Phase.2 絶望の砂漠を越えて ~後半~
イスラエル軍でかつて英雄とたたえられた兵士、ジョシュア・アッカーマン少佐は重い足をひきずって帰途についていた。
ネクロフ首相から指示された極秘作戦に失敗した彼を待っているのは軍事裁判による厳しい処分だろうと言う事は分かっていたが、彼にはもうどうでもいいことだった。
ジョシュアは、イスラム武装組織との戦闘で親を失った戦災孤児だった。
ネクロフに拾われた彼は、二度と同じ悲しみを起こさせまいと厳しい軍事教練に耐えた。
そして数多くの作戦で武装組織を壊滅させ、いつしかイスラエルの英雄とたたえられる存在になっていた。
彼が今回の作戦で指示されたポイントに到達すると、そこにいたのは女子供ばかりの避難民であった。
「か、彼らを排除しろと言うのか……!?」
任務と良心の葛藤に苦しむジョシュア。
銃を持ったジョシュアと遭遇した避難民の母親は、幼い我が子を守ろうと銃を向けた。
銃を向けられ、兵士としての本能で反射的に撃ち返してしまうジョシュア……。
倒れた母の前で、幼い子供は泣き続けていた……。
「ママ! ママ!」
その刹那、彼の脳裏では目の前で母を撃たれたトラウマが、フラッシュバックした。
あまりの苦しみに呼吸が乱れ、彼は嗚咽して吐いた。吐くものがなくなっても胃液を吐き続けてもがき苦しんでいた……。
その日以来、彼は銃の引き金が引けなくなった。
兵士として使い物にならなくなったジョシュアの代わりに、副官のゴールドマンが作戦を引き継ぎ、そしてクァンタムズの手により失敗した。
帰国したジョシュアに浴びせられたのは、罵声の数々だった。
避難民を撃ち殺した「戦争の英雄」は、フィーナの奇跡の生還を知った市民にとって、自分たちの国の恥部と映っていたのだった。
ニュースで報道されるその様子を、クァンタムズはフィーナとともに見ていた。
フィーナの苦しみを知っている霊呼は言う。
「自業自得ってやつじゃないの?」
リュウは冷たく言い放つ。
「市民も勝手だな……。自分たちが擁立した極右政権が起こした戦争犯罪を、誰かのせいにして、自分はきれいなままでいたいんだろう……」
フィーナは、群衆から罵倒の言葉をかけられ、石を投げられるジョシュアを見ていた。
「女子供まで手にかけて、恥を知れ!」と罵る群衆たち……。
憎しみに染まる群衆をみた彼女の心に、深い悲しみが去来する。
「ちがう……。そうじゃない……。こんなの、間違ってる!」
苦しむジョシュアを見て、フィーナは駆け出していた。
「どこに行く気だ、フィーナ!」
ゼクウの声は国連人権団体のジープに乗って去っていくフィーナには届かなかった。
力なく歩くジョシュアに、市民から石が投げつけられていた。
そこに飛び出した影があった。
「やめてください! どうか、こんなことは! あなたたちの同胞ではないですか!」
立ちはだかったのはフィーナだった。投石によって彼女の額からも血が流れていた。
ジョシュアはうめくように声を絞り出す。
「な!? なぜ君が……。一番、私を責める権利があるのは、君だろうに……」
投石していた人々に、フィーナは凛とした声で諭すように告げる。
「私たちが故郷を追われたように、あなた達もまた過去にこの地を追われた人の末裔なのでしょう……?
