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Phase.4 対話 ~後半~

 ゼクウは皆に語る。

「まずは『思想の壁』から壊していくか。イランと敵対している国はイスラエル、アメリカ、サウジアラビアだが、その宗教は……」

 リュウは静かに答える。

「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教だ。イランのイスラム教とこれらの宗教は『啓典の民』とよばれ、本来は敵対する宗教体系ではなかったんだが……」

 霊呼は首をかしげる。

「ちょっとまって! じゃあ、イランとサウジアラビアは同じイスラム教徒同士で敵対しているの?」

「同じイスラム教でも、イランはシーア派、サウジアラビアはスンニ派なんだ。この2派は、中東でも頻繁に争いを起こしている。スンニ派のアルカイダはシーア派を激しく敵視して、何度も爆弾テロを起こしているくらいさ」

「同じイスラム教徒なのに、なんで仲良くできないのかしら……」

「宗教が政治利用されているのさ……。指導者の宗派の違いが、政治的対立に宗教的な正義を与えて、本来の教えをゆがめているんだ」

 リュウの声は、怒りで震えていた。


 ゼクウははっとして皆に語る。

「そうだ! じゃあ、開祖の聖人にご降臨いただくというのはどうだ? 本人の口からなら説得力があるだろ?」

 ゼクウのとんでもない言葉に、アーサーは驚愕した。

「な、何を言ってるんだ! ムハンマドやイエス、仏陀を蘇らせるというのか!?」

「おいおい、俺たちは一度、その奇跡を起こしてるんだぜ、忘れたのか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!あんた、もう誰かを生き返らせるのは無理だって言ってたじゃない!」と、霊呼は疑問をなげかける。

「いや、今回は生身の肉体を再現するつもりはねぇ。偉大な先生方の知恵や自我を無色界からサルベージして、仮想人格のペルソナをもったAIに宿らせるのさ!」

 アーサーは納得のいかない顔で聞く。

「しかし、そんなことが可能なんだろうか? 本人の自我を正しく再現するには膨大な情報から誤情報を排除して、『こうであった』という姿を正しく描けなければならないだろう?」


 その言葉に、ゼクウは自信をもって答える。

「それができるのさ! 俺たちにはリュウがいるからな!」

「ゼクウ……。そこまで僕を信じてくれるのか……」

「当たり前だ! これはお前にしか出来ない仕事だ。頼むぜ!」

 ゼクウの言葉に、リュウは静かに微笑みを浮かべてうなずいた。

「わかった。やってみよう!」

「よし!ラファエル! インフィニティ内に仮想OSを立ち上げてくれ。名前は、そうだな……。クァンタム・アカデメイア(量子聖学舎)ってのはどうだ?」

「古代ギリシャのプラトン達が集った学園か……。悪くないな」と、リュウはうなずくのだった。


 やがて量子空間内に、新たなバーチャル世界「クァンタム・アカデメイア」が生み出された。それはプラタナスやオリーブの大樹が木陰を作り、小川のせせらぎと彫像が並ぶ遊歩道と回廊、世界の叡智を修めた図書が並ぶ建物のある空間だった。

「さあ、はじめるか!」

 ゼクウは静かな森の中でピアノをつま弾く。それはラジャンのドラムの調べとともに静かなジャズをアカデメイアに響かせる。

 二千年にもわたる膨大な開祖の聖人の情報から、リュウが抽出した情報をゼクウが受け取り、ラジャンが最適化を行う。

 こうして、それぞれの聖人について、膨大な情報から本人の人格を推定し収束させていった。


 最初に実体が現れたのは、日焼けした浅黒い肌。縮れた濃い茶髪で、無造作に伸びた髭の男性だった。思慮深くも慈愛に満ちた、吸い込まれそうな黒い瞳で静かに周囲を見渡す。

 霊呼は彼を見てつぶやく。

「えっと……誰? ……なんか親しみやすそうな素敵なお兄さんね」

 彼の正体に気づいたフィーナは霊呼をつつく。

「ちょ、ちょっと、霊呼! その方は!」

 彼は傷跡のある掌を差し出して優しい笑顔を浮かべる。

「私はイエス・キリスト……。はじめまして、お嬢さん達」

「い、イエス様!?」

 霊呼は慌ててぺこぺこと頭を下げるのだった。


 次に現れたのは、やや白みがかった美しい肌、濃いウェーブがかかっている黒髪の男性だった。整えられた美しい顎髭、肩幅が広く、がっしりとした体格、均整の取れた肉体に清潔な白い衣服をまとった美男子だった。

