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Phase.12 死闘 ~前半~

 ミハイル・イワノフ少佐とロシア兵たちは、ジョシュアらADFによって拘束されていた。


「なぜお前たちは敵を殺さない? それではいずれお前たちが死ぬぞ――」

 イワノフの言葉に、ジョシュアは静かに答える。

「失われた命を蘇らせる方法を私は知らん……。容易く殺せるはずがなかろう」


 武装解除された彼らの銃器を、ヘラクレスたちは粘土細工のように軽々と折り曲げて丸めていく――。それはさながらカートゥーンの漫画のような非現実的な光景で、ロシア兵たちは怯えた目で見ていた。


 マルコは山のような医薬品を背負って兵士たちの間を回り、負傷兵の治療に当たっていた。治療中の彼に反抗しようとしても、この巨漢の医師は素手で容易く制圧してしまうため、兵士たちはおとなしく治療を受けていた。


「うむ! これでとりあえず故郷までは帰れるだろう! 食料と水も渡しておく。気を付けて帰るのだぞ!」

「な、なんだと――? 捕虜にしないのか!?」

 イワノフの目が驚きで見開かれる。捕らわれた兵士は収容所で尋問されるのが戦場での常識だったからだ。

「うむ! 我らの軍師殿が手厚く帰してやれと言うのでな。元気がありあまって格闘の稽古をつけて欲しいというのなら相手になってやってもいいぞ!」

 マルコは腕を組んで豪快に笑うのだった。


 こうして捕らえられたロシア軍の7つの兵団はことごとく解放された。

 モニターを見ながらサイモンは呆れていた。

「おいおい! 何やってんだよ! 奴ら、また武器を補充して戻ってくるぞ! 戦争だってわかってんのかよ? 甘いんだよ、てめぇは!」


 怒るサイモンに、リュウは静かに答える。

「それでも構わない。これは戦意を折る戦いなんだ。これが最善手なのさ」

 リュウの言葉に、タクティカルシールド(叡智の盾)の諸葛亮が頷く。

「七縦七擒(しちしょうしっちん)の計です。7回捉えて7回逃がす――。最終目標が和平なら、これは非常に有効な戦略ですよ」

「全っ然、分からねぇな――! およそ合理的じゃねぇ。捉えて逃がさなけりゃ、その1回で終わりじゃあねぇか!」


 モニターを見ていたアーサーはつぶやく。

「いや、必ずしもそうとは言えないな――」

「ああ? どういうことだ?」

「今の解放で兵士たちの戦意の“色”が半減した。簡単に捕らえ余裕を見せて逃がしてくれる、こんな力量差がある相手とはもう戦いたくないとお前だって思うだろう?」


 フィーナは期待を込めた目でゼクウを見る。

「じゃあ、これで戦争は終わるの……?」

 ゼクウは残念そうに首を振る。

「そう簡単にはいかないな……。向こうには向こうの都合があるからな。それでも俺たちは戦闘を止め続けるだけさ。極力、誰も傷つけずにな……。できるか、リュウ?」

「ああ……。それが僕たちの仕事だ。任せてくれ!」



 イワノフは解放後に兵士たちをまとめてブリーフィングを行っていた。

「現在、武器の補給の申請をしている。届き次第、反撃に移るぞ。」

「少佐……。また、あの化け物のような連中と戦うのですか……」

 スミルノフ軍曹の声には怯えがあった。

「私に考えがある。あの会敵である程度、彼らの戦い方が分かった。私を信じてくれ、軍曹……」


 イワノフが部下を撤退させられないことには、理由があった。

泥沼化するこの戦争で、死を恐れてロシアに逃げ帰った兵士には、極めて重い罪が課せられていたからだった。

 逃げようとする兵士を逮捕する専門部隊「督戦隊」が後方に控えており、実際に逃げた部下たちが強制収容所に送られ刑に処されていたのだ。


「アリョーシャ、俺はもう、お前のような犠牲者を出さない……」イワノフは呟く。


