Phase.3 再会
人を撃てなくなったジョシュアは軍を辞めた。
「この役立たずめ!」とネクロフに罵倒されたジョシュアだったが、自分がもう軍人を続けられないことは、誰よりも自分自身が分かっていた。
行き場を失い、ガザを彷徨っていたジョシュアは、瓦礫の片づけをしている人々を見て手を貸すことにした。そうすることで、無辜の母親を手にかけてしまった自身の心の痛みと自責の念がわずかでも和らぐためであった。
復興に手を貸すジョシュアの姿を見たフィーナは、言葉を詰まらせる。
「……ジョシュアさん……」
「君は……!」
ジョシュアもまた、フィーナの姿を見て、言葉を失う。
互いにかける言葉が見つからなかった。
しばらくの間、無言で見つめあう。
やがてフィーナはジョシュアのもとにそっと歩み寄り、ジョシュアと共に瓦礫の片づけを手伝いはじめた。
「私を……受け入れてくれるのか……」
フィーナは優しい微笑みをジョシュアに投げかける。
「あなたが助けてくれて、とても助かります……。男手が足りなくて困っていたんです」
「すまない……。ありがとう……」と、ジョシュアは小さく呟くのだった。
軍で仮設施設を作ってきた経験に加え、災害救助も行ってきたジョシュアの助力によって、数日のうちに建物が崩れた一角の瓦礫が片づき、仮設住宅が建設されていた。
フィーナの家は失われていたため、弟のアリーとともにジョシュアが作った仮設住宅に身を寄せることにしたのだった。
フィーナの弟、アリーは姉に詰め寄っていた。
「なんでだよっ! なんで姉ちゃんはこんな奴の助けを借りるんだよ!」
「およしなさい! ジョシュアさんは後悔してるのよ……」
「しるもんか! 父ちゃんと母ちゃんをかえせよっ!」
ジョシュアはただ頭を下げることしか出来なかった。
「すまない……。アリー……」
その夜、アリーはジョシュアの寝室に忍び込んでいた。その手にはナイフが握られていた。震える手でナイフを握り締めて忍び歩くアリー。
「私が、憎いか……。アリー……」
背中を向けたまま静かに話しかけてきたジョシュアに、アリーは驚いて硬直する。
「私は、君に殺されても仕方ない人間だ。刺すなら抵抗はしない……。ただ、願わくば、君たちへの償いを果たすまでの時間を与えて欲しい……。そのあとは君にこの命を差し出そう……」
「くっ……!」と、歯ぎしりするアリー。
気配を感じてやってきたフィーナは、アリーの手の中のナイフを見て愕然とする。
「アリー!? 何をしてるの!!」
アリーは姉を突き飛ばして部屋から駆け出していった……。
「アリーを責めないでやってくれ……。」
「ジョシュアさん!」
「君も辛かったら、私を憎んでくれていいんだよ……。それが君の心の救いになるなら、私は甘んじてその憎しみを受け入れよう……。」
「……私は……あなたを憎んだりしません……。あなたは、とても優しい人です……。」
フィーナは背を向けて肩を震わせながら言った。フィーナ自身も両親の死を想起して苦しむことはあった。だが、ジョシュアの苦しみを考えると、それは言い出せなかったのだった……。
翌朝、量子ラウンジに来たフィーナに、霊呼は「おはよう、フィーナ!」と、嬉しそうに声をかける。
「あ……。おはよう、霊呼……」と、フィーナはぎこちない笑みを返す。
「どうしたの……。辛そうね……」
「実は……」
昨晩の出来事を霊呼たちに話すと、ラウンジは重い沈黙に包まれた。
アーサーは沈んだ声で語る。
「戦争被害者の心のケアは、犯罪被害者のケアと同じで難しい……。憎むな、忘れろと言われると、被害者の心の苦しみはさらに増してしまう……」
その重苦しい空気を破るように、ゼクウは口を開く。
「フィーナ……。一度、ここにジョシュアさんを連れてきてくれないか?」
「ゼクウ……。いいの……?」
「一度、彼に会ってみたいんだ。ヘッドセットはあとで送る。よろしく頼むぜ!」
後日、フィーナからヘッドセットを受け取ったジョシュアは、量子ラウンジでゼクウと対面していた。
「君が、ゼクウか……。フィーナから話は聞いている。まず、フィーナの助けになってくれていることに感謝を言わせてほしい。」
