15.手向け
視界を埋め尽くす閃光。
その直後、前回とは桁違いの轟音と爆炎が雲を突いた。
空を覆うほどに黒煙は上がり、距離をとっていたリステラでさえその焦熱を感じた。
リステラは目尻に涙を浮かべ、レムールの身を案じた。
そして急いでヌルりんちょを走らせる。
「ヌルりんちょ、お願い! あの人の元へ!
…………無事でいてよ」
先と同じようにレムールは煙を割いて吹き飛んだ。
しかしレムールの様子は先とは違い、ボソボソとうわ言を呟いていた。
「範囲収束。
出力臨界。
術式装填、
座標同期完了。
全拘束解除──」
心ここに在らずな様子のレムールへ向けて、化け物は持ちうる全ての触手を剥がし、無慈悲に追撃の準備を行う。
慟哭のような叫び声をあげ、地響きを掻き鳴らして、鋼鉄と化した触手が一斉に牙を向く。
レムールを突き刺すその間際、彼の眼が青く光った。
「ごめんね。……『フレア』」
そう呟いた瞬間、衝撃波が刹那に響き、大気が揺れた。
次いで、レムールを狙っていた触手はピタリと止まり、一つのもれなく宙に静止した。
そして、音もなく崩れ落ちた。
一発の弾丸が化物の腹を貫いていた。
その弾丸の正体はレムールが落とした杖そのものだった。
化物に気づかれぬよう秘密裏に、氷魔法で長い砲身をもつ砲塔を形成していた。
そこへ、杖に魔力を込め浮遊を促し筒に収めて弾丸と成した。
そして爆発魔法での射出。
レムールの使用したのは極大魔法である『フレア』
恒星の表面爆発にも似た超高威力の爆発魔法。
それの効果範囲を犠牲に出力を最大まで上げ、火薬の役割を持たせた。
圧倒的エネルギーを背に放たれた杖は、爆発音を鳴らし必殺の一撃となって化物を貫いた。
沈黙。
あれ程うねり、瑞々しく蠢いていた巨軀は、今や見る影もなく萎み、伏せっている。
そこまで確認できたレムールは動かない腕と瞼を下ろし、後頭部に風の流れを感じながら、それでも抵抗をせず落下した。
「かなり痛かったが、なんとかなったな……」
その言葉に続いてレムールは安堵の息を漏らしかけたが、下からの怒声に阻まれた。
「なんとかなってないわよー! アホー!
受け止めるから、少しはこっちをみなさいよ!」
レムールは億劫そうに瞼を少し開け、少し遠い下を見る。
そこには汗と涙を風の落としながら、血相を変えたリステラが見えた。
「二人とも、無事だ、な」
徐々に近づく二人は互いに視認し合い一方は放心し、一方は焦心していた。
「ッ! あんな煤まみれのボロボロ雑巾見たいな弱々しさで……!
ヌルりんちょ、合わせるよ。いける?」
リステラは左手に装着していた盾を外し、胸の下を通るベルト、その背部に改めて装備した。
そして背部の盾へと魔力を集中させ、翼のように放出し推進剤とした。
ヌルリんちょが地面を蹴るタイミングに合わせて断続的に。
まるで長年連れ添ったかのように、阿吽の呼吸で。
それが功を奏し、レムールは地面に激突する代わりに、横からの質量にぶち当たった。
だが三者に怪我は無い。
ヌルリんちょがこうなる事を事前に予測し、防護魔法を展開していた。実に凄腕の馬だ。
しかしながら、怪我は無いと言っても三者三様に転がり込んだ為、土と泥に塗れた。
塗れながらリステラはレムールに馬乗りになり、叫ぶ。
「無茶しすぎよ、何やってんの!
自己犠牲なんてやめてよね!
少しでいいから周りを考えなさい! 気が気でないの、わかって?
