Phase.4 対話 ~前半~
「ゼクウ兄ちゃん! ゲーム、やろうぜ!」
量子ラウンジにアリーが飛び込んできた。あの日以来、すっかり明るくなった彼は、ゼクウたちのところに頻繁に遊びに来るようになっていたのだった。
「おう、いいぜ! アリー!」
「きたネ!アリー! 相手になってやるヨ!」
「え~? ゼクウ兄ちゃんはチート級に強いけど、ラジャンは雑魚だからなぁ~」
ニヤニヤと笑うアリーにラジャンは膨れっ面になる。
「言ったネ~! ラジャンの必殺コンボでギッタギタにしてやるヨ~!」
そんな彼らを静かに見守っていたリュウは微笑みながら語り掛ける。
「アリー、たまには本もどうだい? 君が好きそうなジャンルを探しておいた。文学は心を豊かにしてくれるよ……」
「それとも私とフィールドワークに行ってみるか?少年よ! 自然科学は奥が深いし、楽しいぞ!」と、マルコも筋トレをしながら声をかける。
「え、え~と、それはまた今度で……」
たじろぐアリーの背後からレナの声がかかる。
「こらっ! アリー! こんな素晴らしい先生方が声をかけて下さっているのよ。たまには勉強なさい!」
「は~い……」と、アリーはしぶしぶリュウとマルコのもとに行ったのだった。
霊呼は笑みを浮かべてアリーを見ていた。
「やんちゃなアリーもお母さんには形無しね。でも前はなんで親と一緒に家に帰らなかったのかしら?」
ゼクウはあきれて答える。
「おいおい、お前はヘッドセットをオフにすれば現実世界に戻れるが、二人は現世に肉体がないんだぜ」
「あっ! そうか! お母さんの身体があんまり現実感があるから勘違いしてたわ」
「仏教的にはこの量子ラウンジは色界、すなわち食欲などに縛られる物質的な“肉体”のない世界なんだ。一方、死者の魂は無色界、つまり量子の海に散らばり自我をもたない情報になるのさ」
「それで?」
「前に皆で構築した量子降霊陣で無色界に散らばる情報を集め、この色界に再構築した肉体と『縁』を結んで、この量子ラウンジでだけは抱き合えるようにする技術だったのさ」
霊呼は眉間にしわを寄せて首を振る。
「やれやれ、まぁた小難しいしいこと言ってる……。ようはアリーのご両親はここで食費の心配もせずに暮らしていけるってことなんでしょ。あっ!そうだ! なら、あなたのお母さんとお父さんもここに生き返らせればいいじゃない!」
霊呼は提案するが、ゼクウは首を振る。
「残念だがそいつはナシだ……。無色界に保存できる情報は無限だが、人工的に作ったこの色界には容量的な制約が生まれる。
人体の数百億個もの脳細胞を繋ぐ、とてつもない数のシナプス結合を電子的に再現し続けるには、インフィニティをもってしてもメモリーを圧迫しすぎるんだ。二人を復活させるだけで限界だったのさ」
「でも、私たちはここにいるじゃない?」
「俺たちのこの量子ラウンジ内の身体はただの影で、本体の肉体は現実世界にあるから、たいしてメモリーを食わないんだ。現実世界から操作してる超リアルなゲームキャラみたいなもんだな」
「そうかぁ~。残念ね……」
「気にすんな! 俺の中には親父とお袋の魂が宿っていて、いつも悩んだら背中をどやしつけてくれるから、休んでる二人を起こす気はねぇよ。それより、お前たちはアリーの親と違って死んだらもう生き返れねぇんだ、命は大切にしろよ!」
「わ、わかってるわよ!縁起でもないことを言わないでよ! ねぇ、アーサー!」
アーサーは笑顔でうなずき、フィーナに問いかける。
「ところで、ガザの復興の方は順調か、フィーナ?」
「ええ、ありがとう! ジョシュアおじさんがイスラエルの仲間に話しかけてくれて、イスラエルからも食料や衣料品の支援してくれる方がいるから、とても助かってるわ」