私たちがあの絶望に満ちた砂漠を越えてきたように、あなたたちユダヤ人の皆さんも過去の戦争で迫害を受けて、やっとこの地にたどり着いたのでしょう……?」
投石をしていた市民の手が止まる。
「私たちはみな、同じなんです……。
お互いに大切な家族の命が失われることが恐ろしくて銃を取った……。
それはこの国のあなた方も、パレスチナの人々も同じなんです。
そうでしょう? 本当は……本当はみな、誰も人を傷つけたりなんてしたくないのに……!」
亡くなった両親の言葉を思い出し、憎しみの連鎖を止めようとひたむきに訴えるフィーナ。
その瞳からは涙があふれていた……。
フィーナの訴えに、群衆の怒りが潮が引くように静まり返っていく……。
ジョシュアは彼女の訴えに、胸を引き裂かれるような罪悪感を感じていた。
(俺は、こんな愛と優しさを持った少女の親を奪う作戦を率いていたのか……。ならば、償う方法はこれしか……。)
ジョシュアはナイフを抜き自分の喉元に当てた。
「やめてっ!」
フィーナはジョシュアに飛びついてナイフを握った。白い手から血が流れる。
「な、何をする! その手を放せ! 頼むから死なせてくれ! 俺は……」
「私たちが戦争の犠牲者だというのなら、自ら死を望むほど苦しんでいるあなたもまた戦争の犠牲者なんです!」
ジョシュアは自身の胸の痛みに耐えかねて叫ぶ。
「なぜだ……なぜだ! なぜこんな俺を救おうとする! ……俺は、俺は……」
「私の母は誰かに救われたら、誰かを救う事でその恩を返しなさいと言ってくれました。私はそんな母が大好きでした……。
私は今日、遠い異国の方に命を助けられました。だから私もあなたの心を救うことで、彼らから受けた恩を返したいんです……」
フィーナには分かっていた。今、この場で最も苦しんでいるのはジョシュアであることを……。
そして救いの言葉をかけてあげられるのは、同じ痛みを知っている自分だけであることを……。
ジョシュアの目からも、涙があふれ出してきた。
「あなたが私の言葉で少しでも救われたと感じてくれたのなら、あなたもまた生きて誰かを救ってあげてください……。それがきっと、今のあなたの苦しみを和らげてくれるはずです……」
辛そうに、苦しそうに言葉を絞り出すフィーナの瞳にもまた、涙が浮かんでいた。
「ううっ……ううう……うおおおおっ……!」
歴戦の戦士ジョシュアはフィーナの腕の中で、母の胸で泣く幼子のように泣き崩れていた。フィーナもまた泣いていた。互いの失ったものを思い出して……。
群衆の中にもその悲しみの感情は広がっていった。皆の中に戦争に対する後悔だけが静かに浸透し、拡散していったのだった……。
そのニュース映像を見ていた霊呼は、涙を浮かべていた。
「なんで……なんで戦いたくもないのに、皆、争ってしまうの……?」
霊呼の問いにアーサーは答える。
「それは、この世界に戦争を続けたいと考えている奴がいるからさ……。戦争を続けることで得をする戦争犯罪者たち……。どこまでも追い詰めてやる……!」
ネクロフ首相は追い詰められていた。巧妙に隠していたはずの己の収賄・詐欺・背任の数々を何者かが次々と暴露し、マスコミと野党にリークしていたためだった。
公邸の窓から、彼が大臣に怒りの言葉をぶつけているのが見える。
「なぜこんな次々浮かび上がるスキャンダルに踊らされねばならん!? 大体、なぜあの難民どもが生きている!? 私は女子供関係なく全部殺せと極秘命令を命じたはずだ! ジョシュアは何をしておる!」
怒鳴られた大臣はたじろいで答える。
「しかし、それはやりすぎでは……」
「今、戦争を止めるわけにはいかんのだ! ハマスは大国イランから支援を受けておるのだ! 今、弱腰を見せれば、奴らの牙は我らに届きうるのだぞ!」
ネクロフは机を叩く。
「無抵抗の難民を殺せば、激怒したハマスどもは力の差も考えず私に牙をむいてくるだろう。ハマスの脅威を感じたわが国民は私を熱烈に支持し、私は“報復”として“自衛”の名のもとに奴らを一人残らず全滅させることができるはずだった!」
ネクロフは叫ぶ。
「敵のせん滅! それこそが恒久平和の道なのだ!」
叫ぶネクロフの後ろの窓からは、一羽のカラスが枝に止まって彼を見ているのが見えた。
「やっと本音を吐いてくれたわね……」
式神の八咫烏にしかけた天耳通を通して、霊呼とアーサーはネクロフの怒声を聞いていた。
「この音声を国際司法に提出するの?」
「いや、リークするのはあくまでイスラエル国内のマスコミさ。今、国内はパレスチナの聖女とまで言われるフィーナと、イスラエルの英雄だったジョシュアが和解をしたことで、急速に厭戦気分が高まっている」
「ええ、私もネットの書き込みを見たわ……。フィーナの訴えは戦争の虚しさを伝えたのね……」
「戦わなくていい世界が結局、皆の理想なのさ。戦争犯罪者に裁きを下すのはあくまでこの国の国民だ。あとは彼らに任せるさ……」
アーサーの言葉通り、難民の虐殺というマッチポンプで戦争を煽った嫌疑をかけられたネクロフは、急速な支持率の低下から、自身にかけられた疑惑を和らげるために軍を引かざるをえなかった。イスラエルの国民の願いは安心して暮らせることであり、自分から敵を作りに行くことは真逆の行動と映ったためだった。
こうしてイスラエル軍が退却したことでハマスでも戦う理由を失い、軍を引くことで停戦は実現したのだった……。
数日後、フィーナのもとにゼクウからヘッドセットが届いた。
恐る恐る被ってみたフィーナは、突然、自身が知らない空間にいることを知って驚いた。
「こ、ここは……?」
「ようこそ、俺たちのアジト、『量子ラウンジ』へ! 俺はゼクウ! 会いたかったぜ、フィーナ!」
「私はラファエル。頑張りましたね……。 あなたのことはずっとここで見守っていましたよ……」
優しく語り掛けるラファエルの姿を見て、敬虔なフィーナは驚きひれ伏す。
「あ、あなたは、大天使長ラファエル様!
