Phase.9 クァンタムズの戦い~後編~
サイモン・テスラの研究所は、クロアチアの郊外にあった。ゼクウは仲間たちとともにそこへ向かっていた。彼の肩には小さな天使の人形が腰かけていた。
「それはラファエルの人形? 可愛いわね!」
霊呼の問いに人形は振り向いて答える。
「ゼクウだけに行かせるのは心配ですからね……。私も同行することにしました」
「しゃ、しゃべったぁ~!?」
驚いてのけぞる霊呼に、ゼクウは笑って答える。
「これはラファエルとつながっているフィジカルAI、“お出かけラファエル(モバイル・ラファエル)さ。常時接続の携帯電話みたいなものさ。これで現実世界でも一緒に行動できるってわけさ!」
ラファエルはゼクウの周りを自在に飛びながら忠告する。
「ゼクウ、くれぐれも相手の機嫌を損ねてはいけませんよ……」
ラファエルの言葉にリュウも頷く。
「劉備玄徳の『三顧の礼』は知っているか、ゼクウ? 賢人を迎え入れるには礼と忍耐が必要だ。強引に勧誘するのではなく、頭を下げ、礼をつくして……」
ゼクウはリュウの言葉をわかった、わかった、と遮って言う。
「ああ、よく知ってるぜ! 孔明が折れて勧誘に応じるまで、あきらめずにひたすらしつこく食い下がれって話だろ?まあ任せておけって!」
「やれやれ、本当に分かっているのか……?」 リュウは首を振るのだった。
サイモンの研究所は、外から見るとジャンクヤードにしか見えない有様だった。開発中の用途も定かではない装置の数々が乱雑に放置された敷地は、マッドサイエンティストの研究所を彷彿とさせた。
呼び鈴を押すと、青いストレートの髪、完璧なプロポーションと整った美貌のメイドが出てきた。
「どなた様でしょうか?」
「俺はクァンタムズのゼクウ! あんたのご主人に会いに来た。あんたは彼の身内かい?」
「私は当家のメイド、アイです。どなたかは存じませんが、ご主人様はアポのない方とはお会いになりません」
冷ややかな返答に、霊呼はフィーナに耳打ちする。
「なんか、すごく綺麗だけど冷たい感じのする娘ね……」
一方、ゼクウはアイを観察した後、しきりに感心して肩のラファエルに話しかけていた。
「やるな……。さすがは『サイエンス・デーモン』と言われるだけのことはあるな……」
「ええ……。見事な技術ですね……」
「ちょ、ちょっと、何のことを言ってるの?」
首をかしげる霊呼に、ゼクウはどう見ても人間にしか見えないメイドを指して言う。
「コレ、人間じゃないぜ? フィジカルAIさ。電磁誘導で表情筋や肌の弾力、質感まで人間と同様に再現できるナノ・スキンを使っているんだろう――」
「ご紹介いただき痛み入りますが、私のことは結構です……。お引き取り願えませんか?」
「ところがそうはいかねぇんだ。次のアポはいつとれる?」
「ご主人様はお忙しいので、面会可能なのは半年後かと……」
ゼクウは顔をしかめて首を振った。
「話にならねぇな……。ここまで来て話もせずに帰れるかってんだ!」
アイの説得をあきらめて、ゼクウはドアノブに携帯端末をかざしてインプットを始める。すぐに電子錠が外れる音がした。
「ぜ、ゼクウ!? あなた、またハッキングを!?」
慌てるラファエルを歯牙にもかけず、ゼクウは友人の家に上がり込むかのような気安さでドアを開け、声をかける。
「俺はクァンタムズのゼクウだ。サイモン、いるんだろ! ちょっくらお邪魔するぜ!」
「三顧の礼……。やはり分かっていなかったか……」
リュウはやれやれとかぶりを振った。
どやどやと上がり込んできたゼクウ達を見て、緑の逆立つオールバックの髪に分厚い眼鏡をかけた白衣の科学者、サイモン・テスラは椅子からずり落ちそうになった。
「な、なんだ、お前ら!? おい!アイ(AI)! こいつらを早く追い出せ!」
「私はあなたの身の回りのお世話をするメイドです。警備員としての役割は承っておりません」
アイは冷ややかに返事をする。
「くそっ! 思考ルーチンをもっと柔軟にしておくべきだったか! おい、お前たち、勝手にその辺のものを触るな!」
目を見張るばかりの様々な技術的産物の模型、構想段階のアイデアが壁面に貼られていて、ゼクウとラジャンはここへ来た目的も忘れて興奮して見て回っていた。