「ええっ! イスラエルからあんな攻撃があったのに!?」と霊呼は驚く。
「ええ、私も最近知ったのだけれど、イスラエル国内にも戦争を望んでいない人たちも、たくさんいたのよ」
「でもそれっておかしいジャン! イスラエルって民主主義国家なんだから、それなら戦争をするネクロフは首相でいられないヨ!?」と、ラジャンは首をかしげる。
「それは、ネクロフ首相がハマスやヒズボラ、イランの脅威を強く訴え、戦わなければ国が滅びると国民に危機感を抱かせているからなんだ」と、ジョシュアは言う。
ゼクウは腕を組んで考え込んだ。
「戦わなければ国が滅ぶ、か……。イランはハマスやヒズボラを使って、本当にイスラエルを滅ぼすつもりなのか?」
「あの国がハマスやヒズボラのような武装組織を支援して反イスラエルを掲げ敵対しているのは事実だ」と、ジョシュアは答える。
「じゃあイランが悪だってコト?」
ラジャンの疑問に、リュウが答える。
「いや、そうとばかりも言えない。イランの国民は、中東諸国では欧米よりの考えを持つ人々が多い国だ。教育水準も高く、優秀な人々は海外で活躍したいと考えているのに、テロ支援国家として経済制裁され、ハイパーインフレで不満を抱いている人々は多い」
「その考えは、選挙で反映されないのかしら」と、霊呼は首をかしげる。
「いや、選出されたイランの大統領は、他国との戦争や、それによって被る制裁を決して望んではいない」
「おかしいジャン! じゃあなぜ、イランがハマスやヒズボラの武装組織を支援するのサ?」
ラジャンの疑問に、ジョシュアは重い声で答える。
「それは、イスラム革命防衛隊がいるからだ」
「イスラム革命防衛隊?」
「ああ、イランの最高指導者直属のエリート軍事組織だ。イラン革命直後に『現体制の防衛とイスラム革命の理念を守ること』を目的として作られた組織で、イラン国軍とは完全に独立した軍隊だ。イランの大統領ですら、彼らには口出しを出来ないのだ」
「そいつらが戦いたがってるってコト? なんでそんなことに?」
ラジャンの疑問に、ゼクウは一つの提案をした。
「その答えを見つけるために、イランのトップの会談をのぞいてみないか?」
「ああ! あの時、ゲットしたやつネ! 今、映すヨ!」
ラジャンが投影した動画には、会議室で語る3人のイラン人の姿が映っていた。
ゼクウは皆に説明する。
「中央の黒いターバンを巻いて法衣を着ている人が、イランの最高指導者、アラネイ師だ。右のオリーブグリーンの軍服を着た目つきの鋭い男が好戦的な革命防衛隊のハラディ准将、左の立襟のシャツのスーツ姿がラフマーニー大統領さ」
ラファエルはジロリとゼクウを睨み、低い声で言う。
「なぜあなたが、こんなトップ会談の映像を持っているのです?」
「そ、それはその~。新開発のRATをだな~」
ラジャンも汗をかきながら言い訳をする。
「ネット上の知らない所で落としちゃって、気づいたら知らないパソコンから通信が届いちゃって、なんてのは……」
「もちろん、信じませんよ!」と、ラファエルは二人を睨みつける。
「だ、だがよ、戦争を止めるには、当事者の考えを知らないと……」と、ゼクウは目を逸らす。
フィーナもおずおずと割り込む。
「あの……私も知りたいです。なぜ、彼らが戦いを望むのか……」
ラファエルは肩をすくめてため息をついた。
「全く……! 今回だけですからね、ゼクウ!」
会談の映像では、ラフマーニー大統領が、アラネイ師に嘆願していた。