……するとここは天の国……。 私は天に召されたのでしょうか……」
「ち、違います! 私の名前は確かにラファエルですが、あなたの考えているような存在ではなく……。ゼクウ! 笑っていないであなたも説明してください!」
「ははははっ、いやぁ~悪い、悪い! 慌てるラファエルが面白くて、つい、な……! フィーナ、こいつは量子AIアシスタント……って言っても分からねぇか。まぁ、俺たちを見守ってくれる気のいいお兄さん、ここの大家みたいなものさ」
「あなたのような面倒で世話の焼ける店子をかかえた、ね……」
ラファエルはため息をついてぼやいた。
「ここに来てもらったのは他でもねぇ。あんたに俺たち『クァンタムズ』の仲間になって欲しかったからさ! なぁ! みんな!」
「いらっしゃい!」
「待ってたヨ!」
「うむ、よくきてくれた!」
クァンタムズのメンバーは次々にフィーナに歓迎の言葉をかける。
「ち、ちょっと待ってください! そ、そんな……。私になんてとても無理です……。私にはあなた達のような不思議な力なんてありません……。 ただのどこにでもいる人間なんです……」
急な勧誘にたじろぐフィーナだったが、ゼクウは笑顔でそれを否定した。
「な~に言ってんだ! この停戦、一番の立役者は誰でもない、お前さんなんだぜ!?」
ゼクウの言葉にアーサーも同意する。
「ああ……。 悪を憎む正義感だけでは救えない魂もあると思い知らされたよ……」
リュウも静かにうなずいた。
「僕の力では局地戦は回避できても、戦争そのものを止めることはできない。言葉が力であることを、君は僕たちに示してくれた」
「そ、そんな……。 私はただ……」
戸惑うフィーナにラジャンは陽気に駆け寄る。
「も~! みんな固い! 固いヨ! こんな可愛い子がきてくれたんだからもっと喜ばなきゃダ~メ、ダメ! ようこそクァンタムズへ~! アウチッ!」
熱烈な歓迎のハグをしようとしたラジャンを蹴とばした霊呼は、フィーナに笑って話しかける。
「このバカの言う事はともかく、もっと気楽に考えていいのよ。こんなの、クラブ活動みたいなもんよ。私のことは霊呼って呼んで! 敬語なんていらないわ。」
「はい! ありがとう、霊呼!」
「私、あなたのこと、大好きになっちゃった! 友達になってくれる?」
嬉しそうに霊呼はフィーナの手を取る。
「うん!」
マルコはフィーナの笑顔を見て、満足そうにうなずいた。
「うむ、うむ……。青春を楽しめ! 若者よ!」
彼女の笑みは、悲壮な覚悟から解き放たれた16歳の少女に相応しい、屈託のない明るい笑みだった。
新たなクァンタムズとなったフィーナの力は「共感の力」です。
人の心の痛みを自分のことのように受け入れ、共に悲しむ共感の力……。
ジョシュアの心の苦しみを感じ取ったフィーナは、彼を助けるという選択をしました。
しかしフィーナは両親を失ったという苦しみを抱えています。フィーナとジョシュア、二人はこの苦しみをどう乗り越えていくのか……。
次回、Phase.3「再会」
これから12月9日の完結まで、毎日20:40に定期公開します。お楽しみに!
<本日のイラスト:フィーナ・ラバン>
本作のヒロインのフィーナ・ラバンです。人の悲しみを感じ取る共感の力は、敵の心すら変え、戦いを止める最強の力になる可能性を秘めています。




