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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
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16.あなたはそっちの方がいい

 バケモノの消滅を見届けた後、レムールは形見を再び装着し、杖を魔力操作で再度腰に装着してリステラの方へと振り返った。

 どうやら、リステラは先程の言伝を聞かなかった様だ。

 口を開け、目を見張り、呆けていた。

 隣の馬も鼻息を鳴らし、明らかに興奮している。


「お待たせしてすみません。

 でも、なんとかなりました……ね」


 そう言い終わるや否や、レムールは膝から崩れ落ちた。

 地面を覗き込み、激しい咳嗽は止まるところを知らない。

 バケツで撒かれたように、泥の上に赤々しい血がこびり付いていく。

 慌ててリステラが駆けて寄り添うが、血反吐は一向に治らず、激しさを増した。


「……ぁっ、だい、じ、ょうぶ……す、ぐ、おさまり、ますか、ら」


「そんなっ! これ、どう見ても致命傷じゃない!

 喋らないで。私が、治します」


 言ってから間髪入れず、リステラは胸の前で手を組んで詠唱しはじめた。

 だが、レムールは震える手で彼女の腕を掴む。


「そ、の゛、ひつようは、……ぅ、ない、よ」


 血で嗄声となり、呼吸もままならないため、

 出た声は非常に粗雑であったがリステラの耳には届いた。


「癒す必要がないって、そんなわけないでしょ!?

 いいから黙って治されて!」


 言葉とは裏腹に、レムールの静止を優しく振り切り、(絶対止めてやらない)と、再度想いを込めて詠唱する。

 しかしまたも腕を掴まれ、再び止められた。

 

「あーもう、じっとして!」


 と、強行しようと意気込んでレムールを見やるがそこでリステラは、はたと気づく。

 

 腕を掴む力は先程の比ではない。

 弱々しさなぞ微塵も感じさせず、それどころか溢れんばかりの頼もしさに満ちていた。


「……は、ぁ。……ふぅ。

 はは、やっとおちつきました」


「落ち着いたってそんな……

 そんな簡単に治る傷じゃなかったでしょ?

 回復魔法もなしにそんな」


 狼狽が前面に出てチグハグになった言葉を出したリステラはひとつ深呼吸をした。


「……はァ。認めるしかないんだね。

 傷がないのはいいことだけど……

 あんまり無茶はしないで?

 その能力、代償もあるみたいだし」


「はは。流石に分かりますよね。

 なるべく、善処します」


 一体、その『善処』をどれほど信頼していいのか、怪訝な顔でリステラは測りあぐねている。

 

 ──でも、使う必要があるときには躊躇わないよ。

 

 そう胸中で唱えてレムールは力強く立ち上がった。

 

 そしてふと前を見るといつのまにか、荘厳で、厳格で、粛然とした大扉が聳え立っていた。

 

 いつ現れたのだろうか。巨大な扉は、黒曜石と白銀の混ざった奇妙な鉱石で造られていた。

 その中央には、虹を掲げる女神と剣を構える男の姿、そして2人を守るようにして囲む竜が浮彫で描かれている。

 まるで今にも動き出しそうな精密さで、視線を吸い寄せる異様な存在感を放っていた。

 長い時を経たのだろうが、それでもなお、その彫刻は、見る者の胸をざわつかせた。


 扉に目を奪われているうち、リステラは肩を撫でた風に気がついた。

 致命傷だったはずのレムールが毅然と立ち、力強い足取りで扉の前へと歩いている。

 リステラはレムールの馬鹿げた能力に呆れ、治療するのを諦めらめ、扉を見て言った。

 

「まるで『進め』って言いたげね」


「ええ。ですが何があるか分かりませんので、慎重に」


「とうぜん!」

 と、揚々に先へと進もうとした途端、リステラは足を止めて考える仕草で振り向いた。

 

「……んー、勢いで砕けた言い方になってしまったけれど、あなたもそうしてくれると助かるわ。

 その方がわたし、楽よ?」


「えっと、それは流石に……」


 被雇用者であることに加えて、口調を変えることで距離感がより近くなることを恐れて断ろうとしたが、許されなかった。


「あ、これ雇用主命令ね。

 横暴だとわかってはいるのだけれど、

 同年代だから初めてわがままいっちゃった。ごめんね」


 一方的で理不尽な命令。

 だが不思議と怒りや嫌悪は抱かない。

 先の戦いを経て、幾らかの信頼を向けられているのがわかったから。


「ずるいな、謝られると断れないよ。

 ……これでいい?」


「ふふっありがと。

 やっぱりあなたはそっちの方がいいわ」


 その言い方に懐かしさと違和感を覚えたが、気のせいだと払拭し、やはりレムールは仮面を崩さず、ニコリと笑顔を作ってから歩き出す。

 

「じゃあ、いこうか」


 それに続くように、リステラも踵を返した。


 二人の歩幅は違うながらも、この遺跡に入ったときより数段と息のあったものへと変化した。

 意図せず同時に足を止め、顔を上げる。


 聳え立つ大扉。

 リステラの手が扉に触れる寸前で止まる。

 扉の端に見慣れぬ文字が彫られているのに気付いたのだった。

 レムールも横から覗くが、知識にない文字であり、文法であり、何を表しているのか検討がつかなかった。


「初めて目にする文字だ……少なくとも、今この大陸で使われているものではないね」

 

 だがリステラが読めないはずの文字をそっと指でなぞると、彼女の口が自然と動きだす。


「星の英雄シリウス……その足跡をここに残す……」


「読めるの? 驚いた。

 ……こっちも読める?」


「え、えぇ。読み方はわからないけど、不思議と意味だけはわかるわ。続きを読むわね」


「『その足跡を辿る者よ、こころせよ。

 まやかしに惑うことなかれ。

 心、揺るがず在りしとき

 汝、真実に至らん』


 これで終わりみたい……

 どういう意味かな」


 レムールは顎に手を当てる。


「これだけではなんとも……

 星の英雄シリウスとはやはりあの救国の…?」


「おそらくね。私もそれしか考えられないわ……

 それにしても、不穏なことが書いてあるわね」


「『まやかしに惑うことなかれ』か。

 幻覚でも見せられるのかな。

 いずれにしても、注意して進もう」


「ええ。じゃ、開けるわね」


 豪奢で厳かな見た目からは考えつかないような、錆と埃に塗れた音を響かせて扉は開く。


 開いた先は黒。

 文字通り、一寸先も見えない程、広々とした暗闇がその扉の先には広がっていた。

 実際に入るまでわからない、未知。

 そんな危険性を大いに孕んだ場所へと赴かなければならないことを認識した。

 

(リステラを全力で守ろう)


 レムールは心持ちを新たにして、歩み始めた。

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