差し出されたジョシュアの手を握り返すゼクウ。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。来てくれて嬉しいぜ! ジョシュア・アッカーマン少佐」
「いや、私はもう軍を抜けた身だ。ジョシュアと呼んでくれ。しかし、ここの技術はすごいな……。現実と何も変わらない。そちらの天使はAIアシスタントか?」
問いかけるジョシュアにゼクウは破顔する。
「さすが! 慧眼に感服するぜ。大体、みんなここで驚くんだが……」
「いや、すごいのは君たちの方だ。あの追撃戦の采配は完璧だった。君がしたのか?」
「いや、それはあいつさ」
ゼクウは椅子にすわって読書しているリュウを指さす。
「君か……。君には礼を言わせてほしい」
「礼……?」
「部下に手心を加えてくれたのだろう? 君の指示した布陣は非の打ちどころのないものだったが、君は砲兵たちにだけは指示をしなかった……。君がその気になれば、部隊を火の海にして全滅させることもできたはずだ」
「やめてくれ……。僕は、自分を……抑えたいんだ……」
サングラスの眉間を押さえるリュウの指は細かく震えていた。
「すまない。気が障ったのなら忘れてくれ……。ところでゼクウ、君はなぜ私のような人間をここへ呼び出したんだ? ここは秘密の隠れ家のようなものだろう?」
「それは、あんたとアリーを和解させてやりたいと思ったからさ。俺たちになにかできることがあれば何でも言ってくれ。自慢じゃあないが、このクァンタムズの面子なら大体のことは出来るぜ!」
その言葉に静かに微笑みを浮かべてジョシュアは答える。
「君は優しい男だな……。その気持ちには感謝する。だが、それは無理だろう……。アリーは『両親を返せ!』と私に言った。それだけは誰にも叶えることは出来ない……」
「なんでだよ? 親に合わせてやればいいんだろ? ならその希望に応えようぜ!」
ゼクウの言葉に一同は驚愕する。
「そ、それは不可能だ! 死者を生き返らせるなど!」
ジョシュアの言葉に、ゼクウは頭を掻きながら不機嫌そうに返す。
「ジョシュアさんよ……。俺は『無理だ』とか『出来ない』って言葉が大っ嫌いなんだよ。そういわれるとむしろ逆に燃えてくるんだ!」
ゼクウは諦めることが嫌いだった。それは母の遺したインフィニティの無限の可能性を否定することでもあったからだ。
「やれると分かってることしかやらない人生なんてつまらねぇ……。不可能を可能にすることこそ、燃えるってもんじゃあねぇか?」
ゼクウは目を輝かせながら言い放つ。
「し、しかし……。方法はあるのか?!」と、ジョシュアは問いかける。
「シュレディンガーの猫の話は知ってるか? あんたが今いるこの量子の世界では、”生”と”死”は重なり合っているんだ」
「生と死が重なり合っている?」
「現実世界では死の不可逆性を覆すことは困難かもしれねぇが、この量子空間限定ならアリーを両親に合わせることは出来るかもしれねぇ。やってみるかい?」
ジョシュアは半信半疑だった。しかし、決してあきらめないゼクウの強い意志に満ちた目を見ているうちに、奇跡を信じたい気持ちになり、頭を下げた。
「ああ……。どうか、頼む!」
ゼクウは不敵な笑みを浮かべて答える。
「よし! 実は、先人はすでにその試みをしてるんだ。かのエジソンも霊界との交信機を作ろうとしていたし、アーサー、お前のご先祖様も降霊術にはまってたよな?」
「ああ。コナン・ドイルは晩年、降霊術に傾倒していた。あれほど理知的な人物がなぜそんなオカルトにはまっていたのか俺には理解できなかったが、実は実現できる可能性があったとすれば説明はつく……」
「とにかく、まずは調べてみようぜ!」
ゼクウとアーサーは過去のあらゆる情報を調べつくした。
「エジソンの方は全くダメだ……。科学的なアプローチではどうも無理があるようだ」と、ゼクウは言う。
アーサーも残念そうにかぶりを振る。
「降霊術の情報は全て精査したが、霊媒師が意識を喪失した瞬間にわずかに声が聞けたことはあったくらいで、安定的に霊媒師の中に霊を宿らせたことは過去に一度もなかったようだ……」
