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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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18/31

18.黒い影

 『ドクンッ』と辺りの大気を揺るがすほどの拍動ひとつ。

 『ガフッ』と拭いきれない血反吐が数回。


 口角に血をつけたまま、黒い影へ向かって猛スピードで向かっていく。

 落下の速度も合わせて、目で追えないほどの速さ。

 レムールは流星となっていた。


 こちらに気づいたのか、黒い影が蠢き、光を放った。

 リステラを消し去った恨めしい光。

 その光の速度もまた速く、あわやレムールをも取り込む寸前、レムールの目の前で跡形もなく消え去った。

 来るとわかっていれば怖いものではない。

 光線の射線上に捻じ曲げた空間を発生させ、別空間へと転移させた。もちろん、無害なところに。

 

 黒い影は怒った様に、連続して光線を放つ。


 大気を揺るがし、雲を霧散させて襲いくる光線は、全てレムールにかすりもしない。

 空間転移を巧みに扱い、避けながらも急速に黒い影へと近づく。


 当たらない事で痺れを切らしたのか、攻撃を一度やめた様子の黒い影。

 レムールはただ冷静に分析するのみ。


「攻撃をやめた?

 ……ちがうな。仕掛けるつもりか」


 レムールは自身を取り巻く風の向きが変わったのに気づいた。癖のある毛先が黒い影に向かって引き寄せられている。


「大気中の魔素が集められていく……」


 黒い影を中心として雲や風、さらには夜空の星の光さえも収束していた。

 星の軌跡の様に、尾を引いて吸い寄せられる光は幻想的でさえあった。

 最大の攻撃を行おうとしているのは明白だ。

 

 単発の攻撃が当たらないのなら広範囲の攻撃を考えるのは当然の様に思えた。しかし肝要なのは攻撃それ自体ではなく、広範囲の攻撃をするに至った黒い影の思考能力。

 単に魔物の類かと考えていたが、改める必要があるらしい。


 周囲の魔素を取り込みその巨体を膨張させて大きさに磨きをかけた黒い影は、咆哮を放った。


「────アアアアアァァァァッ!!」

 

 耳を覆いたくなるほどの、絶叫にも似たトーンの高い怒号は、肌をビリビリと打ち付けるほどの振動だった。


 悲痛な叫びと感じさせる咆哮が終わり、一瞬の息継ぎの後、黒い影は光線を放った。

 先ほどとは比べ物にならないほど広く、濃ゆく、明るい超高密度の魔力であった。

 さらには、その周囲を取り囲むように、幾本もの光線が走る。

 直線ではない。角度を変え、折れ、跳ね、幾何学模様を描くようにジグザグと空間を刻む光の檻。

 中心は破壊、外縁は拘束。

 近づくことも、逃げることも許さない構造だった。


 滅亡の光はレムールを飲み込んでもなお、その輝きを落とそうとしない。それどころか、幾何学模様を描いていた光線たちが本線に合流し、徐々に光を増し、周囲が照らされ夜明けを彷彿させるほどに明るくなっていた。


 次に光線は、レムールを捉えたかと思うとあれ程までに大きく太かった線が徐々に細くなっていった。


 規模は小さく、

 威力は大きく、

 密度は限界に。


 やがて針のように細く一本へと成った光線は、尚もレムールを穿ち続ける。


 常人ならば血管が沸騰し即死に至るほどの威力。まず助かることはないだろう。

 だが、当然ながらレムールは常人ではない。

 時空操作の応用で、自分の皮膚に時空を捻じ曲げる膜を張った。

 その膜を通して、光線はレムールの背後から、飛び火が吹雪く如く火花となって散っていった。

 星の光が薄くなり暗さを増した夜空の下、扇状に宙を舞う灯りが幻想的な情景を作り出す。


 背後の花火に気を止めることなく、レムールは中空から黒い影のいる地上へと歩一歩で近づく。

 時間にして2分ほど、放出され続けていた熱線は徐々に勢いを落としていた。

 レムールも既に黒い影へと随分接近しており、それの輪郭もはっきりとしてきた。

 その風体はまるで────

 

「……少し驚いたな。

 魔物どころか、人の姿をしていたとはね」


 レムールが声をかけると、見上げるほどの黒い人影は攻撃をやめた。

 全身にドス黒いモヤを纏い、左足を引きずり、四つ這いになってまで攻撃を仕掛けていた姿は憐憫を覚えるほどだ。

 相貌は黒くて見えないが乱雑に散らばった髪、古傷だらけの四肢、汚れた肢体。明らかに『逃げてきた』様子だった。

 その背景を察知してもなお、レムールは眉一つ動かさず淡々として右手を黒い影へと向けた。

 そして時空操作を発動する寸前──


 

たすけろ!  たすけろ たすけろ  たすけろ  たすけろ た ろ  たすけろ!