「最高指導者閣下! 国民はもう限界です! アメリカの経済制裁による極端な物価の高騰と軍事費の圧迫による増税、他国からテロ支援国家と名指しされる屈辱、勝てない戦争を続ける政府への怒りで暴動すら起きています!」
ラフマーニー大統領の言葉に、革命防衛隊のハラディ准将は怒りの声を上げる。
「愚か者め! アメリカは我々に勝てぬ! 非対称戦では奴らは決して我々を滅ぼすことはできん! 我らの怒りを示すことこそが、我々の大義を示すことになると、貴様にはなぜ分らん!」
ラフマーニー大統領は机を叩いて激昂する。
「ばかなことを! お前たちは戦争を利用して自分の権力を維持したいだけだろう! 国民はお前の言う正義などより、家族と共に平穏で普通の生活を続けたいだけなのだ!」
「なんだと! アメリカとイスラエルに屈しろというのか! 革命の理念を忘れた、弱腰の売国奴め!」
霊呼は、ラフマーニー大統領に対するハラディ准将の暴言にあきれていた。
「ねぇ……相手は大統領なんでしょ。こいつ、なんか偉そうじゃない?」
「まあ実際、力関係は逆転しちまってるからな」と、ゼクウはかぶりを振る。
「どういうことよ?」
「革命防衛隊はただの軍隊じゃない。建設、通信、エネルギーに至るまで、イランの主要産業を支配する国家規模の巨大な軍産複合体なのさ」
ゼクウの言葉に、ジョシュアもうなずいた。
「しかもアメリカの経済制裁で、まともなルートで物資の届かなくなったイランにとって、革命防衛隊のコネクションによる密輸は、今のイランの経済を支える上で不可欠になっている。この戦時体制が続く限り、特権階級である彼らの地位は盤石だろう」
フィーナはその事実に衝撃を受けていた。
「それが、彼らが戦争の継続を望む理由なの……?」
ジョシュアは俯いて低い声で語る。
「外敵がいれば革命防衛隊の必要性は高まり、国内への影響力はさらに高まる。防衛のために潤沢に使える資金も増える。実際に欧米の支援でイラクが戦争をしかけてきた時に革命防衛隊の力は一気に拡大した。彼らは戦うことが己の存在意義になっているのだ」
モニターではハラディ准将が、アラネイ師に同意を求めていた。
「あなたのご両親は、アメリカの空爆で亡くなられた。アメリカの暴力に対抗するのは神の意志でしょう! どうか、イスラムの最高指導者としてご決断を!」
「……あ、ああ……そうだな……」と、アラネイは力なく語る。
「さ、最高指導者閣下! どうか、国民のことを!」と、ラフマーニーは懇願する。
「……礼拝の時間だ。席を外させてもらおう……」
部屋を退出したアラネイを追ってラフマーニーも去った。
一人残ったハラディは小声で舌打ちをする。
「チッ! 我々の力で最高指導者の地位につかせてやったのに、先代に比べ弱気な……」
映像は途切れた。フィーナは悲しげにつぶやく。
「戦わなければ存在できないなんて、悲しすぎるわ。いっそ、国境なんてなければいいのに……」
リュウはフィーナにうなずいた。
「その考えは間違っていないさ。『思想の壁』、『安全保障の壁』、『経済の壁』。それらを越えることができれば、段階的にでも戦争の発生を抑えることは可能だろうと、僕は思う」
ゼクウは立ち上がり、皆を見渡して告げるのだった。
「よし! じゃあ、ひとつひとつ、その壁を取り払っていくとするか!」
いよいよ、イランとイスラエルの戦いを止めるため、ゼクウたちは動き出します。
平和の前に立ちはだかる「思想の壁」「安全保障の壁」「経済の壁」。
この分厚い壁を取り払うために、ゼクウはとんでもない提案をします。
戦争を終わらせるために、彼らは何を変えようとしているのか……?
次回「Phase.4 対話 ~後半~」
12月9日の完結まで、毎日20:40に更新します!