その言葉に疑問を持った霊呼は割って入って来た。
「アーサー、ちょっと待って! あなた達の降霊術は生きてる人間を媒体にしてるの?」
「そうだが……。何か問題があるのか?」
「ええ、生きてる人間を依り代にするのは、脳みその中に別の脳みそを強引に入れようとするようなもので無理だと思うわ……。それではすぐ弾かれてしまう……。これを見て!」
霊呼が式札を置いて祝詞を唱えると、式札はウサギになって飛び跳ねていった。
「この式神術は式札を依り代に動物霊を降臨させて動かすものなのよ。魂の入っていない依り代でないと安定して霊は宿せないわ」
アーサーははっとする。
「そうか! ならばその術を使えば人間を降霊させることが……」
だが、霊呼は残念そうにかぶりを振る。
「ごめんなさい……。それは無理よ……。陰陽師が依り代に降ろせるのは動物霊のみで、あなたのご先祖様の降霊術のように、人間の霊と交信できたことはないの……」
落胆する二人にゼクウは問いかける。
「なら二つの術を掛け合わせるってのはどうだ? お前たちで新しい術を作るんだよ!」
ゼクウの提案で二人はそれぞれの術を照らし合わせた。
「なるほど、君のところの術は五芒星を使うのか……」
「ええ、晴明印って言うのよ。木・火・土・金・水の”五行”を示してるの」
「エレメンタルの力を借りているのか……。俺のところは六芒星を使うんだ。古くからある護符の印だが、共通点もかなりありそうだな……」
こうして二人の共同作業で術のフレームはある程度構築されたが、体系の異なる術の組み合わせは膨大な数に及び、アーサーは頭を抱えた。
「駄目か……。 組み合わせの数が膨大すぎる……。 ざっと見積もっても……」
「12万8500通りネ」と、覗き込んだラジャンがつぶやく。
「良かったジャン! アーサー!」
ニコニコ笑って言うラジャンを、アーサーはこめかみに青筋を浮かべて睨みつける。
「ほぅ……。このアーサーが絶望に落胆する姿を見るのがそんなに面白いか? いい度胸だ……!」
詰め寄るアーサーにラジャンは後ずさりしながら両手を振る。
「違う、違うヨ! この程度の最適化計算は10分で終わるってことヨ!」
ラジャンが机を叩くとドラムセットが床から出現した。
「じゃあ、始めるヨ! セッションスタート!」
ラジャンはノリにノってドラムを叩き始める。
「な、何やってんのよ?」と、あきれる霊呼。
「ははっ、あれはラジャン専用の量子コンソールさ。あの形の方が演算の“ノリ”がよくなるんだそうだ」と、ゼクウも笑う。
ラジャンの上空では、無数の公式が目まぐるしく生まれては消滅していく……。
やがてラジャンのドラムセッションが終わると、光り輝く魔法陣が完成していた。
「フゥ……。 あんまりのってたから5分で終わっちゃったヨ。もう一曲いく?」
霊呼は苦笑しながらかぶりを振る。
「も、もう、結構よ!」
「よし、これで降霊の儀を行えるぞ!」と、アーサーは喜ぶ。
しかし、霊呼は表情を曇らせた。
「まだ、依り代の問題があるわ……。動物霊は自我があいまいだから、依り代が式札でも自分の身体と誤認してくれるの。だけど人間は明確な自我の輪郭があるから、自分の身体と異なる器に入るのは難しいと思う……」
悩む霊呼とアーサーに、ゼクウは提案する。
「あきらめるのはまだ早いぜ! フィーナ、ご両親の形見を何か持っていないか?」
「お父さんとお母さんの遺髪ならあるわ……。ジョシュアさんがお墓を作る時に私に遺してくれたの……」
「いいぞ! それを貸してくれ」
フィーナから遺髪を受け取ったゼクウは、マルコに歩み寄る。
「マルコ兄! たしかあんた、絶滅生物のDNAを読み解いて量子空間上で再現する技術を作ってたよな?」
「なるほど! その遺髪のDNAからご両親の身体を再現しようと言うのだな」
「ああ!」
マルコは遺髪を受け取りながら考え込む。
「だがひとつ問題があるぞ、ゼクウよ。人の肉体はその人物が歩んできた人生に大きな影響を受ける。私は日々、鍛錬を怠らないからこのような筋肉を維持しておる」
マルコは腕の筋肉を盛り上がらせて続ける。
