真の〇〇とはこの俺
白い丸皿の上には濃いオレンジ色のソースのかかったパスタが乗っている。ソースにからまる丸くなった小さなエビが何匹か入り、正直カニの要素は見た目からはわからなかった。
「カニとエビが入って600円は安過ぎる気がします……カニカマですかね?」
「うーん、見た目からじゃわからないね。香りも……海鮮の香りっていうかエビの香りだよね」
小早川さんがフォークでパスタをくるくると巻き、小ぶりな大きさにまとまったパスタを口の中に入れた。
目をつむり、頷きながら食べている。
俺もフォークでパスタをすくい、口に運んだ。エビのぐにゃりとした触感と共に甘みと香りが口の中に広がる。
「……あれ?」
気付けば食堂の外にいた。
小早川さんと2人で食堂に入って、食堂内の雰囲気が魔法学校みたいだと感想を言い合っていたと思ったが……。
そばにいた小早川さんもいない。あれ? おかしい。
わけがわからないが、とりあえず席に戻るか……と食堂の扉を開けると何とそこには白いドレス、いやウェディングドレスを着た小早川さんがいた。
「え? 何?」
肩の出ている純白のドレスに身を包んだ小早川さんが食堂の奥の方に立っていた。
小早川さんの前には黒いガウンを着た牧師が立っている。何だよ……これ……。これはまるで、結婚式みたいじゃん。
小早川さんはうつむき、どこか悲しげな表情をしている。華やかなウェディングドレスとその悲しげな表情がとても対照的でなぜだか心が痛む。
「これ……一体どうなって……」
声を掛けようとした時、小早川さんがいる位置の左側の席に座っていた男が立ち上がった。その男は白いタキシードを着ている。
明るい茶髪、アンニュイ表情の中にも自信がみなぎりどこかにやついた下品な顔。杉本だった。
「……は? 何だよこれ」
ウェディングドレスを着た小早川さん、白いタキシードを着た杉本。そして牧師。これはどっからどう見ても挙式! 2人の挙式を今から挙げようとしているところじゃん!
「エー、ソレデハ、コレカラ二人ノ挙式ヲ執リ行イマス」
何で学食に来て急に結婚式やってんだ! おかしいし、小早川さんのあの悲痛な表情。絶対にこれ望んだ結婚じゃないヤツじゃん。
「新郎、杉本滉人。貴方ハ小早川茉依ヲ妻トシ、健ヤカナル時モ、病メル時モ……」
「ちょ、待てよっ!」
思わず大声が出ていた。
食堂のテーブルに座っていた人達が一斉に俺の方に振り返った。
たぶんこれは学食でいつもおかしくなっている例のアレだから、好き勝手にしてもきっと大丈夫。
ここで止めなければたぶん後悔するし、自分が許せなくなるだろう。
早足で小早川さんの元に行き、こう言った。
「杉本、出てけ!」
言った途端、テーブルにいた客が一斉に立ち上がり、拍手喝采が送られた。スタンディングオベーションだ。毅然とした対応をした俺に対して称賛の嵐だった。
俺が真の新郎で、望まぬ結婚をさせられそうになっている小早川さんを助けに来たってストーリーだ。映画やドラマの主役は俺ってこと。
杉本は何も言わずに、俺達に背を向けそのまますごすごと食堂から出て行った。
拍手がやむと牧師は再び口開いた。
「真ノ新郎、今井大輔。貴方ハ小早川茉依ヲ妻トシ、ソノ命アル限リ真心ヲ尽クスコトヲ誓イマスカ?」
「はい、誓います」
「……はい、誓います」
横にいる小早川さんは少しはにかみながら下を向いている。そうだろう、そうだろう。俺が真の新郎で、小早川さんの想い人ってことだからな。
「デハ、コノ誓約書ニサインヲ」
牧師が一枚の用紙と羽ペンを俺の前に出した。書かれていたのはそれぞれの名前だった。
『新郎:イマイダイスケ 新婦:イマイマイ(旧姓:コバヤカワ)』
そっか。結婚したら苗字が変わるんだもんな。小早川さんは今井姓になるわけだ。
イマイマイね。イマイマイ。ん? これって……。
上から読んでも下から読んでもイマイマイじゃん! 回文じゃん! 回文の名前になっちゃうじゃん!
あまりの衝撃に、目の前が真っ白になった。
真っ白になったと思ったら目の前には小早川さんがいて、「美味しい」とパスタを食べていた。
あれ? 学食だな。さっきまでいた学食内にいる。
どうやら幻覚は終了したらしい。何なんだ。だんだんと幻覚に慣れてきている俺自身にも恐怖を覚える。
「クリーム系のパスタって美味しいですよね」
小早川さんは別皿のフォカッチャをひと口大にちぎり食べている。もちろんウェディングドレスは着ていない。
「うん……そうだね」
小早川さんは下の名前が「茉依」っていうんだよな。まい。可愛い名前だよな。
もし、これから本当にいろいろとあって万が一にも「結婚」ってなった場合、俺の「今井」姓にしたら「今井茉依」になるんだよな。読みは「イマイマイ」これは……俺は大変なことを発見してしまったのではないだろうか。
それが原因で結婚は無理とか、ありえるんじゃないか? マジで。
いや、待て。付き合ってもいないのに結婚のことを考えているのがそもそも気持ちが悪い。でも脳内で何を思うかはその人の自由だし。
「先輩、大丈夫ですか? あまり食べていないみたいですけど……もしかして体調悪いですか?」
「い、いやいやいや。そんなことはないよ。ちょっと考えごとをしていただけ」
「そうですか……すぐに何か言って下さいね。冬は体調不良も多いですから」
「いや、ホント。大丈夫だから」
パスタをくるくるとフォークで巻いて口の中に放り込んだ。
いや、でも夫婦別姓とかいろいろ言われているし、俺が小早川姓になってもいいわけだし。今はそんなことを心配するよりも大事なことが先にあるよな。うん、そうだ。
エビクリームの甘いこくのある味を急いで味わい、コップの中の水を一気に飲んで流し込んだ。




