11.白馬とヌルりんちょ
息も絶え絶えに見事走りきったリステラをレムールは介抱していた。
リステラの体を横にし、顔を伝う汗を拭き取り、水と風魔法で体温を下げ続けた。
ようやく呼吸が落ち着き、まともな会話ができるようになったリステラは状況整理に努めた。
「今度は遺跡の中に草原ですか……」
結果的にそれもリステラを疲れさせることになったが。
先の大海原から一転、走り抜けた先の扉から出てきたのは穏やかな風が吹く野原だった。
草が茂り、陽光に照らされ、遠くに見える丘や山さえものどかに見える。
そんな平和な緑の一角、無粋な扉から少し離れた場所にリステラは体を休めていた。
「……はぁ。地に足がついてるって、こんなに幸せなんだって
私知りませんでした」
起き上がり、そう呟いたリステラは差し出されたレムールの手を取った。
「無理をさせてしまいましたね。申し訳ありません」
「そんなそんな、私こそあなたに頼りっぱなしでした……
あなたがいてくれて、本当に良かった」
「そう言ってもらえると、正直助かります」
リステラは返事の代わりにニコっと笑い、この話に終止符を打った。
「それで、これからどうしましょうか。
このだだっ広い草原を闇雲に歩くのも骨折れますよね」
「……僕の時空操作もあと数分は使え無さそうです。
何か移動手段でもあればいいのですが」
握りしめるように胸に手を当てながらレムールは返事をした。
それを聞いていたのだろうか。見計らったかのように光と共に地面から簡素な繋ぎ場が現れた。
その繋ぎ場には一頭の白い馬が繋がれていたが、馬は落ち着いており、気品ある佇まいだ。
「綺麗な馬ですね……かわいい。
乗れってことなんでしょうか」
「恐らくそうでしょう。
まずは僕が乗ってみます。それまでお待ちを」
言いながらレムールは白毛の馬に近づく。
何にも礼を失さない態度はレムールの数多い美点の一つであり、それが功を奏し馬からの拒否はなかった。
静かに、それでいてゆっくりと馬の左肩横に立つと、無駄の少ない動作で白馬に跨った。
そのまま少し走るが問題はない。
驚くほど素直に動いてくれる。
それが確認できた為、リステラの元へと駆け寄り、見上げる彼女へと手を差し出した。
「手をお借りしても?」
「ふふっ。よろしくてよ?」
冗談めいた返事を受け、リステラの手をしっかりと握る。
海の時とは違い、レムールを信頼していることがわかるほど、握り返された力は確かな物だった。
ぐっと引き寄せ、そのまま自分の前へ座らせてバランスを取った。
しかし当のリステラは緊張からか、少し口篭っているようだ。
「ちょ……っとこの近さは聞いてなかった」
とリステラは言う。
しかし彼女の耳を見るが特段赤くなっていない。
(……当然か。よく知らない奴と近付くのは嫌だよな。
俺だってそうだ)
「すみません。少しの間だけ我慢お願いします」
「あ、はい。全然。こっちこそごめんなさい」
お互いに気まずさが流れたが、それはひとときだけであり、すぐさま走り出した馬によって払拭された。
暖かい日、吹き抜ける風。
疾走感と爽快感に包まれた2人は、その贅沢に身を任せていた。
開放的な空気を浴びて、出る声も大きくなる。
「かぜがきもちいーですねー!」
「落ちないように気をつけてくださいね。気持ちいいのはわかりますが」
「はーい!
……あ、そうだ! この子の名前決めました?」
「えっ、名前ですか?」
突拍子もないリステラの言葉に少しレムールは詰まった。
今まで旅をしてきた中で、何かに名付ける事なんてなかった。
ただの一人で過ごしても寂しさは込み上げてくれなかった。
だからこそ、リステラの提案が新鮮だった。
そこまで考えたレムールをよそにリステラは振り向きながら続ける。
「だって呼び名が無いのは不便だし可哀想でしょう?
まだのようでしたら私がつけてもいいですか?」
「そう、ですね。ではお願いします」
同意が取れたリステラは嬉しそうに髪を靡かせ、ズバリ命名した。
「ヌルりんちょ」
(ヌルりんちょ!?)
個性的な名前だ。驚いた。
リステラと出会ってから驚きの連続だ。
感情が鈍磨であるはずだが妙に心が揺さぶられる。
だがレムールは驚くだけで、そこには偏見も後ろめたい言葉もない。
「素敵なお名前ですね。なんというか、こう……心が動かされると言いますか。『ヌルッと速い!』みたいな感じがしますね」
「!
でしょう! 私、名付けには自信があるんですよ〜。
ふふ、嬉しいです」
よほど嬉しかったようで、出会ってから1番の純粋な笑顔をリステラは見せてくれた。
そしてその気持ちに呼応するかのようにヌルリんちょも首を上げて嘶いた。
(『ヌルりんちょ』か……
名付けのセンスは彼女とは似ていないな……)
やはり亡き妻とは他人であることを理解しながら、レムールは手綱を握り直し先へと進む。
それから少し走り、『ヌルりんちょ』との息もあってきた頃だった。
リステラから問われた。
「それにしても慣れてるようですけど、レムールさんは乗馬の経験がおありなのですか?」
「そうですね、旅をしていましたので。
それで慣れたんだと思います」
「あーなるほど。王子巡歴のお一人でしたもんね。
やっぱり国家での催事となると、規模が大きいものなんですね」
「はは。それ以外にも色々としてきましたもので」
「それは──」
これ以上の詮索は無用だと言わんばかりに、レムールはリステラの発言を遮った。
「すみません、その話はまた別の機会に。
……それと警戒を。また少し、一悶着ありそうです」