でも倒してくれたのはっ! ……ありがとう」
堰を切ったように感謝を述べるリステラの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
泥に塗れてなお美しい髪がレムールの右肩を撫で、涙が頬に落ちてきてようやく気づく。
悲しませてしまったのだと。
既に傷の塞がった腕をゆっくりとあげ、泥と砂利を魔法で落とし、綺麗な手でリステラの柔らかい頬に触れた。
──暖かい。
この暖かさを守りたいと思っていたはずなのに、踏み躙ってしまった。
言われた通り、彼女の気持ちを考えなかった。
──でも
ああしないと進めないんだ。
止まるわけにはいかないんだ。
自分の取る行動は全て、妻に会う為なのだから。
様々な想いを込めて、ただ一言と動作ひとつ。
リステラの頬を伝う涙を、親指で拭いながら、
「ごめんね」
その声音から安否が確認できたのか、リステラは体を起こしレムールから離れて倒れ込むように尻餅をついた。
「はぁ……やんなっちゃうなぁ。
私の方こそすみません。
その、感情的になっちゃったみたいで。
……私が弱いから、あなたに負担を強いたのに」
続いてレムールも上体を起こし、重い動きで立ち上がる。
「何も告げなかった私の責任です。
あなたが気に病む必要はない。
それよりも、今は先に進みましょう」
レムールが屈み手を差し出すと、リステラは手叩きし、しっかりと握りしめた。
「……はい」
立ち上がったリステラは少しだけバツが悪そうに俯いていたが、やがて前を向いた。
謝り合うのが不毛なやり取りだと理解したのか、それ以上は言葉を重ねず、乗馬しようと馬の背に手をかけた。
──途端、周囲に異変が起きた。
倒れた怪物の亡骸は既に消え失せていたが、その下に溜まった血溜まりはそのまま残っている。
いや、それどころかその血溜まりはその禍々しい赤を広げ、ついには湖ほどにもなっていた。
レムールは努めて冷静に、そして周囲を観察した。
だが既に、正面の湖とは別に、血池が周りに点々と存在している。
「そんな、ようやく倒したのに……
また出てくるの……?」
二人と一匹は互いの背中を合わせるように一箇所に固まる。
固まったのとほぼ同時に、先程の怪物がその姿を表した。
巨大さはそのままに、しかし数を引っ提げて。
一目で分かる範囲でも、十は下らない。
あれほど苦労して、傷ついて、死に目に遭ったのに。
それが繰り返されようとしていた。
──だが、先刻とは決定的に違う事が一つある。
「安心して、大丈夫。
星巡りかな。ただ今、準備が整った」
穏やかな声で、静かにレムールが告げる。
その声はリステラへと優しく通り、絶望していた彼女の心を安らかにさせた。
「下がっていて、目を閉じて。
すぐに終わらせるから待っていて」
二人から離れ、一歩、二歩、前に出る。
軽く深呼吸。彼女を脳裏に再生するが、やはり思い出せない。
だだ唯一思い出せた言葉を再生する。
『貴方のその眼、私、好きですよ』
今までとは違い、この声のおかげで自分を嫌わないで済む。
我ながら単純だと思う。
ほんの少し、彼女を感じられただけで頑張れるんだから。
たが、やっと一歩、前に進めた気がしたんだ。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
彼女と再会するためには──
「押し通らせてもらう……!」
レムールは形見を取り外し、顕になった歯車の眼を見開く。
両眼の歯車がひとつ動き、彼の左眼に白銀の火が輝いた。
その炎を包む様に握りしめた拳を、差し出す様に前へと突き出す。
グッと力を入れ、ありったけの魔力を込めて勢いよく広げた。
その瞬間、それまで蠢いていた怪物たちの動きが止まり、代わりに細い光が横へ一直線に走った。
流星の様に尾を描き、レムールの周りを一周し正面へと至った後、打ち上がった。
「時空操作、具現」
そして破裂。
打ち上がった光だけでなく、バケモノたちの体もガラスが割れる様に悉く崩壊した。
様々な個々が一様に、同時に砕け落ちた。
次いで空から無数の光が溢れ出し、星々の如く、悠久の輝きを伴い、舞い落ちる。
いつのまにか禍々しい曇天は消えており、光を際立たせる夜の帷が降りていた。
暗闇に踊る星たちは何よりも美麗で、バケモノたちの最期を飾った。
これは手向であった。
崩れゆく怪物たちへと捧げる餞別。
目のない怪物が知覚できたかはわからないが、自己満足だとしても送りたかった。
どんなに下劣な罪人であっても、
どんなに醜悪な生物であろうと、レムールはその命を奪うときには心を痛めていた。
故に命を奪うときは、必ず言葉を残す。
「ごめんね」