 ラジャンは親しげに話しかける。

「どっかの映画スターみたいネ! 女の子にもてそうだネ~!」

 リュウは、慌ててたしなめる。

「彼はイスラム教の預言者、ムハンマドだ。礼を欠くな、ラジャン!」

 軽薄そうに笑顔を振りまくラジャンを無視して、ゼクウとフィーナに目を向けたムハンマドは、頼りがいのある理知的な声で語り掛ける。

「強い意志を持つ少年、慈愛に満ちた少女よ。私を呼び出したのは君たちか……」


 最後に現れたのは、袈裟のような薄茶色の布を肩から掛けた、短く刈り込んだ巻き毛の男性だった。彼は地面に横たわり、肘をつき頭を支えて眠るように目を閉じていた。

 ゼクウは彼の横にどっかりと座り込み、ゆすって起こそうとする。

「解脱してゆっくり真理の世界で休まれてるところをすまねぇが、ちょっくら話があるんだ。起きてくれねぇか! 仏陀さんよ!」

「ぶ、仏陀だと……! お、おい、ゼクウ!無礼は……!」と、アーサーは慌てる。

「構わぬよ…………少年達。久しぶりの対話だ。ゆっくりと話そうではないか……」

 仏陀は涼しげに切れ上がった目をそっと開き、すべてを見透かすような静かな眼差しをゼクウ達に向けると、柔らかな笑顔で静かに語り掛けた。

 こうしてイエス、ムハンマド、仏陀の三聖人が、哲学者の聖森・クァンタム・アカデメイアに降臨したのだった。


「少年よ。ここはどこでしょうか……。あなたたちは?」

 イエスの問いにゼクウは、この世界が21世紀であることを説明した。3人は驚くばかりだった。

「まさかあのゴルゴダの丘の磔刑から二千年も経っているとは……。再臨がこのような形だったとは……。まさに世界は今、裁きの時にあるとでも言うのでしょうか……少年よ?」

「ああ、そうかもしれねぇ……。まずは今のこの世界をみてもらえねぇか?」


 ゼクウは彼らの前に世界の現状を投影した。

 スンニ派とシーア派の対立を背景とした自爆テロ、戦争――。互いに相手を異端とみなし聖戦の名のもとに殺しあう人々――。

 ムハンマドはその凄惨な光景に息を飲んだ。

「な――、なんということを! 私は『信徒同士は兄弟である』、『分裂してはならない』、『一人の人間を殺すことは、全人類を殺すことと同じ重罪である』と説いたはずではないか! 私がコーランに遺した言葉は、誰にも伝わっていないのか?」

 嘆くムハンマドにリュウは辛そうに説明する。

「あなたの教えは確かに伝わっています。しかし、宗教の力は権力者に“正義”の名のもとに戦う正当性をあたえ、権力の拡大のための道具にされているのです――」


 ゼクウはイエスに語り掛ける。

「あなたにこれを見てもらうのは辛いんだが……」

 ゼクウが見せた映像は16世紀のカトリックとプロテスタントの30年戦争だった。戦場となったドイツでは人口の3分の1が死亡していた。

「おお――、なぜ、こんなことに――!」

 慈悲と愛の心を持ったイエスは悲嘆に打ちひしがれた。

「『宗教を理由に殺し合いを続けていたら、全人類が滅びてしまう』と当時のヨーロッパ人は考えたそうだ。しかし残念だがこの宗教の政治利用は未だに終わってねぇ……。これは昨日のニュースだ」


