なんてことだ
俺がテーブルに戻る前に既に食事が始まり、各々が和やかに会話をしながら食事をしていた。
小早川さんを横目で見ると美魔女と高峰と何やら談笑中だ。何だろう……この妙に緊張する感覚は。まさかひそひそと俺の悪口言ってないだろうな。心臓に悪い。
「鷹田に落ちた人はだいたいここにいますよね」
「またそんなこと言って。高峰君は病気だから一回お祓いか滝行に行ってきた方が良いよ?」
「それが彼のアイデンティティなのよ。可哀想に。社会に出てからも、それこそ就活中、インターンの時も周りから怪訝な目で見られるの。ようは嫌われ者ね。そういう人だからしょうがないわ。覚悟を決めて生きて行くしかないわね」
「社会生活できるんでしょうか?」
「ここ、東京で生きていたら大勢に埋もれて目立たないからまず大丈夫ね」
美魔女は自分の少しウェーブがかった長い髪を指でくるくると巻きながら言った。
美魔女が言うと妙に納得してしまい、少しおかしかったので俺は飲んでいた水を吹き出しそうになった。そうだよな。そんな格好で田舎でうろうろしてたら変な噂が立つもんな。
しかし、こんな言われようで高峰自身は良いわけ?
「7点とれば偏差値は1上がる。そんな環境で小学生の頃からずっと過ごして来たわけです。ちょっとやそっとじゃこの価値観は変わりませんよ。それに変わるような何か俺の心を溶かす女神がいれば話は別ですが」
「え! 女神? 高峰君、もしかして好きな人いるの?」
小早川さんが食い気味に高峰の話に食らいついた。いわゆる恋バナってヤツが好きなのかな。俺もその会話に混ぜてくれ。
「あぁ……それはまさに"こずにゃん"ですな、ひゅひゅひゅ」
「え、もしかして同じ学部?」
「それは言いませんよ」
高峰がにやにやしながら煮込んで形の崩れたトマトをスプーンですくって食べている。二次元の爆乳小悪魔後輩ポジ……か。人の趣味にとやかく言う筋合いは無い。うん、その何だ。幸せそうで何よりです。
高峰のオタ活の好みなんざどうでも良い。そんなことよりも小早川さんだ。小早川さんの動向に注視をしつつ、俺も手元にある料理を食べる為にチキンを箸でつかんだ。良く煮込まれているらしく、箸でつかむと肉がほろりと崩れた。美味そうじゃないか。入っているトマトは煮崩れ、形がほとんどわからないが、鮮やかな赤色が食欲をそそる。
ひと口大になり、食べやすい大きさになったチキンを口に運ぶ。
その瞬間、俺の視界には茶色の壇とそこに座る美魔女が目に入った。
「はいはい。静粛に。被告人、名前は?」
「は?」
美魔女は黒い法服を着て頬杖をつき、気だるそうに手元の書類に目を通している。
「はい、今井大輔……と。ったく自分で名前くらい名乗りなさいよね。いくら形式的とはいえ。で、罪状は……」
「いや、あの……俺、食事……っていうか、ここはどこ?」
わけもわからずパニクっていると、左の席に座っている未島が席を立ち、高らかに言った。
「今井氏の精神的負担を減らす為にも判決から言ってはいかがですかな?」
「賛成です」
右側の席には高峰がスマホをいじりながら手を挙げている。
これって……この配置といい、美魔女の黒い法服といい、裁判じゃないの? ってことは俺は被告人で起訴されてる側じゃん! は? 意味がわからん。
「主文、被告人は鉄の処女にて串刺しの刑に処する。たぶん死ぬと思うけど、それはしょうがないってことで」
法服を着た美魔女は真っ直ぐに俺を見下ろしている。自分の指先のネイルでも気になっているのか、チラチラと自分の指先を見ている。
俺の裁判ってそんなに軽い感じなの? それにさ、鉄の処女ってさっき見た人形の内側に釘がめちゃくちゃあるヤツじゃん。処刑道具じゃん。は? いや、何でおれ処刑されるわけ? てかなんだこれ……今まで食堂で飯を食べて……それから……。
つまらなさそうに長い髪を指でいじっている美魔女を前にして俺はわけもわからずただ突っ立っているだけだった。声も出なければ体も動かない。
緊張のあまり口の中はカラカラになってきた。唾液をしぼり出そうと、何も入っていない口の中で唾液をむりやり飲み込むとごくりと大きな音が響いた気がした。
「あ、そうだ。理由なんだけど。彼氏でもないのに彼氏面したから。キモ過ぎ。にやにやしてうかれて……よって串刺しの刑。はい。じゃあ閉廷。お疲れ――」
「ちょ、待って下さいよ! おい、弁護人! 何か言えよ。弁護してくれよ」
スマホをいじっている未島と高峰のどちらが弁護人かわからず、俺は左右に座っている2人をそれぞれ指差した。
「ひゅひゅ……え、まぁキモいはキモいですしな。弁論の余地無しですぞ」
「それに先輩、好きな人がいながら小早川さんのお姉さんもちょっと良いなと一瞬でも心が揺らぎましたよね。そんな節操が無かったなんて、同人の風上にも置いておけませんよ。あとあれですよ、あれ」
「小早川女史の苗字を今井姓にして妄想してましたよね。完全に病気ですよ。ひゅひゅひゅ、さすがの高峰氏でもそれは、ねぇ」
「それにたぶん高峰姓の方が汎用性があって良いです。今井って下から読んでも上から読んでもいまいですし。ひねりが無いと言いますか。小手先と言いますか」
高峰は今、俺の親族を敵に回したのか? 俺の親族、全員今井姓だぞ。ご先祖様も黙っていないからな。俺のじいさん(存命)も祟るからな。
高峰の言っていることはともかく、俺が苗字で妄想をしたことが何でばれているんだ? 心の中は自由じゃないのか! 何を思ってようが勝手だろうが。
「いや、ちょっと……な、何を言っているのかわから……俺はこの後に過酷な就活が待ってるんだぞ――」
その時、バンと机を叩き勢い良く美魔女が立ち上がった。
「最低ね。今井大輔。キモく彼氏面した挙げ句、他の女に目移りするだなんて言語道断。女の敵。これだからダメなのよ。いっぺん生まれ変わって悔いあたらめなさい。これにて閉廷」
「え、いや……え? く、串刺し?」
後ろの扉が開き、黒いパンツを履いたほぼ裸体の屈強な男達が入ってきた。
「え? え?」
「いやぁ、お腹空きましたな。この後、どうですかな? 高峰氏。私めはこの辺りで良い店を知っていまして」
「コスパ良いんですよね? 俺は700円以上は出しませんよ」
「ひゅひゅ、それはさすがに」
俺のことなどどうでも良いのか、各々が好き勝手に部屋から出て行こうとしている。俺は両脇を屈強な男達に抱えられ、そして持ち上げられた。
「いや、た、助け……助けてぇぇぇぇ」
「このまま連れて行け」
「イエッサー!」
6人の男達に抱えられ、俺は法廷内から外へと連れ出された。
あれよあれよといううちに禍々しい黒いマリア像の前に降ろされた。