  たすけて   たすけ たすけて  たすけ てあげ て

  たすけろ  たすけろ!  たすけ ろ  たすけろ  たすけろ あげろ たすけろ

    けて たすけて   たすけて  たすけ あげて  おねが

 たすけて た すけたすけ  たすけて  ろ たすけろ  たすけろ!  たすけ

 


 脳裏にいつもの発作が現れた。

 まるで俺が聖人だと言わんばかりに捲し立てる、必ず助けてくれると信じ切ったような、へばり付いた金切り声。

 リステアと再開するための旅を始めた時点から、それは起こり続けていた。

 

 声を失ったまま殴られていた男。

 理由も知らされず処刑台に立たされた子ども。

 逃げ遅れて瓦礫の下で動けなくなった獣。

 

 真に助けを求めている者が視界に入れば否応なく発動する。これが一体何由来のものかは今でもわからずにいる。


 改めて黒い人影と対峙し、排除しようとした瞬間、助けようとして助けられなかった記憶がフラッシュバックした。

 それでも目標のために手段は選べず、ただ障害を排除するしかないとして、時空操作を発動させた。


「ごめん」


 形見のコンタクトレンズの奥、歯車の瞳が右に回る。

 

 抵抗を完全に止め、静止したままの黒い人影の体ごと空間が消え去っていく。淡い光の粒となって。


 その行為に後悔はないとしても、レムールの心には拭いきれない違和感があった。

 いままでは明らかに助けを必要とする対象に発作がでていたはずだった。

 しかし、逃げてきたとはいえあれだけの力があったんだ。この相手には助けが必要とは思えない。しかもこちらを攻撃してきたんだ。どうして助けたいと思えるだろうか。俺は善人でもなんでもないというのに。


 大きく深呼吸をし、うちに溜まった違和感と彼女を助けられなかった罪悪感とを一緒くたに吐き出し、地面の監視者に向かって問いかけた。


「これで満足かな?」


 その問いに答える様に、地面にうっすらと光る文字が現れた。


『……まさか倒し切るとは思わなかったよ。

 僕たちの時は封印するのがせいぜいだった。

 そこまでの力を持っていたんだね』


「彼女を守ると言ったんだ。

 これくらいはできないと、安心できないんじゃない?」


『……お見事。

 だが、キミはあのリステラが偽物と分かっていながら助けようと全力を出した。捨て置けばリスクを負わなくて済んだのでは?』


「結果的に助かったんだ。それでいいと思うけど」


『大怪我をする恐れだってあったんだ。その怪我のせいで本物のリステラを助けられなくなる場合を考えた?』


「もちろん考えたさ。

 けれど、けれどね、偽物だからって見捨てる理由にはならないんだよ、オレの中では。

 目に見える全てを助けたいって本気で思ってる」


『世迷言だね。キミにそんなことが本当にできるとでも?

 ……僕はね、人のこころの色が見えるんだ。

 彼女、リステラは綺麗な虹色をしている。

 どんな逆境にも負けない、色褪せない希望の色』


「……………………」


『だが、キミは何だ。

 そのココロの色はとことん褪せているじゃないか。

 かろうじて藍色ってのはわかるが、今はもうボケて滲んでる。傷もついているし』


 その無遠慮な言い方、無神経な言い草にさえも、昂ることなくレムールは淡々と言い返す。

 水と風の魔法で身体を綺麗にする片手間で。

 

「安心しなよ。あなたの代わりに彼女を守るから。

 今を生きるオレが」

 

 我ながらなんと意地が悪いのだろう。

 生きることに疲れた自分が、生きていることをダシに皮肉を言うなんて。

 だが、後ろめたいレムールと対照的に、走る文字は活発だった。


『いいね、実にいい。その返し気に入ったよ。

 久方ぶりの口喧嘩だった、懐かしくさせてくれてどうもありがとう。

 いや、皮肉ではなく』


『……すまなかった、煽るような真似をして。

 僕は大人しく、魂の世界で見守ってるとするよ』


「こちらこそ、売り言葉に買い言葉だった。

 申し訳ない」


 最後に素直に謝辞を述べて、地面の文字はデフォルメされた顔と握手を求める手の絵へと姿を変えた。


 レムールはそれに応じようと片膝をついて手を重ねた。

 その瞬間、地面から砂が飛び出し顔面へと吐きかけられた。

 左手で顔を拭い、何のつもりかと文字を探すが見当たらない。代わりに見つけたのは背後に突然と出現した大扉だった。


「くそったれ」


 レムールは立ち上がり、再度顔を魔法で清潔にした。

 そして別空間に仕舞い込んだリステラの腕を丁重に取り出す。


 土に埋め、棒を立て、拝した。


 そして大扉を開き、去った後に、地面に文字が現れた。


『お前のことは認めてないから!

 でも、僕の代わりに彼女を守ってくれ!

 僕の大切な…………。

 今を生きるお前しかできない、頼んだ』


 大扉が閉まり、乱雑に描き殴られた文字は光の中へと消えていった。

 まるで夜明けに消える星の光のように。

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