 そこにはアメリカのヘイゼル国防長官が、「イスラエルの隣人を守るためにイランを攻撃することは聖戦であり神の意志だ」と主張していた。

「なんということを――! 隣人を守るために他者に刃を向けるなど――。私がそんなことを言うはずがないでしょう!」

 悲嘆にくれるイエスとムハンマドを見て、霊呼は慌てた。

「ちょ、ちょっと! ムハンマドさんもイエスさんも、こんなに落ち込ませちゃってどうするのよ!」

 ゼクウは辛そうに首を振って言う。

「16世紀と違って今は核という世界を終わらせる兵器を人類は手にしている。今度こそ本当に人類は滅びの危機に瀕しているかもしれねぇんだ! だから、先生方にはハルマゲドンを止める手助けをして欲しいんだ!」


 ゼクウは3人に手を差し出す。

「しかし、私たちの教えでこの混乱を招いたとすれば、私たちに何ができるというのです。少年よ……」

 リュウは三聖人に向かって頭を垂れて、静かに語る。

「イエスさん、ムハンマドさん、仏陀さん、僕の先祖のヘーゲルは異なる意見を戦わせることで、それらを統合したより高い次元の答えを導き出す方法を編み出しました。僕はあなた方とそれを実践したい。そこにハルマゲドンを止める智慧があると思うのです。」

 その言葉にゼクウも頷く。

「そういうことだ! まずムハンマドさん、あなたのコーランには『不正や迫害に対して自衛のために戦うこと』は認められていたよな? それを逆手に取られたってことはないか?」

「うむ……。宗教は時に権力者の弾圧に会うことも多い。弟子たちを守るために仕方なかったのだ……」

 その言葉を聞いたジョシュアは、ムハンマドに語り掛ける。

「ですが、このフィーナは私の属していた部隊が家族の命を奪っても、私を恨むことはなかった。たとえ迫害があったとしても、何か戦う以外の方法があると、私は信じたい……」

 ジョシュアの言葉に、イエスは静かに深くうなずいた。

「その通りです……その赦しこそが必要なのです。その慈悲なくして争いを終わらせることはできません」

「でも、そんな素晴らしい方々の教えを受け継ぐ人々が、なぜ争うの……」と、フィーナは言う。


「それは仏陀先生に聞いてみるといいかもな。仏教では、イスラム教やキリスト教のような『絶対的な正義』を掲げた宗教戦争が比較的少なかったように思うんだが……」

 それまで静かに話を聞いていた仏陀は、皆に語り掛ける。

「それは、私の教えには絶対的な善悪や正義がなく、全てを等しく受け入れる寛容の心を説いたためかもしれませんね。悲しみや苦しみをうむ因果を断つために、正しい認識を持つことが私の教えなのです」

 リュウはその話に目を輝かせる。

「そうか――! キリスト教もイスラム教も、ユダヤ教と深い歴史的つながりを持つ一神教。絶対的な善なる神のもと、人々を救済へと導こうとする教えだ。しかし、その『正義』を人間が自分に都合よく解釈し、他者を排除するために利用すれば、教えそのものが争いの道具になってしまう……。大切なのは、教えをただ信じるだけでなく、曇りなき心で自らの行いと現実を見つめることなのか――!」


「なるほど……。異なる考えの者も受け入れる寛容を示す、ということか。仏陀殿、私はあなたのお話をもっと聞いてみたい……」と、ムハンマドは身を乗り出す。

「このすべてを受け入れる寛容さと神の慈悲を一つにすることが出来れば、人をよりよく導く考えが生まれるかもしれません……!」と、イエスも賛同した。


「そうか! なら徹底的に気が済むまで先生方で話し合ってもらうためにAIモードを使っていただくか!」と、ゼクウは言う。

 イエスは首をかしげる。

「?……それは、何ですか?」

「あなた方のその器はAIと呼ばれるもので、本来、人間の思考をはるかに超える速度で思考できるのさ。俺たちと会話できるように処理速度を落としてもらっていたんだが、あなた達3人なら、本来の速度で対話してもらっても問題ねぇ」


