Phase.11 神話の戦い
ゼクウはアテナの作戦室のメンバーを見渡して語る。
「戦略兵器の一時的な無力化は実行した。ここからが本番だ……急ぐぞ!」
「現在、ウクライナ軍は西側の軍事技術とドローン戦術を駆使してロシア軍の侵攻を食い止めていますが、ロシア軍の物量も大きく、戦線は膠着状態にあります」
アテナの説明に、ゼクウは頷く。
「ウクライナのドローンは優秀で数的な優位を覆している。前進するロシアの兵士の多くはこれでやられている。だが、このままではロシア人だけでなくウクライナ人の少年達も犠牲になる可能性があるんだ……」
「ウクライナの少年が? ど、どういうことなのヨ!?」 ラジャンは仰天する。
「ロシアはクリミアやドンバスなど占領した地域の子供たちを移送し、軍事教育を施している。兵が足りなくなれば、彼らまで戦争に駆り出されることにもなりかねないのさ……」
「な……なんてことを……」フィーナは息をのむ。
「人間を使い捨てにする戦争を許しちゃおけねぇ。だから俺たちは、ロシア陸軍にも人的被害を出さずに、この戦争を終わらせなきゃいけねぇんだ! 出来るな、リュウ?」
「ああ……。任せてくれ。これ以上、好きにはさせない……!」
サングラスの奥で、リュウの瞳は真紅の輝きを放った。
その頃、ドンバス地方の最前線では、ロシア軍のイワン・スミルノフ軍曹の率いる中隊の拠点が、ウクライナ軍の6基のローターを持つドローン「バンパイア」の夜襲を受けていた。
「ババ・ヤガー(人食い魔女)が来た!」
ロシア兵士たちはパニックになった。
魔女の名で呼ばれるその黒いドローンは、不気味な音を立てて漆黒の闇を切り裂き、サーマルカメラで兵士や兵器の熱を探知し、成形炸薬弾によって正確に死を撒き散らしていく。
「くそっ! なんでこんなことになったんだ……!」
最前線でともに戦ってきた仲間の死体を抱え、スミルノフ軍曹は慟哭する。
スミルノフはかつて故郷のロシアの工場で働く工員だった。彼には病気の母と幼い子供がいたが、貧困地域で暮らす彼には、戦時下の物価高騰で家族を養うことは困難だった。
ロシア軍が兵士を募集するため、志願兵に年収の数倍に及ぶ高額ボーナスを支払っていることを知り、彼は母の入院費を払うため兵士になったのだった。
そして彼はろくに訓練も受けずに最前線に送られた。そこには囚人兵や、体制に反対した思想犯、発展途上国からの出稼ぎ労働者、不法移民など、兵士になる以外に選択肢を持てなかった者たちが集められていた。
彼ら雑多なロシアの補充兵は、指揮統制のとれた最新技術を使いこなすウクライナ兵の高い士気に抗することも叶わず、次々に戦死していった……。
塹壕に隠れたスミルノフの頭上にバンパイアの不気味な羽音が迫る。
「母さん――。マリア――!」
彼は母と妻を思い出して、涙を浮かべて頭を抱えてうずくまる。
次の瞬間、バンパイアは全て空中で銃弾を浴びて破壊され、花火のように空中で散った。
「軍曹! 無事か?」
空中で燃えるドローンを背に立つ、頬に大きな傷のある銀髪の兵士は彼に手を伸ばした。
「私はヴォルク(狼)部隊のミハイル・イワノフ少佐だ。これまでよく前線を支えてくれた。礼を言わせてくれ」
「あ、ありがとうございます! しかしどうやってあのバンパイアを……?」
闇夜を高速で飛ぶドローンを正確に撃ち落とした彼の技量にスミルノフは驚く。
「私は真の暗闇でも、音で敵の方向を見定めることができるのだ。ここから先は我々が前線に立つ。君たちには後方支援を頼みたい」
「は、はい!」 スミルノフは敬礼をするのだった。
アテナの作戦室では、アテナがグラウクスを通して戦場のテセウスに連絡を取っていた。
凛とした美しい声でアテナは告げる。
「ここより先は、闇夜での両者入り乱れての戦場になります。テセウスよ! ハデスの隠れ兜キュネーと、アリアドネの糸玉を使って斥候をし、マッピングをするのです!」
アテナの言葉にうなずいたテセウスは、兜のスイッチを入れた。すると兜のカメラの情報が全身のナノ・スキンに転送されて周囲の映像を映し出し、彼の姿は忽然と消え失せた。
駆け出した彼の手の中からナノワイヤーが繰り出されて地面に這わされ、かつてテセウスが迷宮攻略で用いた糸玉のように、入り組んだ戦場全体に広がっていく。
その情報はグラウクスを通してアテナの兜「パラディオン」に転送された。