「しかし、リュウのように本ばかり読んでいたら全く異なる肉体になっていただろう。大きなけがや病気をした経験があれば、なおさら肉体はその影響をうける。生前の身体と同じ肉体の再現は、容易なことではないのだ……」
霊呼は肩を落とす。
「そんな……。 ここまで来て……」
「いいや、まだ手はある! あきらめるな!」
ゼクウは床を踏み、グランドピアノを出現させるとフィーナを呼んだ。
「フィーナ、おまえが覚えている両親の情報を、何でもいいから俺にくれ! 表情、立ち姿、話し方、どんな思い出でもいいから心に思い描くんだ!」
「はい!」
フィーナは目を閉じて両親に思いをはせる。共に過ごした日々、優しい笑顔、頭をなでる大きな手、抱きしめられたぬくもり……。
その情報はゼクウのピアノ型コンソールの静かな調べとともに、次々とシステムに蓄積されていく。
ゼクウが奏でる、時に物悲しく、時に切なく、時に暖かいそのピアノの音色が終わったころには、フィーナの思い出が半透明の実体となって量子空間に結実していた。
「あとはマルコ兄の解析したDNA情報をもとに再現した肉体を、記憶から結実した情報に合わせて最適化させればいい。ラジャン、できるか?」
その言葉を聞いてラジャンの表情が曇る。
「難しいの? ラジャン……?」と、霊呼は心配そうに問いかける。
「ゼクウ! ヒント与えすぎヨ! これじゃ答えの分かってるクイズを解くようなものジャン! 数式を解く楽しみがなくなるヨ!」
「紛らわしいのよ! あんたは!」
霊呼に尻を蹴とばされて、あわててラジャンはインプットを始めた。
遺伝情報の淡い光が、情報体であった両親の輪郭を明確にしていく……。
光が収まったころには、両親の肉体が実体となって皆の前に現れていた。
「いよいよ私たちの出番ね、アーサー!」
「ああ! 降霊の儀をはじめるぞ!」
光る魔法陣の中央に安置された二人の肉体を前に、霊呼は祝詞を、アーサーは呪文を一心不乱に唱え始める。
「フィーナよ! 君も両親の手を取って祈るのだ!」とマルコは語り掛ける。
「重度の脳損傷を負い植物状態だと言われた患者が、肉親の声に反応した例もある。奇跡は待つのではなく、己の手でつかむものなのだ!」
「はい!」
フィーナは両親の手を取った。彼女は魔法陣が放つ光に包まれ、その意識はいずことも知れない量子の海の中に沈んでいった。
光も闇も上も下もない混沌とした世界で、フィーナはひたすら両親の姿を探した。
両親に会いたいと願うその思いが頂点に達すると、空間に二つの微かなゆらぎが生じ、それが徐々に近づくように大きくなり、両親の姿になった。
「お父さん! お母さん!」
フィーナはその胸に飛び込んでいったのだった……。
気が付くと、フィーナは母のレナの腕の中で抱かれていた。暖かなぬくもりは、生前の実体と寸分たがわぬものだった。
フィーナの瞳から涙があふれ出す。
「お父さん! お母さん!」
「フィーナ! 私のフィーナ!」
両親の目からも涙があふれていた。
3人は固く抱き合って、再会を喜び合ったのだった……。
ゼクウはジョシュアに親指を立てて片目をつぶる。
「な! 無理じゃなかっただろ? やるまえから諦めることなんてねぇんだ……。お袋が俺に遺してくれたこのインフィニティの前には、不可能なんてねぇんだからな!」
ジョシュアは感動のあまり立ち尽くしていた。
「まさか、本当に両親を蘇生させてしまうとは……。ゼクウ、君という男は……」
ジョシュアに気付いたレナは、娘に問いかける。
「フィーナ、あの方は?」
「あの方はジョシュアさん。私たちを助けてくれているの……」
これまでの経緯を聞いた母、レナはあわててジョシュアに向きあって礼を述べる。
「あらあらいけない! 私たちったら夢中になって……。ジョシュアさん、娘たちの面倒をみていただき、本当にありがとうございます! ほら、ヨセフ、あなたも!」
二人に何度も頭を下げられて、ジョシュアは必死で否定する。
「そんな! いけません! 私の属していた部隊は、あなたたち二人のお命を……!」
顔を見合わせ、きょとんとした二人は、笑顔で首を振る。
