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Phase.2 絶望の砂漠を越えて ~前半~

「わ、私たちを助けに……?」

 フィーナは驚いた声を上げる。スマホのビデオ通話からは、くせ毛の少年が力づけるような強いまなざしをフィーナに注いでいた。

「ああ! 君の名前は?」

「フィーナ……」

「よし、フィーナ! そのスマホを君のいるところから東西南北それぞれにむけて床に置いてくれ」


 しばらくしてフィーナの声が届く。

「はい、置きました」

「よし、君はじっとしていてくれ。音響探査を開始する……。ラジャン、ノイズ成分の除去を頼めるか?」

「モチのロンヨ!」

 スマホから一定間隔で放たれるソナー音。ラジャンはそこから雑音を除去する。

 二人の共同作業で、量子ラウンジにはすぐにフィーナを中心とした半径百メートルのマップが投影された。


「出口のある北には6名、南には5名の兵士が巡回してやがるな……」

 フィーナは息を飲む。

「あ……あなたはそこから、壁の向こうが見えるのですか!?」

「なぁに、驚くことはねぇ。ただのエコーロケーション(音響探知)だ。それよりこいつはやべぇな……。奴ら、そこら中を調べてやがる。ここが見つかるのも時間の問題だ」


 アーサーは腕を組み思案する。

「状況を打開するにはもっと情報がいるな」

「だな! んじゃ、やつらの通信網をハックするか!」

 テレビのスイッチをつけるような口調で語るゼクウに、ラファエルは飛び上がる。

「ゼクウ! あなた、軍の通信にハッキングするつもりですか!?」

「ん? 別に驚くようなことじゃねぇだろ? 軍回線のハッキングなんて暇つぶしに12の頃からやってたし、さっきのガザの映像もイスラエル軍のカメラをハックしたやつだぜ?」

「な、なんて危険なことを! 全く! コード解析が得意な人だということは知っていましたが……」

「大丈夫! 大丈夫! 量子コンピュータの演算能力からすれば旧式の暗号なんて無いようなもんだし、こっちのアクセスは量子暗号をかけてるから、奴らにゃ絶対トレース出来ねぇよ!」

「そういうことを言っているのではありません! 量子コンピュータの驚異的な演算能力をそういう行為に使うことは……」

 ゼクウはラファエルを振り向きもせず、インフィニティのコンソールを操る。

「あ~、はいはい……。むっ? 相当通信が混雑してるな……。ラジャン! 奴らのヘッドクォーターの通信番号を特定できるか?」

「オーケー! 通信網の粗密と集中からその中心を導く公式を出すヨ!……ハイお待たせ!」

 十数秒でヘッドクォーターの通信番号を特定したラジャンは、通話機をゼクウに投げる。 ラファエルは警告する。

「およしなさい! それは犯罪ですよ!」

「相変わらずお前は頭が固いな……。いいかね、ラファエル君? 量子AI大原則の2項は何だったかな?」

 ゼクウは笑顔でラファエルの顔を覗き込む。

「……『量子AIは人命を尊重し、その安全を最優先に行動しなくてはならない』です……」

「そういうこと! 倫理回路に引っ掛かるなら、『たまたま混線しちゃった』ってことで、まぁ、ひとつたのむわ!」

「そうそう! それヨ! あれ~おかしいネ? 変なとこに電話、つながってるネ~?」

 ラジャンの下手くそな芝居にラファエルは目を覆って天を仰ぎ、苦笑した霊呼が慰めるようにその肩を叩くのだった。


 やがてヘッドクォーターと兵士たちの通信が、量子ラウンジに流れてきた。

「こちらヘッドクォーターのゴールドマン大尉。戦局はどうか?」

「一部の避難民がまだ見つかっておりません。ところで、アッカーマン少佐は?」

「少佐はこの極秘作戦を指揮するだけの心の強さがなかったのだ。私が指揮を代行する! 生存者は全て粛清せよ!」

「尋問はされないのですか、大尉?」

「そうだな……。ならば、女は殺さず連れてこい。くくく……。私が直々に尋問して仲間の居所を吐かせてやろう」

 下劣な笑いを聞きながら、霊呼は怒りのあまり声を荒げた。

「なによ、コイツっ!!」

 アーサーの蒼い瞳は、ゴールドマンの本質を鋭く捉えていた。彼は拳を握り締める。

「奴は避難民が武装組織ハマスでないと分かっていて、攻撃をしている! 奴の心には殺人への禁忌の“色”がない。問答無用でこの地からパレスチナ人を粛清しようというのか、卑劣な!」