 同郷の親友アリョーシャは、彼と共に祖国を守るため兵士になった男だった。アリョーシャは訓練では優秀だったが、戦場で人を撃つことをためらう致命的な欠点があった。

 死と隣り合わせの地獄の前線で、イワノフはアリョーシャに語った。

「アリョーシャ、お前は人が撃てない。ここにいても死ぬだけだ。俺にはお前をかばって戦う余裕はない。撤退しろ」

「しかし、イワノフ!」

「アンナが待っているのだろう。帰ってやれ……。アンナを泣かせるな」

 アンナは二人の幼馴染で、アリョーシャの婚約者だった。優しすぎるアリョーシャが戦場に出征するのを、彼女は最後まで心配していた。

 イワノフはアンナの優しい笑顔が哀しみに沈むのを見たくはなかったのだ。

「すまん……イワノフ!」 アリョーシャは涙を浮かべて別れを告げた。


 しかし、故郷に帰ったアリョーシャは、待ち構えていた督戦隊に捕らえられた。これ以上の敵前逃亡で前線が後退しない様に、アリョーシャは収容所で見せしめとして処刑されたのだった。

 イワノフは彼の死を知り、慟哭した。自分が彼を守りながら戦えれば、二人を引き裂くことはなかった……。その罪の意識が、彼を自ら死地に赴かせ、「ロシアの銀狼」と呼ばれるほどの鬼神の如き戦いに駆り立てた。

 作戦を成功させ部下を故郷へ帰すこと、それが今の彼の全てだった。



「少佐! 武器と弾薬の供給が途絶えています――」部下が報告する。

「モロゾフ大佐からの連絡は?」

「ありません……。我々は見捨てられたのでしょうか……」

 部下たちの間に不安が広がる。


 その頃、タクティカルシールドでは、黒田官兵衛がアテナに報告していた。

「補給部隊の車両への細工、届け先の偽情報の流布により、燃料と武器弾薬の供給を断ちました。孤立しているという自覚は、戦闘継続を困難にするでしょう」

 高松城の水攻めを考案した官兵衛の言葉に、アーサーもモニターを見て頷く。

「あの感情の色……彼らの戦意はさらに低下しているようだ。しかし、本体を手薄にして補給部隊を妨害に行っても大丈夫なのか?」


 実際に3Dマップでは、明らかに兵士の配置されていない広大な空白地帯があった。

 そこでは美しい青年のオルフェウスがただ一人、月光に照らされた荒野で、遠くから取り囲むロシア兵の大隊に鎮魂の竪琴を奏でていた。


「悲しいね……。この戦場ではあまりにも多くの命が黄泉の国へ逝ってしまった……。君たちもそう思うだろう……?」

 オルフェウスの悲しくも美しい竪琴の旋律が、月光に照らされた戦場に静かに響き渡る。


 哀しい旋律を聞いているうちに、スミルノフ軍曹の心には言いしれない不安がこみ上げてきた。風に揺らされた葉擦れの音が、この地で死んだ兵士たちの亡霊が嘆いているように彼には感じられた。


「た、隊長……。敵は一人しかいませんが、どうされますか……?」

 イワノフ少佐は慎重に戦場を観察し、退却のハンドサインを出す。

「いやな予感がする――。あからさますぎる。

奴らの神出鬼没なやり口は知っているだろう。囮だとしたら、踏み込んだとたん、取り囲まれてせん滅されるかもしれん。ここを抜けるのは得策ではないようだ……。別のルートを探すぞ」

 ロシア兵たちは、竪琴を奏でるオルフェウスを残して撤退をした。


「う、嘘でしょう? 何もしてないのに本当に一人で退却させちゃった……」

 霊呼は唖然としていた。

 リュウは静かに笑みを浮かべる。

「『空城の計』だ。あからさまな誘いは、最大のブラフになるのさ……」

 リュウの言葉に感心する霊呼。


 そこへサイモンが割り込む。

「それだけじゃないぜ! あのオルフェウスの竪琴は、人間の耳では聞こえない特定の超低周波音を出して人間の脳を共振させ、強烈な不安感・不快感を誘発することができるのさ。古い洋館の幽霊騒ぎの原因にもなってたりするやつだ。

