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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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20/31

20.選別執行官

「急になんのつもりです?」


「それはお前が一番理解しているだろう」


「…………はい」


 金属と硬質な木材が噛み合い、

 ギリギリ、と耳障りな音が空気を削った。


 動きは止まらない。


 押し合うでもなく、弾き合うでもなく、

 拳と杖がわずかに動き続ける。


「彼女の紹介は友人でも知人でも、恋人でも良かっただろう。

 わざわざ正直に答えるところ、嫌いじゃないぜ」


「先輩に嘘はつきませんよ」


「んなことは知ってンよ」


 ほんの数センチ。

 それでも確実に、杖は後ろへ追いやられていた。


 レムールの腕が、僅かに沈む。


 ヴェインの体重と意志が、

 そのまま拳に乗っている。


 純粋な膂力だけではない。

 ヴェインは魔法を発動させていた。

 抜け目なく、自身の身体強化と他者の弱体化を。


「帝国の不利益となりうる存在は、排除しなければならない。

 それが、巡歴という国事行為に関するものであればなおさらな!」


 レムールは歯を食いしばらない。

 顔色も変えない。

 

(……流石に強いな)


 ただ、押されているという事実だけを、

 淡々と受け入れていた。


「機密を漏らす恐れのある要素は排除する。

 法を忘れたか」


「いままでお世話になりました。

 大恩はありますが、どうしても譲れないものもありまして」


「今ならまだ訂正できるぞ。

 戻ってこい、レムール」


「正義の選別執行官ともあろう方が、随分とお優しいですね。感謝します。

 が、申し訳ありません。立ち止まらないって決めたんです」


「……本当に残念でならないな。

 お前という友を失うのは」


 拮抗は、一瞬で崩れた。


 押し合う力が消え、

 杖と拳具が、弾かれる。


 間合いが開く。


 次の瞬間、

 ヴェインが踏み込んだ。


 速い。

 一直線じゃない。


 斜め。

 半円。


 地面を削るような低い姿勢から、

 拳が跳ね上がる。


 レムールはステップを踏み、

 後退しながら、杖を薙いだ。


 空を切る。


 連続で回り込み、

 背中合わせとなったヴェインの肘が背後から迫る。


 振り返る暇はない。


 レムールは杖の石突きを地面に突き、

 体を支点にして身を翻す。


 拳が、衣擦れを裂いた。


 浅い。


 だが、拳具の縁が、

 布と皮膚の“境目”を削る。


 痛みは、遅れて来る。


 肘打ちから一転、

 体勢を戻すと同時に、

 ヴェインは距離を取る。


 ──追撃。

 

 レムールが一歩踏み出した瞬間、

 逆方向から、拳が飛ぶ。


 ヒット・アンド・アウェイ。


 殴って蹴って、

 打って放って、

 

 消える。


 レムールは杖で受け続ける。

 怒涛の攻勢に防戦一方。


 ヴェインの軌道、残るのは歪んだ空気だけ。


 再び、交差。


 杖が袈裟斬りに振られ、

 拳具がそれを受け止める。


 キィィ……ン……


 鍔迫り合い。


 距離は、拳一つ分。


 吐息が触れるほど近い。


「本気ですね。あなたらしい。」


 レムールが低く言う。


「当たり前だろ。

 オレは選別執行官だぞ、『セイギ』の、な」


 ヴェインは意地悪らしく答える。


 押し合いの最中、

 ヴェインの足が、レムールの足元を払う。


 崩れる。


 だが、倒れない。


 レムールは風魔法の応用で、そのまま滑り込むように

 ヴェインの左側へ回り、下方から、

 速度と出力を最大まで上げた魔法を放つ。


 だがそれは拳具で受け止められる。

 高速で振動する拳具が、細い魔法を掻き分け迫る。


 レムールは早々に分が悪いと判断し、

 打ちやめ、杖での連撃へと反じた。


 撃ち合いの最中、言葉を交わす。


「楽しいなぁ! レムール!

 公的に来ていなければ、どれほど良かったか!