 リュウはゆらりと立ち上がると、ゼクウの持つ通信機に手を伸ばした。

「粛清だと……? 尋問だと……? “俺”を……怒らせたな……!」

 リュウはサングラスを外し、通信機を手に取る。

 その深紅の双眸が放つ光は、透き通る白い相貌の中で炎のように怪しくゆらぎ、物静かだった口調は、底知れぬ冷たい怒りに満ちたものに変貌していた。


 リュウは通信機にいくつか言葉を放つ。

 しばらくすると、外の気配は全て消えていた。

 ラジャンはソナーを見て絶句する。

「半径百メートル以内に敵影ゼロ! 何が起きたのヨ?」

 リュウは振り向き、低い声で説明をする。

「誤情報の拡散により『囲魏救趙の計』を成功させた……」

 霊呼は首をかしげる。

「え……? なにそれ?」

「ハッキングしたヘッドクォーターの端末から兵士たちに、『ヘッドクォーターがハマスに急襲されているので至急、救援を!』と、発信した……」

 ゼクウは聞き返す。

「包囲されている時に敵本陣を奇襲して、軍を引かせるやつか! だがブラフだと分かれば、すぐに戻ってくるんじゃねぇのか?」

「無論、それで終わりではない……。『無中生有の計』を使う。無から有を生じさせる計略だ。ゼクウ、ラジャン、俺の指示する回線に妨害をかけて通信を遮断してくれ」


 地形図と天候の変化をモニターで確認しながら、リュウはヘッドクォーターを装って通信が途絶した部隊に回線を開き、直接指示を行う。

「ヘッドクォーターよりブラボーチームへ。西から接近するハマスを迎撃せよ!」


 チャンネルを切り替え、再び送信するリュウ。

「ヘッドクォーターよりアルファチームへ。東から接近するハマスを迎撃せよ!見つからぬように慎重に行動するのだ」


 やがて通信機からアルファチームの連絡が入る。

「ヘッドクォーター! 砂嵐の向こうに敵影らしきものが見えます。オーバー!」

 リュウは攻撃の指令を出す。

「それだ! 気づかれる前に撃て!」

 やがて通信機からは銃声と怒号が飛び交う声が響いてきた。

 突然、見えない敵から襲撃されたブラボーチームが、事前の情報からハマスの攻撃だと誤認し、反射的に反撃したのだった。

「同士討ちしてやがるのか!?」

 リュウの真紅の瞳に燃え上がるような妖しい光が宿る。それは弱者を弾圧する者への、抑えきれぬ激情の炎だった。

「この季節は砂嵐が激しい。数十メートルも離れれば敵味方の見分けは困難だ。飛び交う銃弾と見えぬ敵に怯え、闇雲に攻撃する。

 それは更なる反撃を招き、同士討ちは激化するだろう……。これが無から有を生み出す『無中生有の計』だ」


 ヘッドクォーターのゴールドマンはパニックになっていた。テントの外で突然、銃撃戦がはじまったためだった。テントに穴が開き腰を抜かすゴールドマン。

「ゴールドマン大尉! ハマスの大部隊の奇襲です! 難民を襲ったことで彼らは激怒しています! 至急、撤収を!」

 リュウからの偽装通信を聞いて怯えたゴールドマンは、全部隊に焦った声で通達する。

「全軍、撤退だっ! 後方のベースまで各自、撤退しろ!」


 全てが終わるとリュウは再びサングラスをかけた。

 炎のような真紅の瞳は、徐々にその光を和らげていく……。その口調も、再び穏やかなものにもどっていた。

「いずれは偽装がばれるだろうが、今の混戦でゴールドマンの部隊に負傷者も出ただろう。部隊の後退と負傷者の治療で数日は稼げるはずだ……。これでどうだい、ゼクウ?」

 ゼクウは直接手を下すことなく、イスラエル軍を撤退させた知略に舌を巻いた。

「あ、ああ……。ゴールドマンも本気で敵の存在を信じてやがった。本当に無から有を生み出すとはな……」


 こうしてゼクウ達は包囲網を解き、フィーナは怪我人と子供たちを連れて脱出をはじめた。目的地は国連の人道支援キャンプ。しかしそこまでの道のりは長く、いまだハマスとイスラエル軍の戦闘が続く危険な砂漠地帯だった……。

