21.代償
ヴェインの猛勢は二人がかりでも抑えられない。
彼は吹き飛んだ弾みにできた小さな瓦礫や棒さえも
巧みに使用してくる、正に戦闘の天才であった。
リステラの固有スキル『絶対生存戦線』により、
リステラの選別した味方の弱体化や異常を解除し、
身体の強化を促進させていた。
それなのにも関わらず、
ヴェインの猛勢は二人がかりでも抑えられない。
「いいぞ! 二人とも!
いい連携が取れているじゃないか!
もっとだ、もっとお前たちを魅せてくれ!」
距離を取った瞬間を狙い、
リステラがヴェインの頭上へ数多の氷塊を
降り注がせる。
「甘いぞ!」
ヴェインは歯牙にもかけず、
跳び上がり、
なんとその氷塊を掴み、
リステラへと投げ打った。連続で。
速い。
一種の散弾と化した氷塊が飛来する。
「オレが瓦礫を利用したのは見たな?
なら、物体を生成する魔法は控えるべきだろう!
利用するからなぁ! こうやってぇ!」
レムールが空間魔法で受け止める。
「言われなくても!」
指摘されたからではない。
物体を生成する魔法が利用されるなら、
生成せずとも攻撃できる魔法を選ぶのは必然。
目測で座標を設定し、
その地点に特殊な魔力を送ることで、
魔素と結びつけ破裂させる爆発魔法。
それをヴェインの着地に合わせて発動させるが、
ヴェインはそれすらも推進剤として利用し、
リステラへの距離を回り込みつつ縮めた。
「避けた!?」
「その選択は悪くないな。
着地を狙うのはセオリーだ。
だが、セオリー故に読みやすい」
予想していたレムールは、
持っていた杖を落とし
自由となった、残された右腕を振り上げ、
五指のそれぞれからレーザー状の魔法を放ち、
リステラを守る柵を作った。
触れればタダでは済まないその柵の、
すんでのところで急停止。
身を転じ、柵に沿ってレムールへと向かう。
「読んでいたな! レムール。
やはりお前は筋がいい!」
レムールへと向かったのを確認したリステラは、
盾を持つ左手を前に突き出し、
背後から雷魔法を放つ準備をする。
その対、レムールはこちらに向かってきたのを確認し、
レーザー状の魔法を取りやめた右腕で、
炎魔法で攻撃をする準備をした。
挟み撃ちの形となり、
不利なはずのヴェインに迷いはない。
ただ一直線にレムールへと向かう。
「来い」
ほぼ同時に放たれた炎と雷は空を切る。
既にそこにヴェインの姿はなく、
そのヴェインはリステラの背後へと迫っていた。
レムールの空間魔法は間に合わない。
リステラも避けるが間に合わない。
拳具の振動音が刻一刻と迫る。
ヴェインは勝ちを確信し、
だが胸中に微塵の喜びはなく、
寂しさが顔を覗かせた。
それでも、当然レムールはその先をいく。
落とした杖を魔力操作し、
杖は矢の如くヴェインの腕ごと
拳具を弾き飛ばした。
何度目かわからない程、
再び距離を空ける両者。
ヴェインはふと天井を仰ぎ、呟く。
「心の底からだ。
お前たちを失うことをを惜しいと思う」
「あら? もう私たちに勝ったとお思いなのかしら」
「あぁ、勝つさ。勝たなければオレに価値はない。
全く、公務というのはままらんものだな」
「先輩。そう思うなら、
辞められてはいかがです?」
「バカを言え。
返せないほどの恩義があるんだ。
従事する理由など、それで釣り銭が来る」
「……そうですか」
「終わらせるぞ。
……悪いがレムール、お前の技をいただく」
流れが、変わった。
ヴェインの、拳を握った右手が左胸へ突き立てられる。
まるで決意を胸に、覚悟を決めたように。
そのまま、その双眸でレムールは見据えられた。
呼吸が、深くなる。
血の巡りが変わるのが、空気越しに伝わってくる。
低く、抑えた声で、詠唱が始まった。
「──我が血に刻め
我が身に起こせ。
我は器
我は牙。
弱きを捨て
強きを写し
我が身を削り、
災禍を招こうとも」
最後の文言に差しかかった瞬間、
ヴェインは、握った拳をゆっくりと前へ突き出し
示指と中指でレムールを指した。