 弱体化を受けてなお、

 これほどまでに攻防ができるとは!」


「本当に厄介ですよね、先輩の戦闘スタイル。

 できれば一撃喰らわせたいのです、が!」


 半歩踏み込み、反動をつけて片手平突きを敢行。

 それを紙一重で避け、懐に潜り込んだヴェイン。


 一歩踏み込み、渾身の拳具での一髪がレムールへと迫る。


「ッ! マズイな……!」


 レムールの芯、その核を捉えた一撃はついに、

 しかしレムールに当たることはなかった。


 玉響に現れ、その一発を防いだのはリステラの盾だった。

 二人の戦いに置き去りにされ、しかし諦めることなく隙を窺っていたのだ。


 弾かれた盾は魔力操作によりリステラへの腕へと収まる。


「レムール!

 私もいるわ!」


 たったの二言、そしてアイコンタクト。

 

 熟年寄り添ったかのように

 彼女が何をしようとしているか、

 手に取るようにわかった。


 リステラの腕から再度離れた盾は、

 くるくると回転しながらリステラの背中へと嵌った。


 跪き、俯き、両手を組み合わせ、


(お母様、お父様、お兄様……

 どうか、見守っていて)


 背にある盾の、宝石が眩く輝き出し、

 翠に光る、美麗な翼を背負わせた。


  ────詠唱。


「ここは金色。

 映すは営み。

 遥か遠き時世より、

 空を超え、

 時の果て、

 受け継がれし珠玉の園。

 火輪の恵みの光を授け、

 朔の光の剣をここへ。

 我らに生き抜く力を今に」


 最後の句を言い終わると同時に、

 リステラを中心として暖かく穏やかな光、

 色とりどりの花達がこの空間に満ち満ちていく。


「これは……すごいな」


 一面に広がる美しい景色だけではない。

 

 レムールは自分の手のひらを握っては離し、

 弱体化により、鈍っていた動きが元に戻っているのを確かめた。


 リステラの方へと振り返ると、立ちあがろうとして中腰になっている彼女と目が合った。

 中腰のままウィンクを見せてきた。

 なるほど、身体への負担はないようだ。

 安心してヴェインと向き合い直す。


「二対一で卑怯と思われますか?」


「いいや、思わん。

 それよりも驚いた。

 オレの弱体化魔法を完全に上回るほどの

 出力を持つ魔法に。

 いや、魔素の動き的に固有スキルか……?」


 リステラが答える。


「さぁ、どうでしょう」


「ハハハ、そりゃそうだよな。

 ま、いずれにせよ、だ。

 とても素晴らしい詠唱だった。

 出力が高いのも頷ける」


 ヴェインは拳具の位置を調節し、

 文字通り襟を正した。


「気に入ったよ。

 殺すのは今すぐにしてあげよう」

 

 瞬く間に消え去った影が、

 次に現れたのはリステラの目の前だった。


 助走の段階で土埃を巻き上げ、圧倒的な速度で

 リステラへと拳を振り翳す。

 

 まさに当たる寸前、

 透明な壁が拳の行手を阻んだ。


 当然、レムールの発動させた時空操作であった。

 リステラの眼前の空間を固定し壁と成した。

 

 ヴェインは刹那の隙を見せる。

 

 当然、その刹那の隙にこそ

 レムールは付け入る。


 胸部に走る激痛を無視し、

 リステラを庇うように空間移動、

 ヴェインの腹部へ痛恨の膝蹴りを放った。


「グッ、!」

 

 痛みに声をあげる暇もなく、

 ヴェインの体は床の花を捲りながら

 激しい音と共に遺跡の壁へと激突した。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、

 うッ……!」


「レムール! 大丈夫?

 胸が痛いのね、すぐ回復を──」


 レムールはリステラを押し除け前へ出る。

 瞬間、前方から土煙を払い物体が飛来する。


 すんでのところで空間を固定させる。

 が、間に合わない。


 物体は鋭利な形をしている。

 

 レムールの肩へ突き刺さる。


 (クソッタレ……!)


 若干の呻き声を漏らすが、

 耐えられない痛みじゃない。


「どうした? 動きが鈍いようだが、

 どこか痛むのか?

 俺の弱体化はもはや機能していないはずだが」


 ヴェインが吹き飛んだ先、

 土埃の中から声がする。

 

 歩みを進める。

 

 ゆっくりと、膝蹴りのダメージが

 ないかのように悠然と。


「……えぇ、少しだけですが古傷が。

 でも問題はありませんよ、続けましょう」


「そうだな」


戦いの火蓋が、再度切られた。

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