アテナが水盆に手をかざすと、そこには闇夜の中での戦場の高低差、樹木、岩、兵士の位置と数、彼らが向いている方向まで、全てが箱庭のように映し出されたのだった。
「す、すごい……。まるで世界の全てを見通しているみたい……」
感嘆の声を上げるフィーナ。
「フッ……。凄いだろう? 俺の考案したアリアドネ・クリューは、カーボンナノチューブの目に見えないワイヤーを張り巡らせてあらゆる電磁波、振動を拾い、戦場を丸裸にするんだ。圧倒的優位に立つための布石ってわけだ!」
サイモンは髪をかき上げて気取った声で説明する。
「あ、いたんだ……」
霊呼は指令室に来ていたサイモンを振り返ってつぶやいた。
ウクライナ軍のアンドリー・メルニク大尉は激しい焦りを感じていた。
ロシア軍の足止めをしていたバンパイアを突破して、精鋭部隊が接近しつつあったからだ。
「奴ら、急に士気が高まって来たな。強力な援軍でも来たのか……。各自、塹壕、トーチカに隠れ迎撃の準備を!」 メルニク大尉は全員に叫んだ。
ヴォルク部隊のイワノフ少佐は、部下に告げる。
「空中母艦『ゲルベラ』を発射せよ! ウクライナ軍よ、ドローンを使うのがお前たちだけだと思わないことだ……」
ゲルベラは慣性航行装置で長距離飛行する無人機であり、その上下には小型自爆ドローンを多数搭載していた。
隠れた目標を特定したゲルベラは、搭載した自爆ドローンを次々と発射した。
ゲルベラ本体からの信号を受けた自爆ドローンは、塹壕、トーチカに隠れたメルニク大尉らウクライナ兵を四方八方から襲撃した。
「くそっ! ここは駄目だ、撤退するぞ!」
しかし、逃げ出した彼らの先には、音もなく接近したロシアのヴォルク部隊の精鋭が待ち構えていた。
彼らウクライナ兵は、ナパーム弾と火炎放射機による炎の壁で退路を断たれた。
「くっ……。ここまでか……!?」 メルニク大尉はうめき声を上げる。
炎の壁の向こうに、妻のナタリアと娘のアンナの顔が浮かびあがった……。
「あきらめるなっ!」
気合のこもった声とともに、炎の壁は突然、衝撃波によって両断された。
「うなれ! アメノムラクモ(草薙の剣)!」
ヤマトタケルの草薙の剣は包囲する炎の壁をソニックブームで薙ぎ払い、ロシア兵に向かって送り返す。ナパームの炎を切り裂く怪物に恐慌をきたしたロシア兵は後退していった。
「き、君は一体……?」
突如戦場に現れた、女性と見紛うほど整った顔立ちの東洋人の青年に、メルニク大尉は呆然とした。神話の一ページから抜け出してきたかのような、古代日本の白い戦装束を纏って剣を構えたその姿は、現代の戦場においてあまりにも現実離れしていた。
「私は非公式部隊ADFのヤマトタケル。後ろの彼は我々の指揮を執っている――」
「ジョシュア・アッカーマンだ」
二本のレールの下部に長大なレーザーサイトと冷却タンクを組み合わせた、奇妙な形の銃を構えた兵士が歩み出てきた。
「ADF? 知らない部隊だ……。我々の援軍、なのか? 狙いは一体、何だ?」
「君たちを家族のもとに帰すことだ。君たちを死なせないことが我々の使命……。この戦場を私たちに預けて欲しい」
「な、なんだと……! 何を言っている!? そんな少数で何ができると言うのだ!」
「それはこれから見せよう……」
向かってくるロシア兵たちに一人、歩み出るジョシュア。
「ばかなっ! 死ぬぞ!」
「駄目っ! ジョシュアおじさんは人を撃てないのよ!」
悲痛な叫びをあげるフィーナに、サイモンは落ち着かせるように話しかける。
「心配はいらねぇよ。あの銃は『ゼウスの雷霆』。出力は自由に調整できるようにしてある。最小出力なら人は死なねぇ。まぁ見てなよ、フィーナさん!」
ジョシュアは銃撃の殺気に反応し、引き金を引かれる瞬間に反射的に回避すると同時に、ケラウノスの銃口を殺気のもとへ向ける。
敵兵士と銃口を紫外線レーザーが結ぶと、空中の大気がイオン化してプラズマ・チャネルとなり、青白い雷光が放たれて兵士は気絶して倒れた。
その間わずか0.5秒。ジョシュアを狙った兵士は、殺気に反応してカウンターを繰り出すジョシュアのケラウノスで、次々と気絶して倒れていくのだった。
ゲルベラから放たれた自爆ドローンが接近してくると、ジョシュアはセレクターを破壊モードに変えた。
「落ちろ……!」
