まるで小さな諜報員だ。


「アッアッアッアインくん! ようやくワタシの出番かね!」


「そうです! ルピエーさん!

 怪我してる彼女たちを助けてあげてください!」


「大変! あなた、急ぐわよ」


「リエさん、ありがとうございます……!」


「ちょっと待ってくれアインくん!

 ワタシも助けに来たんだが、ワタシに感謝はないのかね」


「わかってます、わかってますから!

 ありがとうございます! でも急いでください!」


「しょうがないなァ、いくぞ! リエ!」


 黒いスーツをきっちり着込んだ二体の人形は、

 まるで夫婦のように言い合いながらせわしなく、

 カクカクとした動きで治療を始めた。


 小さな身体なのに、

 手際だけは驚くほど的確だった。


 まずはリステラの首元へと急ぎ、傷を確認していた。


「どうだ? リエ」


「少し待ってちょうだい。

 ……よかった、この子は軽傷よ。すぐに治るわ。

 あなた、この薬を塗ってくれるかしら。優しくね」


「任せてくれ!

 それはワタシが二番目に得意なことだ!」


 女性の人形──リエは頷き、リステラの肩から飛び降りると、一目散にレムールへと駆け寄った。


 レムールの足元へ到着すると、

 途端に目を見開き叱責した。


「この人、とんでもない傷を負っているわ……!

 何をしているのあなた!

 早く横になってちょうだい! そんなボロボロの中身で、立っているのもきついでしょう!」


 レムールはしゃがみ、痛みに耐えながらも優しく声をかける。


「大丈夫だよ、レディ。

 私のことはいい。それよりも早く下がるんだ。

 まだ終わってないようだからね」


「大丈夫なわけないでしょう!

 腎臓も肺も、ズタボロなのよ!

 何がだいじょう、ぶ…………うそ」


 リエは再び驚かされた。

 気休めではなく、本当に大丈夫になりつつある事実に。


「え。

 急速に治っていってる……

 体内に溜まった血も、まるで時間が戻るみたいに……」


 あっけに取られているリエの横へ、

 リステラの傷の処置が終わったようで、

 ルピエーが近寄ってくる。

 表情が明らかに怒って見える。


「キサマァ!

 ワタシのリエに向かってレディとはなんだ!

 口説いているのか、許さないぞ!

 ワタシと勝負しろ!」


「ちょちょ、ちょっとルピエーさん!

 話がややこしくなるので引っ込んでてください!」


 保護者のように、慌ててアインがルピエーを制止した。

 しかし、アインの手の中でも暴れ散らかしている。


「うわっ! 何をするアイン君!

 ワタシは夫として、リエに近寄るハエどもを駆除しなければならないんだ! 離せ!」


「ダメですって!」


 言い争う男たちを尻目に、リエはレムールへと謝意を述べた。


「私の旦那が迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」


「とんでもないです。

 ……いいパートナーじゃないですか。

 あなたを守ろうと、必死でいらっしゃる」


 レムールは刹那、過去に思いを馳せ、慈しんだ表情を滲ませた。

 自分にも確かに、守るべきパートナーがいたのだと。

 自分に、忘れるな、と言い聞かせるように。

 

 それを受けたリエも優しく微笑み、仲裁すべくアインの元へと走り去っていった。


 さて、リステラは無事だ。

 ならば問題は一つ、カリア。


 瓦礫が、わずかに動いた。


 崩れた石の隙間から、ゆっくりと腕が伸びる。


 そして──


 灰銀の髪が現れた。


 カリアだった。


 彼女は立ち上がると、口の端に新しい飴玉を押し込み、

 軽く噛み砕いた。


 金色の瞳が、ゆっくりと周囲を見回す。


 トリード。

 アイン。

 タージ。


 そして、レムールとリステラ。


 カリアは小さく肩をすくめた。


「……流石に」


 飴の棒をくるりと回す。


「多勢に無勢ですね」


 ゆっくりと歩き、地面に倒れているヴェインのそばにしゃがむ。


「先輩、帰りますよ。

 巡歴に出ていた王子御一行も帰還したみたいですし」


 返事はない。


 カリアはため息をつくと、

 ヴェインの身体を軽々と持ち上げた。


 お姫様抱っこだった。


 ぐったりしたヴェインの腕が揺れる。


 カリアはそのまま振り返り、

 トリードたちを見た。


「今回はここまでにしましょう。

 あなた達、ちょっと面倒そうだし」


 カリアが淫靡に手を傾けると、

 空間が黒く裂けた。


 カリアはその入口に足をかけ、

 最後に一度だけ振り返った。


「また会いましょう」


 そう言って、

 気絶しているヴェインの手を振りながら、

 闇の中へ消えた。


 回廊は静かに閉じる。


 瓦礫の落ちる音だけが残った。


 トリードは剣を構えたまま、

 しばらくその場所を見ていた。


 だが追おうとはしない。


 剣を収める。


 そして振り返った。


「……大丈夫ですか?」


 レムールとリステラへ歩み寄る。


 その横で、タージが腕を組んでいた。


「追わなくていいのか?」


 トリードは首を振る。


「民間人がいる。

 まずはこっちだ」


 タージは小さく笑った。


「だな」


 そして周囲を見回す。

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