歴戦の勇士がてめえの計略だけで撤退するかよ――。あんなもん、ただ空き家にしただけじゃねぇか!」

 手柄を取られまいと食ってかかるサイモンを、リュウは無視する。

 霊呼は苦笑しながら二人をなだめるのだった。

「まあまあ、二人の共同作戦ってことでいいんじゃない?」



 その後、イワノフ少佐はヴォルク部隊を率いて自ら補給部隊と接触し、ようやく待望の武器弾薬と依頼した兵器を入手していた。

「これで戦うことができるな――」

 武器の中から拳銃を取り出すと、突然、彼は森に向かって発砲した。


「うっ――!」 作戦室のアテナは突然、こめかみに手をあててうめいた。

「どうした、アテナ!?」 ゼクウは言う。

「私のフクロウ、グラウクスの一羽が撃たれました――。しばらくの間、戦場の通信が途切れます。気を付けて……!」


 イワノフは青白い火花をあげて落ちるフクロウを見ていた。

「そ、それは一体……?」 スミルノフ軍曹は驚きの声を上げる。

「我々の戦闘中、このフクロウは常に戦場にいた。激しい戦闘にも逃げ出さずにだ。おそらくはフクロウに偽装した偵察ドローンだろう。ADFは我々が武器を入手したことを知った。すぐに攻撃を仕掛けてくるだろう――。迎撃するぞ!」


 隠れ兜「キュネー」のスイッチを入れて、ステルス化して高速で突進するアキレウス。

 しかし彼は突如、足首を切断されて激しく転倒した。


「見えない敵か――。だが、来ると分かっていれば対処の方法はいくらでもある」

 イワノフは事前に極細のチタン合金の鋼線を、部隊の周囲に地上十数センチの高さで張り巡らせておいたのだった。


 トラップを見つける探査糸を張りながら進むテセウス、トラップのない空中を蹴って疾走するペルセウス、銃弾を弾く獅子の毛皮と棍棒でトラップを破壊しながら進むヘラクレス。


 しかしイワノフは慌てることなく、手元のボタンを押して命令を下した。

「全員、伏せろ!」

 その瞬間、周囲の空間は目もくらむほどの閃光、耳をつんざく轟音と衝撃波、三千度の炎に包まれ、ADFの英雄たちは吹き飛ばされた。それは、燃料気化爆弾だった。


「見えない敵が高速で突進してくるなら、どこにいるか判別できずとも、広域にわたって空間ごと吹き飛ばせばいい――。銃弾を弾き返す特殊装甲といえど、三千度の高熱と衝撃波は有効だろう……」


 イワノフの言う通り、ヘラクレスたちは黒焦げになりながら地面に転がっていた。

「うぐぐぐ……。ぬかったわ……」

 センサーに一時的な不調が生じ、よろめきながらどうにか棍棒を杖に立ち上がるヘラクレス。


「まだ立ち上がるか……。まさに神話の英雄だな。各自、兵器に搭乗せよ!」

 酸素マスク越しにイワノフは部下に命じる。

 迫りくる戦車と戦闘ヘリにギルガメッシュは手を掲げて兵器の操作を奪おうとした。しかし、兵器の動作には何の影響もなかった。


「ば、ばかな!? 王の力が通じぬ!」

 戦車の榴弾が至近距離に着弾し、ギルガメッシュは吹き飛ばされる。

「やはりハッキングをしかけてきたか――。だが効かん! この戦車もヘリも電子戦装備など搭載してはいないのだからな」

 それは数十年前の骨董品ともいえる戦車、戦闘ヘリだった。歯車と内燃機関で動く前時代的な兵器の前に、ギルガメッシュのハッキング能力は無力だったのだ。


 侵攻するヴォルク部隊にジョシュアのケラウノスが雷光を放つ。しかしその電撃はゴムの外套の上に電線を地面まで垂らして歩くギリースーツによって、全て電流を地面に逃がされ防がれた。

