伝説のエ──ではない
美魔女より召集がかかったため、博物館の入り口に戻って来た。ふと、小早川さんを見ると彼女の持っているバッグには何もついていなかった。
何もついてない……あれ? この前買ったお揃いのペンギンのキーホルダーは? 俺はつけて来てるけど? あれ? おかしいな。小早川さん、キーホルダーを買った時は嬉しそうにすぐにバッグにつけてたじゃん。あれ?
なぜだかわからないが血の気が一気に引いた。嫌な予感がする。
「今日は皆でチキンのトマト煮を食しますぞ。ここは高層階に学食があるので景色がとても良いのですよ。楽しみですなぁ……ひゅひゅひゅ」
「食堂が混む前に行くわよ。ほら、今井大輔はぼんやりしてないでさっさとついてくる! 展示が見たかったら食べた後にまた来なさい」
美魔女に何か言われた気がしたが、声はほとんど聞こえなかった。それよりもキーホルダーだ。
まぁ、確かに2人で同じキーホルダーつけてたら『匂わせ』みたいでいやらしいもんな。そうだな。さすがにそんなあけすけなことはしないよな。俺はうっかり何も考えずにキーホルダーをつけて来てしまったな。そうか! それは周りへの配慮が足りないってことで小早川さんは俺に対して呆れているんだ! なるほどね!
……いや自分でもかなり無理がある気がする。
俺が一体何をしたっていうんだ?
急に視界の先に建物がひしめくビル群が見えた。どうやってこの場所まで来たのかよく覚えていないがどうやら学食に着いたらしい。手にはこれまたいつ買ったのか全く覚えていないが食券が握りしめられている。
何がまずかったんだ? 俺が何をした? 今日小早川さんと会った時からの一連の動きを頭の中でずっとをしていてそれどころではない。
「わぁ、すごい景色ですね!」
「今日は晴れてるので富士山も見えるかもしれませんな」
「開放的で息抜きにすごく良いですよね!」
「あんな残酷な展示を見た後なのでそう思えるのかもしれないですね。それも興味深い。空の青さがさらに青く見えますよ。ほら」
小早川さんと高峰は窓際に近寄って外の景色を眺めている。
彼女は俺以外の部員には至って普通に接するのな。俺の心は曇天だよ。そろそろ雨が降りそうだ。
「じゃあみんなは外の景色が見たいって事なのでここの席で良いからしね。早く食事を受け取って来なさい」
美魔女はさっさとテーブル席に座った。
俺たちは持っている荷物を椅子に置いた。小早川さんのバッグを再び見るが、やはりキーホルダーはついていない。
配膳口に行き、食券を渡して食事を受け取る。頭がぼんやりしてこの時の記憶があまり無い。いつもの食事を受け取る一連の流れだったと思う。
「トマトの良い香りがしますね。赤色も鮮やかで食欲が出ますね」
美魔女の向かいの席に座った小早川さんがスカートの裾を直しながら言った。
「トマトと玉ねぎと……きのこも入っていますな。しめじですかな。ふむ」
「付け合わせはパンですか。これで学生は足りますかね?」
「別売りのご飯を頼めば良いのよ。比較的安い学食といえど、物価高騰のあおりがここにも。世知辛いわね」
「まぁそれでもかなり健闘はしているとは思いますなぁ。飾りのパセリも散らしてありますし。見た目にもこだわっているようですな」
「私はこれくらいの量がちょうど良いかなぁ……」
4人の会話には全く入れていない。美魔女の前に小早川さんが座り、未島の前に高峰が座る。俺は1人だけ端にいる高峰の横に座っている。5人で席に座れば1人は外れの席に行くけどさぁ……今日は自然と俺がそのポジションとなっている。
「ところで、さっきから気になってたんですけど今井さんの付けてるそのペンギンのキーホルダーは伝説の"あの作品"モチーフですか?」
全くもって違うし触れないで欲しい。そのキーホルダーは今の俺にとって非常にセンシティブな問題だぞ。あと、高峰が言ってるのはたぶん伝説のエロゲーのことだな。人がバッグに付けてるキーホルダーのペンギンを見てパッとそれが思い浮かぶのは病気の症状だぞ。こいつは自覚あるのか?
とりあえず無視しておこう。こいつはやっかいだし、女子の前(特に小早川さんの前)でする話じゃない。TPOがぶっ壊れてやがる。一回、ぶん殴ろうかな。
「ほう……確かに。あの樹液の描写は秀逸でしたなぁ……今井氏も好きものですね。ひゅひゅひゅ」
だから違うし。
何が「ほう」だよ。お前達本当にいい加減にしてくれ。このペンギンはそんな汚れたものではないし、小早川さんとの(恐らく)輝かしい青春のひとコマなんだよ。
「え……ペンギンって今流行ってるんですか? 知らなかった」
「ひゅひゅひゅ……いえいえいえ、滅相もない。ごく一部の界隈で……ですぞ。ねぇ高峰氏」
「まぁ、小早川さんは知らなくて当然ですね。よく見たら全然違いました。少し似てるってだけですね。伝説のエ――」
「うわぁっと! み、水を取ってくるのを忘れてしまったなぁ!」
俺は慌てて高峰の会話に被せるようにして叫んだ。水を取ってくるのを忘れていた。こいつらはいつかしめた方が良いかもしれない。小早川さんがこの場にいなかったらキレてぶん殴っていたところだ。
「あなた達の与太話はどうでも良いから冷めないうちに早く頂くわよ」
美魔女はパンと手を叩き、好き勝手に喋っていた未島も高峰も口を閉じた。
ナイス美魔女! でかした!
「では駿河大学の食堂のマスターとミューズに感謝を」
「いただきます」
俺が給水機に水を取りに行っている間に食事が始まった。俺を待つとかそういう気遣いは無いわけ?