 国連に連絡を取っていたアーサーは肩を落とす。

「すまない、フィーナ。彼らは戦闘地域への人道派遣は無理だそうだ……」

 落ち込むアーサーに、霊呼は声をかける。

「それじゃあ、私が安全なルートを探してみようか?」

「霊呼? 君にできるのか!?」

「もっちろん! まかせて! フィーナさん、その崩れたビルの中に見えるプリンター、まだ電源は生きてる?」

 霊呼の声に応じて、フィーナはプリンターを調べる。

「ええ……。まだ大丈夫みたいです」

「じゃあ、これから私が送信するデータをそこでプリントアウトして!」

 霊呼は複雑な図形が描かれた札をフィーナに送った。

「じゃあ今度は、スマホをその紙に近づけて!」

 フィーナが指示通りにすると、霊呼はスマホに向かって祝詞を唱え始めた。

 すると札の中央に描かれた五芒星から黒い煙が立ち上り、徐々にカラスの姿に変貌していった。

 フィーナは息をのむ。

「こ、これは一体……!」

「フフッ、これは陰陽術の式神よ! さあ、『八咫烏』よ! 空から偵察なさい」

 式神のカラスは漆黒の翼を拡げると、天に向かって舞い上がっていった。


 ゼクウはその手際に舌を巻く。

「すげぇ術だな! だがこれだけでは……」

 霊呼はチッチッと指を振る。

「ところがこれだけじゃぁないのよ。さっきの式神には天眼通の術もかけてあるから、念じれば式神の視界を、術者が共有できるのよ!」

 霊呼の答えにゼクウは膝を打つ。

「どんな探知にもひっかからない偵察ドローンってわけか! はたから見れば鳥が飛んでいるようにしか見えないしな……。よし、霊呼の視覚野に伝わる信号を皆に転送するぞ!」

 ゼクウの操作で、八咫烏を通して霊呼に届く映像はモニターに投影された。

 霊呼はフィーナに告げる。

「じゃあ、行きましょうか! そこに落ちてるモバイルバッテリーも忘れず持ってきてね!」


 一時間後、アーサーは八咫烏の送ってくる映像を見ながら、フィーナにルートを指示していた。

「そこで止まってくれ。その先でイスラエル軍が展開している」

 ゼクウは彼に問いかける。

「また誤情報で追い払うか?」

「いや、それはやめた方がいい。何度もやると、ハッキングによる裏工作が発覚しやすくなる」

 やりかけていたラジャンは口を尖らせる。

「じゃあどうするノヨ?」

 アーサーは冷静に兵士たちを観察して皆に告げた。

「大丈夫、しばらくすれば彼らは姿を消すはずだ……」


 その30分後、本当に兵士たちは撤収していった。

 フィーナは絶句する。

「ど、どうして……。あなたは未来が分るのですか?」

「ただの推理だ。そんなに大したことじゃない。彼らの中には負傷兵もおり、弾薬も残りわずかな様子が観察できた。何より、彼らの心には闘志より不安の色が濃かった。撤収するのは時間の問題だったのさ」