「でも、あなたはその軍をやめて娘たちを救ってくれているのでしょう? 過去のことは、もうどうでもいいではありませんか……」とヨセフは語る。
「それよりもアリーがあなたにご迷惑をおかけしてませんか? あの子は今、どうしてますか……?」とレナは問いかけるのだった。
「自分の命のことは、全然気にされないのね……」と、霊呼はつぶやく。
「親というものは常に自分の命よりも子供のことを気にするものなのだよ、霊呼よ!」と、マルコは満足そうにうなずくのだった。
翌日、フィーナからの誘いでアリーは量子ラウンジに招待されていた。
アリーは驚き、好奇心いっぱいでそこら中を走り回っていた。
ラファエルを見つけると、駆け寄ってその翼を珍しそうにベタベタと触った。
「これ、本物の翼!? すげーっ! かっこいい~っ!」
「ひ、引っ張るのは、およしなさい! それより、あなたをここに呼んだのはあの方なのですよ……。」
ラファエルが指した先には、ジョシュアが待っていた。
「お、お前っ! なんでこんなところにっ!」
怒りとともに身構えるアリーにジョシュアは優しく語り掛ける。
「アリー……。 今日は君に会わせたい方がいるんだ」
ジョシュアが手を振った先には、アリーの両親が優しい笑顔で待っていた。
「と……父ちゃん! 母ちゃん!! ど、どうして……!?」
アリーの目は驚きで見開かれる。
「そのゼクウさんたちが不思議な力を持っていることは、フィーナから聞いているだろう? ジョシュアさんが彼らに頼み込んで、わたしたちをここへ呼び戻してくれたんだ」
ヨセフの言葉が終わらないうちにアリーは駆け出して行って両親の腕に飛び込んだ。
暖かい母の胸に抱かれ、アリーの目からは大粒の涙がこぼれだした。
「母ちゃん……母ちゃ~ん!」
「アリー……。」
我が子を抱きしめるレナの瞳にも涙があふれていた。
ヨセフは優しさの中に厳しさを込めて、息子に語り掛ける。
「アリー……。人を恨んではいけないと言ったはずだぞ。ジョシュアさんに酷い言葉をかけたらしいな。何を言わなければいけないか、わかるな……?」
アリーはおずおずと振り返り、ジョシュアに話しかける。
「じ……ジョシュアさん……。ご……ごめんなさい……。
それから……その……あ、ありがとうっ!」
「ああ……! アリー!」
ジョシュアは万感の思いでうなずいた。罪の苦しみが嘘のように溶けていき、暖かい気持ちで彼の胸の中はいっぱいになった。
ジョシュアは振り返り、改めてゼクウに感謝の言葉を述べた。
「ゼクウ……。私は死んで罪の償いをしようとしていたが、それが間違いだったことが今、分かったよ。私が死んでも、アリーの両親を失った悲しみと憎しみは決して消えることはなかっただろう。そして、晴らせぬ恨みをかかえたまま、彼は武装組織の少年兵になって、どこかの戦場で命を落とすことになっていたかもしれないのだ……」
ジョシュアは辛そうに語り、ゼクウを見る。
「だが、君は私に罪の償いをしろとは言わなかった。それどころか、罪に囚われ続けることから私を救ってくれた。そんな君たちの持つ無限の可能性を、私は信じてみたくなった!」
「ジョシュア……」
「この国には親を失って悲しみと憎しみを抱えたまま戦う少年兵が増え続けている……。私がどこまで君たちの役に立てるか分からないが、君たちが世界の理不尽さとこれからも戦うなら、私もともに戦わせてもらえないか?」
「ああ、もちろんだ! よろしく頼む! 俺たちは立ち止まるつもりはねぇ! 俺たちで多くの罪を生み出す戦争や犯罪を、この世からなくしていってやろうぜ!」
ゼクウとジョシュアは固い握手を交わすのだった。
そんな彼らをラファエルは離れて見守っていた。
(イザベラ博士……。あなたのゼクウはこんなに逞しくなりましたよ。あなたにも見て欲しかったです。
しかし、私は少し不安も感じています。彼らはとうとう、“死の克服”という、神の定めた摂理を破る禁忌すら成し遂げてしまった。止まることを知らない彼らに、神の裁きが下ることがなければいいのですが……)
不安をぬぐい去るようにかぶりを振るラファエル。
「いえ、何があっても私は彼らを守ります。それが、あなたから託された私の使命なのですから――」




