14.震える足
底冷えのする薄暗い曇り空の下、激しい熱を持った一条の赤い光が戦場を走り抜けた。
それはレムールに他ならず、彼はバケモノの横を大胆に堂々と飛んでいた。
レムールを狙って降り注ぐ触手は数多い。
だがそれでも捌き躱せるのは、リステラによる援護の賜物だった。
リステラも気づいていた。あの化物は魔法ではなく物理に反応すると。手が汚れるのを厭わず、地面を削り取り周囲に撒き散らしてから魔法を放つ。
これにより魔法に土を付着させ、物理の側面を得たことでバケモノが反応するようになっていた。
彼女が一心不乱に魔法を打ち続け、注意を逸らさなければ命中は必至だっただろう。
それをレムールは自覚していた。
その為、感謝と仲間の有意義さを心に留めた。
(久しく感じていなかったが、
誰かと何かをするって、こんな感覚だったな……)
レムールは自身への無頓着さ故に、顔に浮かぶ笑顔にも気づかず飛行の速度と高度を上げた。
バケモノの図体を超え上空から見下ろした先には、バケモノの右前方から必死な顔で魔法を打ち続けるリステラが見えた。
彼女もまた、詰め寄せる触手を避け続けている。
だがバケモノは業を煮やしたのか、絶叫とともにレムールへと向けていた触手をリステラへと転換させた。
バケモノのその行動は正しかったと言える。
放たれた無尽の触手は、リステラを捉えるのに嫌に正確であり、また不可避でもあった。
「リステラ!!!」
レムールは叫ぶと同時に氷魔法を発動させていた。
触手を凍らせるためではなく、リステラを守る壁として。
後に使うべく用意していた甲斐あって、発動は瞬時であった。
しかしレムールの叫び声にリステラが気づいた時は既に遅く、別方向から来た触手を避けて飛んだ彼女の目前にまで、魔の手は迫っていた。
寸前で現れた氷壁を黙殺し触手は進む。
激しい衝撃をあたりに響かせて双方が衝突した。
氷壁は粉々になった破片を弾け飛ばして砕け散った。
(間に合った、はずだ……)
レムールは祈りにも似た思考を巡らせる。
そんな折、砕けた氷の中────ではなく、
少し離れた場所でリステラは無事な姿を現した。
馬の背に揺られながら。
「ヌルりんちょ!」
レムールは思わず叫んだ。
彼女を助けたのは他でもない、ヌルりんちょだった。
リステラが助かった一連の様子をレムールは上空から見ていた。
氷壁と触手がぶつかるほんのわずかな瞬間に、『何か』が光の速さで駆け抜けリステラを包んでいた。
その『何か』がヌルりんちょであることなど、夢にも思っておらず、助かるかどうかなんて知り得るはずもなかった。
だが現にリステラは無傷でいる。
その事実にレムールは安堵した。
リステラも恐る恐る目を開ける。
そして自身の状況を鑑みて、嬉々とした声を発して呼称した。
「ヌルりんちょ!」
呼ばれたヌルりんちょは応じるかのように高らかに嘶いた。
「来てくれたのね。巻き込んでしまってごめんなさい。
でも、ありがとう」
撫でながら慈しみの目をするリステラの意図を汲んだのか、速度を緩めることなく縦横無尽に走り回る。
「わっ、と、と。手伝ってくれるの?
……わかった。じゃあ一緒に行こう」
体がブレるのをなんとか制しながらリステラはヌルりんちょの首を優しく撫でてそう言った。
そして上空にいるレムールへ向けて大きく手を振った。
レムールは頷いてセスタスを構え直し、頭を真下に直下した。
その間も触手は攻勢を止めず、はたき落とそうと躍起になっていた。
だがその目論見はもはや不可能に近い。
レムールの決心は不退転となり、その身に現れている。
(彼女が震える足で前に進んでるんだ。
その手伝いをするって決めたばかりだろう)
拳を除く全身に強化魔法を施し、神々しいほどの銅色の光を纏う。
(ちょっと爆発に巻き込まれるぐらいがなんだ)
音を置き去りにして風を切り、全身に力を入れて来たるべき衝撃に備える。
(彼女の覚悟に比べれば、俺の感じる痛みなんて──)
怪物に到達する直前、体を一回転させて全体重を乗せた渾身の一撃を放った。
「どうでも良いよな」