「その銃の対策はさせてもらった。非殺傷のスタン銃の性能があだになったな――!」 イワノフは告げるのだった。


 新たなグラウクスは銃弾の届かない高空を旋回しながら戦場を俯瞰していた。

 彼の青白い炎のように燃え盛る闘志の色を見ながら、アーサーはうめいた。

「ミハイル・イワノフ少佐――。これほどの男とは――!」


「英雄たちがやられちゃったヨ! どうするのヨ!?」 ラジャンも叫ぶ。

 サイモンは片手をあげてラジャンを制し、眼を細めて不敵に笑う。

「あわてんじゃねぇ、ラジャン! 俺の作ったメカがこんなことで敗北すると思うか? 奥の手ってやつを見せてやるよ、くくく……」

 サイモンはモニターの英雄たちに向かって叫ぶ。


「『ネクタル』の使用を許可する。奴らをぶっ飛ばせ!」


 サイモンの指令を受けて、英雄たちは腰につけていた水筒の中の液体窒素を一気に飲み干す。

 液体窒素が専用の冷却回路に流れ込むと、全身のアクチュエータとモーターは極低温に冷却されて超伝導化し、英雄たちの全身に青白いスパークが走った。麻痺していた全身の姿勢制御回路も、リミッターの解除に対応した専用の超伝導モードに切り替わり、ヘラクレス達の体は再起動の唸り音を立てて力強く立ち上がった。


「うむ! さすが神々の神酒、生き返ったわ!」

 通常モードの数倍の反応速度と十数倍のパワーを得たヘラクレスの棍棒は、飛来する戦車の砲弾の横腹を叩き、空中にはね上げると天空で爆発させた。

 爆風でヘラクレスを見失った戦車兵の頭上から、ヘラクレスの雄たけびが轟く。

「くらえ、蛇毒波動(ヴェノム・バイブレーション)!」

 跳躍したヘラクレスの棍棒が戦車の上部装甲に叩きつけられ、キィィンという耳をつんざく高音が響き渡る。

 全身の超伝導アクチュエータから生み出される凄まじい超振動で、戦車の輪郭はぼやける。兵器内のネジや歯車がはじけ飛んで破壊され、脳を激しくゆすられた兵士は気絶した。それはまるで棍棒に塗ったヒュドラの猛毒が、戦車に浸透したかのような光景だった。


 動かなくなった戦車の上に乗ったペルセウスが脚に力を籠めると、有翼ブーツの放熱フィンが赤く輝き、戦闘ヘリに向かって十数mの跳躍をする。

「ふんっ! 化け物め! ここまでは届くわけが――な、何っ!?」

 ジャンプの頂点でペルセウスのタラリアから青白い火花が散ると、彼は再びドン!と空中を蹴って跳躍していた。


「空中を蹴ってジャンプしてるの!?」

 驚く霊呼に、サイモンは得意げに解説する。

「ブーツに内蔵された電磁石が超電導で強大な磁場を形成し、戦車に発生させた磁場との間で生じた量子ピン止め効果によって、ソールを空中固定してるのさ!」

 ドン!という轟音とともに次々と見えない足場を蹴って上昇したペルセウスは、ヘリのコクピットの風防を叩き割った。そして強引にパイロットを掴み上げヘリから連れ出した。

 パイロットのいなくなったヘリはふらふらと飛んで墜落し、爆炎を上げたのだった。


 地上の兵士たちへは、ヤマトタケルが突進していた。その動きは人知を超えており、彼の姿は数体に分身して見えるほどだった。

 一瞬で複数の兵士を峰うちで昏倒させたヤマトタケルは、イワノフに迫る。

 イワノフはアサルトライフルの斉射で分身するヤマトタケルの進路を狭めた。弾倉が空になった瞬間、本体を特定した彼は銃を捨ててコンバットナイフを一瞬で構える。


「そこだっ!」

 彼のナイフは敵の頸部を正確に貫いた。ヤマトタケルの動きが止まる。


 だが、次の瞬間、その姿は溶け崩れて消滅した。

「な、なんだと!?」


「神器、八咫鏡(やたのかがみ)……」


 ヤマトタケルは背後に立っていた。皮膚のナノスキンを量子ピン止め効果で一瞬、空中に残してヤマトタケルは背後に回ったのだった。

「うなれ、アメノムラクモ!」

「ぬうっ!」

 ヤマトタケルの神剣をかろうじてナイフで受け止めたイワノフ。

 しかし、至近距離で放たれた剣の衝撃波は防ぎきれず、彼を吹き飛ばして昏倒させたのだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます! ウクライナの戦いもいよいよ佳境です。

サイモンの切り札で勝利したADFですが、彼らに迫る新たな試練はとても残酷なものでした。

人を人とも思わないモロゾフに対して、リュウはサングラスを外します。

「俺を、怒らせたな……!」

次回「Phase.12 死闘 ~後半~ 」ヴォルク部隊との最後の決着の行方は!?

よろしければブックマークしてお待ちいただけたら、とても嬉しいです!

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