ドォンという轟音とともに銃口から放たれたまばゆい雷は、夜の闇を真昼のように照らした。それはまさに「ゼウスの雷霆」だった。
自爆ドローンは電装系を焼き切られ、榴弾の火薬に点火して木っ端みじんになった。
冷却剤の蒸気を漂わせるケラウノスの銃口から放たれる紫外線レーザーは「ジジッ」と不気味な音を立てて残りの兵をロックオンする。
「撤退するならば撃たん。去るがいい……」
兵士たちは、雷を自在に操るゼウスに睨まれた非力な人間のように、蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだった。
メルニク大尉はジョシュアの驚異的な戦闘力に感嘆していた。
「これで分かってもらえたか?」
「しかし……他の戦場は?」
「私の部隊が展開している。これを見るといい」
ジョシュアが携帯端末を操作すると、戦場全体の詳細な立体映像の中に兵士一人一人の動きが表示され、メルニク大尉は絶句する。
「戦場が丸裸に――! 君たちは一体――?」
「驚くのも無理はない。これは私の仲間の力だ。この青いマーカーがADFの戦士だ」
「な、なんだ? この速さは!? 人間なのか?」
ADFの戦士、クー・フーリンは光の神ルーの息子であり、高機動戦闘に特化していた。
漆黒の闇の中でも、視界に投影される立体映像を頼りに時速数十キロで、入り組んだ森を駆け抜けるクー・フーリン。
意志を持った疾風のような影が密林を駆け抜けた直後、ヴォルク部隊の猛者たちは身動きひとつ取れなくなっていた。
クー・フーリンの魔槍ゲイ・ボルグから放たれる無数の分子硬化ワイヤー・スピアが、武器と兵士を地面に固定したためであった。
ジョシュアたちの見守るモニター上では、異常な速度で疾走したエリア上のロシア兵士に全員に「CONSTRAINED(拘束済)」の表示がついていた。
「い、いかん! ゲルベラの飽和攻撃が来たぞ!」
メルニク大尉は警告する。
「ペルセウス! ギルガメッシュ! ドローンは任せるぞ!」
ジョシュアの指令に、空中戦を得意とするペルセウスはゲルベラに向かって駆け出す。
彼の有翼のブーツ、ヘルメス神の「タラリア」は超伝導の青い火花を散らし、地面効果で地を滑るように滑走し、ゲルベラに向かって十数メートルのジャンプをした。
彼のマントが魔鳥の如く闇の空に広がり翻って、電磁誘導で翼となり滑空する。
ゲルベラからばら撒かれる無数の自爆ドローンに、ペルセウスはメデューサの首が刻まれた盾「アイギス」を掲げる。
「落ちろっ!」
ペルセウスの掛け声とともにメデューサの目が光ると、ドローンは制御を失い石化したかのように落下していく。アイギスから放たれる強力なEMPによって電子回路が麻痺したためだった。
斧と剣を背負ったメソポタミアの伝説の王、巨漢のギルガメッシュは迫り来るゲルベラの進路に立ちはだかる。
「自爆ドローンか。なかなか面白い武器だ。もらい受けるぞ!」
彼が掌を向けると、操作を奪われた自爆ドローンは彼の意のままに動き、巨大な斧のようなフォーメーションを空中に描いた。
「食らうがいい、王の一撃を!」
ギルガメッシュが振るったドローンの巨大な斧は、本体のゲルベラを叩き落とした。
ギルガメッシュの能力は武器の支配。あらゆる兵器の電子装置に干渉し己の武器とするのだった。
「な、なんという力だ――! これが君たちADFの力なのか……」
「ああ、最前線は我々に任せてくれればいい。我々はウクライナの市民全てを守るだけの兵力はない。市街地の防衛は君たちに任せたい」
「あ、ああ……。死ぬなよ、ジョシュア……」
メルニク大尉の部隊は後方へ帰っていったのだった。
メルニクが去るとジョシュアは背後を振り返る。
「待たせたな……。出てくるといい」
闇の森の中から音もなく歩み出た銀髪の兵士は、「ロシアの銀狼」イワノフ少佐だった。
「気づいていたか……。完全に気配を断っていたはずだが……」
「――ヴォルク部隊の指揮官か?」
「ああ――。私はミハイル・イワノフ少佐。ウクライナ軍を下がらせたな。お前たちの目的は何だ?」
「私は非公式部隊ADFの指揮官、ジョシュア・アッカーマンだ。この戦争を終わらせるために来た」
「ばかなことを――、とは言うまい。君たちの力は嫌というほど思い知らされたからな……」
精鋭のヴォルク部隊の多くは拘束され、最新兵器のゲルベラも全て破壊されていた。