 ゼクウは舌を巻いた。

「あんな一瞬の映像で、よくそこまで観察できるもんだな……。大したもんだぜ!」


 八咫烏のナビゲーションで敵との遭遇を慎重に回避しながら進むフィーナ達。

 しかし目的地のキャンプは数十キロ以上の荒野と砂漠を渡った先にあり、手持ちの水と食料も尽きた一行の疲労と渇きは限度に達しようとしていた……。

「くそっ! 何とかならねぇのか……」

 歯噛みするゼクウ。


 その背後から、探検家風の出で立ちの巨漢が入室してきて、大声を上げた。

「すまん、ゼクウよ! ギアナの奥地からの帰還に時間がかかり、遅くなった!」

 ゼクウは破顔する。

「マルコ兄(にい)か! 遅かったじゃねぇか!」

 霊呼は驚く。

「だ、誰よ、この人!?」

「彼は世界を股にかける冒険家、マルコ・ダーウィンさ!」

 マルコ・ダーウィン。この23歳のバンダナを巻いた筋骨隆々の巨漢の青年はダーウィンの子孫であり、遺伝生物学、医学、地質学の博士号を持つ天才でもあった。

 アーサーの目は見開かれた。

「あのマルコ・ダーウィンか! 未踏の地に踏み入れ、数千の新種を発見した有名な冒険家だったな。その発見は新薬の開発にも貢献したと聞く……」

 霊呼は首をかしげる。

「それはいいけど、今のこの状況を打開するのに何かの役に立つのかしら……」

 その言葉に、マルコは指をつきつけて言う。

「冒険家のサバイバルスキルを甘く見てはいかんな! サンタのコスプレの少女よ!」

「誰がサンタコスよ! これは巫女服よ!」

 霊呼の抗議には耳を貸さず、マルコはモニターの中のフィーナに声をかける。

「大丈夫か、中東の少女よ。むぅ……。いかんな、皆、脱水症状を起こしかけておる。フィーナ、スマホを掲げてゆっくり周囲を回ってくれないか……」

 マルコの指示で周囲の映像を送るフィーナ。

 やがてマルコから静止の指示があった。

「うむ、そこだ! その方角に向かって進むのだ! そこに水場はある!」

「本当にこれだけで分かるのか? インフィニティのワールドマップも見ないでか?」

 断言するマルコにゼクウは疑問を投げかける。

「ゼクウよ! 量子ワールドマップは確かに過去の検索エンジンのマップよりはるかに情報が増えて私も愛用しておる。だがな、実際のフィールドワークでなければ見えないものもまた多いのだ」

 マルコは360度スクリーンに投影された映像の各所を指し示す。

「緑の植物の流れるグリーンベルト、鳥の群れの動き、地形や地層、虫の飛んでいく方向……。すべてが水の存在に影響を与えているのだ」

 マルコは的確に指示をしていく。

「……そうだ! 坂を下ったその岩山の影に沿って回るのだ。

 ……岸壁に洞窟が見えるな。その奥に進むがいい」


 進んでいったフィーナは、洞窟の中に澄んだ泉を発見して驚愕した。

「な、何故分かったのですか!?」

「驚くことはない。地球と生命の歩んできた過程には全て『関係性』があるのだ。全を見れば個が分かり、個を理解することが全を知ることになるのだ」

 マルコはがっしりとした顎に笑みを浮べてフィーナに語り掛ける。

「表に紫の草があっただろう? あれには傷口の化膿を防ぐ薬効がある。取ってくるといい。使い方は……」

 マルコの指示で傷病者の手当をするフィーナ。


「腹が減ったなぁ……」

 弟のアリーはへたり込む。

「少年、その草の地下茎は食えるぞ。泉のそばに生えているキノコも食える種類のものだ」

 マルコの指示で周辺から食材を集めてきたアリーは、避難民の持っていたマグカップを火にかけて、簡単なスープを作ることができた。

「うん、意外とうまいや。ありがと、おっちゃん!」

「人間、身体が資本だ。旅が辛くとも決してあきらめるな! 少年よ!」

 マルコは肩の筋肉を脈打たせながら、元気づけるよう力強い声で語る。

「ありがとう……ありがとう……皆さん……」

 フィーナは涙を流して感謝するのだった。


 やがて長い砂漠の旅の果てに、フィーナたちは国連のキャンプ地にたどり着くことができた。

 砂漠を渡る中東の風は、彼女のしなやかな栗色の髪を揺らし、透き通るように日差しを受けて後光のように輝く。それは聖者に導かれて危険な国を脱出した、宗教画のような光景だった。

 彼ら難民の姿を見て、彼らを諦めかけていた国連のジェシカ・コールマン議長は感動のあまり駆け寄ってきてフィーナを抱きしめる。

「よく……よく無事で……あの危険な砂漠を越えてきてくれたね!」

 大柄な黒人女性、ジェシカの腕に抱きしめられて、フィーナもまた安堵の笑みを浮べたのだった。


 その後、難民の口から伝えられた虐殺の真実と、年端もいかない翡翠色の瞳の少女が起こした奇跡は、国連団体を通して世界中の人々にも、イスラエルの市民にも伝えられた。

 そしてこの極秘作戦に失敗したイスラエルの部隊は、撤収を余儀なくされた。

 卑劣なゴールドマン大尉は作戦の失敗を、PTSDで戦場を離脱していた上官のジョシュア・アッカーマン少佐にすべて押し付けた。

 傷ついた兵を連れて帰投するジョシュアを待つ運命は、過酷なものだった……。

フィーナの命は救われましたが、両親の想いを受け継いだ彼女の「本当の戦い」はこれからです。

次回、「Phase.2 絶望の砂漠を越えて ~後半~」

ぜひ、このガザの戦闘の結末を見届けてください!

本日の22:20に公開です。これで「ガザ編」は完結になります!


また、本日からしばらく、ChatGPTで描いた非公式のキャラクターを公開していきます。

皆さんの想像と比べて楽しんでいただけたら嬉しいです。

<本日のイラスト:ゼクウ・ディラック>

本作の主人公。不屈の精神と破天荒な発想で、困難を覆していくクァンタムズのリーダーです。

挿絵(By みてみん)

(注:絵の中のテキストはChatGPTが自動生成したもので、公式ではありません)

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