 車座になってAIモードに入った三聖人は、人間では感知できない速さで対話をはじめた。しかし1日たってもまだ答えは出なかった。

 ゼクウは表情を曇らせる。

「会話内容はとても聞き取れないが、相当難しいみたいだな……」

「まるでフリーズしちゃったみたいヨ……」と、ラジャンも頷く。

 リュウは意を決して皆に話しかける。

「僕もあの対話の中に入ろうと思う。僕の中には近代史から現代史の高名な哲学者、ギリシャ、ローマの哲学者の思想も全てある。きっと彼らの手助けになるはずだ」

「おい!正気か! あの思考速度に人間が耐えられるはずが――」

 止めようとするゼクウを制してリュウはきっぱり言う。

「ゼクウ……。君は僕を信じてくれた。今度は僕がその思いに答える番だ」


 三聖人の輪に入ったリュウは結跏趺坐をし、三聖人の会話のリングにアクセスしたが、数秒で鼻血を流して離脱し苦しそうにあえいだ。

「言わんこっちゃねぇ! 情報処理速度が人間の許容量を超えてるんだよ!」

「いや、今ので分かった。言葉を理解しようとするんじゃない。感じるんだ。直感なら人間の思考速度でもついていけるはずだ」

 リュウはサングラスに手をかけた。

「リュウ……。お前……」

「“俺”なら、できるはずだ……!」

 サングラスを外して集中力を限界まで高めたリュウは、三聖人の会話の輪に入った。

 やがて一時間が経過した。

 心配そうに見守るクァンタムズの前で、はじめてリュウと三聖人は動きを見せた。

 悟りを得たように立ち上がる三聖人。限界に達して倒れるリュウ。

 ゼクウは、ぐったりして倒れるリュウを抱き上げて叫ぶ。

「おい、大丈夫か、リュウ!」

 二人を見つめながら、イエスは慈愛に満ちた優しい声をかける。

「宗教の対立を超えるための新しい思想体系の原型が完成しました。全て彼のおかげです。」

「うむ……。違いを認めたまま、相手を傷つけずに共存する道だ。彼の広範な知識と深い思想がなければこの答えにはたどり着けなかっただろう」と、ムハンマドは誇らしげにリュウを見る。

「この教えを世に広めれば、異なる宗教でも誤解なく理解しあい、ともに手を取ることができるでしょう。リュウ……。私たちはあなたを誇りに思いますよ」と、仏陀は静かにリュウに語り掛けるのだった。


 ゼクウはサングラスをリュウに渡して笑顔を向けた。

「やったな、リュウ! さすがだぜ!」

「ありがとう……。ゼクウ……」

 リュウもまたゼクウの手を握り返し、笑顔を浮かべたのだった。


リュウは静かなる叡智と、内に秘めた激情を併せ持つキャラクターです。その激情が溢れ出すと、瞳を守るためのサングラスも捨てて“僕”から“俺”に変貌します。

人類の積み上げた叡智を武器とするリュウが生み出したクァンタム・アカデメイアと、復活した三聖人がもたらす因果は、中東の戦争に何をもたらすのか……。次回「Phase.5 ネクロフの決断」

12/9の完結まで、毎日20:40に公開します!


ChatGPTに描いてもらった非公式のキャラクターイラストを同時公開していきます。皆さんのイメージと比較して楽しんでいただけたら嬉しいです!

<本日のイラスト>

人類の叡智を極めた「知の巨人」リュウ・ヘーゲルです。クァンタムズ最強の軍師キャラで、切り札になる存在です。

挿絵(By みてみん)

(注:絵の中のテキストはChatGPTが自動生成したもので、公式ではありません)

EP.3のあとがきでゼクウ

EP.4のあとがきでフィーナ

EP.5でジョシュアのイラストを公開しています。

もしまだ見ていただいておられないようでしたら、一旦、EP.3に戻って見ていただけたら幸いです。(公開初日はイラストの貼り方が分かっておらず、連絡が遅くなったことをお詫びします)

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