後方のスミルノフ軍曹たちの部隊は全て昏睡していた。アキレウスの使うヘルメス神の「ケリュケイオンの杖」による共振性超音波のパルスで脳を揺らされたためであった。「キュネー」のステルス機能を使ってアキレウスは音もなく接近し、駆け抜けながらケリュケイオンを向けて全ての兵士を眠らせたのだった。
「この戦場は掌握した。撤退してはもらえないだろうか……?」
ジョシュアの提案に、イワノフはゆっくりと首を振る。
「この前線を維持するために、兵たちは命を賭してきた。ここで撤退することは、彼らがこれまで命がけで戦ってきたことも、犠牲になった兵たちの命も、無駄にすることになる……。ロシア軍人の誇りにかけて、撤退はできない!」
イワノフはノーモーションでアサルトライフルを向けジョシュアを撃つ。
銃撃に反応して回避と同時にケラウノスを撃ったジョシュアだったが、イワノフもまたその銃撃に反応して神速で回避をした。背後の枯れ木に雷撃が当たり燃え上がる。
モニターを見たゼクウは叫ぶ。
「――まずいぞ――。この戦い、ジョシュアに不利だ――!」
アーサーは二人の戦いを観察しながら呟く。
「腕は互角に見えるが……」
「ケラウノスは強力な反面、チャージのタイムラグがある。アサルトライフルはリロードしさえすればすぐに射撃可能だ。撃ちあいになったら勝ち目がねぇ!」
ケラウノスのコンデンサのケージが赤く光り、低い唸り音とともに再チャージが始まった。
「ここまでのようだな!」 イワノフはアサルトライフルの銃口をジョシュアに向けた。
「ジョシュア!」と、叫ぶゼクウ。
しかしその銃弾は、立ちふさがったヘラクレスのチタン合金の棍棒によって防がれていた。
「ジョシュアよ、指揮官が倒れられては困るな。私が替わろう!」
棍棒を手にライオンの毛皮を纏った神話の勇者の出現にも、イワノフは全く心を動かされなかった。戦場では敵であるか否かが全てであり、相手が誰であるかは関係なかった。イワノフの鉄の精神は神話の英雄の出現にも揺らぐことなく、ヘラクレスの顔面に銃弾を撃ち込む。
「おう、いい闘志だ!」
ヘラクレスは棍棒で銃弾を防ぐが、その隙をついて今度は心臓に銃弾を叩きこまれる。
しかし彼の纏った白いライオンの毛皮は、その銃弾を全て弾き返した。
「ふははは! どうだ? あらゆる武器を弾くネメアーの獅子の毛皮は!」
彼の毛皮にはダイラタンシー流体が染み込ませてあり、衝撃を受けると鋼鉄のように固くなる。特殊な表面の分子構造と、衝撃を反らす繊維構造により、銃弾を無効化したのだった。
「ゆくぞ!」と、棍棒を構えてヘラクレスは猛烈な勢いでタックルをかけた。
かわすべくバックステップをするイワノフだったが、突如、何もない空間にぶつかってその脚は止められた。キュネーで姿を消したテセウスが気配を消して背後で控えていたのだった。
テセウスの見えざる手がイワノフに伸びる。
「なんだと!?……ちっ!」
見えない敵の行動を本能的に察し、テセウスの腕を掴んで突進するヘラクレスに向かって投げ飛ばすイワノフ。テセウスはそのパワーを受け流されてヘラクレスに叩きつけられる。
「ぬぅっ、やるな! ――しかし、捕らえたぞ!」
イワノフは身動きが取れなくなっていた。テセウスの手の中から伸びるアリアドネ・クリューは、投げられた瞬間、イワノフの絡みついて全身を拘束していたのだった。
「くっ! トラップか!?」
「すまんな、勇敢な戦士よ!」ヘラクレスが棍棒で軽く叩く。
神話で彼が使った毒の棍棒のように、彼の棍棒が放つ超振動の浸透によって脳が揺らされ、イワノフの意識は途絶えたのだった。
局地戦を制したジョシュアとADFの英雄たち。しかしここで終わりではありません。彼らの戦いにとって、「戦争を終わらせること」こそが本当の勝利です。
リュウたち「タクティカルシールド(叡智の盾)」は奇策をもって敵の戦意を撃ち砕きますが、誇り高いロシア軍人のイワノフは起死回生の策をもって彼らに対抗します。勝つのはどちらか……「Phase.12 死闘」は、いつも通り20:40公開予定です!
<本日のイラスト>
アテナとADFの英雄たちの非公式イラストを投稿します。パワータイプのヘラクレス、立体機動戦闘のペルセウス、隠密戦闘にたけたテセウス、高機動タイプのクー・フーリン、格闘戦に特化したヤマトタケル。それぞれの能力は次回でも存分に発揮されます!