睨みつけている。
だがそこに、激情はない。
あるのは、
ここで終わらせる、という確信だけだ。
「──ただの一度でオレは足りる」
血が、魔素が、全身を叩く。
ヴェインの身体が、わずかに軋んだ。
それでも彼は、微動だにしない。
ただ静かに、言った。
「行くぞ」
その一言で、空気が裂けた。
圧倒的な威圧感がその場を支配した。
リステラは腰を落とし身構え、
しかしレムールは微動だにしない。
ただ尋ねる。
「先輩、僕がどんな力を持っているか
お分かりになられたんですか?」
「そうだな、あれだけ多用されればな。
最初は重力か防護系かと思ったんだが、
それだと説明がつかない」
「…………」
「お前が城にいた頃、
花瓶を落としかけたのを思い出したよ」
ヴェインの頭の奥で、ある光景が蘇っていた。
まだ王子の巡歴の旅に出る前。
帝国の居館でのことだ。
レムールが棚に肘をぶつけ、花瓶が落ちた。
床に砕け散る──はずだった。
だが次の瞬間、
花瓶は棚の上に戻っていた。
あの時、ヴェインは思った。
魔力操作。
物体を引き戻しただけだと。
「その頃は『魔力操作上手いな』ぐらいにしか思わなかったが、おかしいよな。
魔力操作は魔素を内蔵するものにしか作用しないのにな」
ヴェインは続ける。
「そして今、重力操作特有の鈍重感もない。
魔素の動きも違う。
それにあれは細かい動作には向かん。
と言うことで、重力操作の線も消えた訳だ。
残るは──」
レムールが踏み込み、穿つ様に杖を差し込む。
その先を言わせない様に、焦っていると、
思わせるために。
「残るのは、なんです?」
ヴェインは、その杖の先端を片手で軽々と掴んで離さない。
「時空だろう」
杖を握りしめ、振り払いレムールを後方へと追いやる。
「答え合わせの時間だな。
────発動」
発動と言った。
発現、してしまった。
ヴェインは時空を操り、
レムールとリステラの手足を固定しようとした。
そうなるはずだった。
だが、大きな見落としをしていた。
時空操作には代償があると言うことを。
見落としてしまっていた。
花瓶が戻された後に、床に付着していた血液を。
「……なるほどな……
これは人間が使う力じゃねぇ」
ヴェインは血反吐を吐き、
地面に片膝をつき、
両膝をつき、
手をつき、
伏した。
「レ、ムール……
お、まえ、は…………」
名を呼ばれたレムールは、
彼が倒れる前から駆け出した。
敵だろうと、今は関係ない。
内臓をやられている。放っておけば死ぬ。
数歩で辿り着ける距離だった。
──その時。
ヴェインのすぐ横の空間が、黒く裂けた。
音はない。
ただ、空間の輪郭だけが歪み、
墨を流したような闇が、縦に細く開く。
その奥は底の見えない暗黒だった。
レムールの足が、思わず止まる。
次の瞬間、そこから一人の女が、
何事もないように歩み出た。
長い脚。
黒い軍装のコート。
灰銀のウルフカットが、ゆるく揺れる。
彼女は飴の棒をくわえたまま、
視線をゆっくりと地面に落とした。
そこに倒れている男を確認して、
小さく息を吐く。
「……あーあ」
気の抜けた声だった。
しゃがみ込み、こちらに背を向け
人差し指の先で、ヴェインの頬を軽く突く。
指に血が付着することも厭わずに。
「やられてるじゃないですか。
コーヒーカスみたいな色ですね、
さては胃がダメになりましたか」
「カ、リ、ア」
「はーい、あなたの後輩のカリアですよ〜
すぐに連れて帰りますから、
ちょっと待っててくださいねぇ」
女は舌で飴を転がしながら、
ようやく顔を上げた。
その視線が、レムールに向く。
半分眠そうな金の瞳。
女は、ほんの少し口角を上げた。
「……へぇ」
口からはみ出る棒が右へ移動する。
「あなたが、例の人?」
そして、倒れたヴェインを親指で指した。
「うちの先輩、
こんなにボロボロにするとか」
肩をすくめる。
「……やりますね」
その声には、怒りも焦りもない。
ただ、どこか楽しそうだった。