「常温超電導の理論がここまで構築されているとはな……。こいつを量子コンピュータに応用したら、すごい技術革新が起きるぜ!」
「見てよコレ! 電磁誘導で長いカーボンナノチューブを生成して、メガフロートを建設して、軌道エレベータを作る設計図だヨ! 凄いよコレ! 構造計算は完璧だネ!」
自身の発明に驚嘆して手放しで称賛しまくる二人に、サイモンは気分がよくなってきた。
「おお、この素晴らしさが分かるか! 技術革新というのはドミノ倒しなんだぜ! 常温超電導が実用化し、常温核融合まで実現すれば、エネルギー問題は解決だ。
さらにカーボンナノチューブで軌道エレベータができれば、核パルスエンジン搭載の宇宙船で他惑星や衛星、小惑星帯からの資源調達が可能になり、一層、技術は進む――。すげぇ面白えだろ!」
「おお! 分かるぜ! これが全部完成したらとんでもない未来が来るってな!」
サイモンの言葉に、ゼクウもラジャンも興奮する。
「やれやれ、また技術オタクが増えちゃったよ……」 霊呼は天を仰いでため息をつく。
「ゼクウ、科学談義もいいが、来訪の目的はそうじゃないだろう?」
アーサーに指摘されてゼクウは我に返る。
「ああ、そうだったな! 単刀直入に言うぜ、サイモン。俺たちのクァンタムズに入ってくれ!」
「ああ?クァンタムズだって?」
ゼクウ達はクァンタムズが核の脅威なき世界を目指していること、そのためウクライナの戦争を止めようとしており、サイモンの力が必要であることを説明した。
「はぁ……? なんだそりゃ? 世界の平和のために戦うクァンタムズってかぁ? ヒーローユニットのつもりかよ? 下らねぇ……。興味ねぇなあ……」
サイモンは呆れた声で失笑し、かぶりを振る。
「どういう意味だ?」
サイモンの言葉にアーサーは、怒りのにじむ声をかける。
「じゃあ聞くが、それが俺にとって何の得がある? 人間なんて何度止めても勝手に争いをはじめるもんだ。ウクライナの戦争だって、国内の親ロシア派と反ロシア派の対立が続いていたところに、ここぞとばかりにロシアが介入しただけだろうが――。なんで俺が助ける義理があるってんだよ?」
「それは……」
「単なる自己満足にゃ付き合えねぇな。大体、凡人どもは俺が何か発明するたびに、やれ研究倫理がどうとか、技術の危険性がどうとか、下らねぇ理由で俺の足を引っ張りやがる……。てめえらだって思い当たることはあるだろうが?」
「うっ……」
一同はランページにより弾圧を受けたことを思い出して口をつぐむ。
「だから俺は、俺の技術を最も高く買ってくれるやつにつく。研究には資金が不可欠だからな」
「国家や企業、お前の技術はたしかに引っ張りだこだろうな……」ゼクウは言う。
「そういうこった。俺はなぁ、今が面白ければ、世界の連中が何をしようと、どうでもいいんだよ!」
サイモンは舌を出し、メガネの上から一同をにらみつけて嘲笑する。
リュウは低い声で問いかける。
「お前のその技術が兵器開発に使われ、人を傷つけることになっても、か……?」
その言葉が癇に障ったサイモンは彼を睨む。
「だから『女神様、助けて~っ!』ってかぁ? およそ科学的なアプローチじゃあねぇなあ~。お前、ココは大丈夫かよ? あぁん?」
自分の頭をつつきながらリュウを挑発するサイモン。
「なんだと……。貴様……」
ゆらりと立ち上がってサングラスに手をかけるリュウ。
「ま、待ったあ~っ! 二人とも! ちょ~っとだけ落ち着こうか? リュウもいったん深呼吸しようか――。ねっ?」
あわてて仲裁に入る霊呼。
「それにしても、あんたもあの言い方はないんじゃない!?」
霊呼はサイモンに詰め寄る。どアップになった霊呼に、サイモンは真っ赤になって顔を逸らす。
(ははぁ~ん、コイツ、研究オタクで、実は女の子とろくに話したことがないんじゃ……)
「お願い、私たちにはあなただけが頼りなの……。話だけでも聞いて下さらない?」
霊呼は上目遣いに懇願する。
「わ、分かった……。話だけなら……聞いてやるよ。それが、君の望みなら……」
サイモンは耳まで赤くなって頷くのだった。
「サイモン、お前がこれらの技術を実現させたいなら、俺たちの仲間になった方がいいと思うぜ?」
ゼクウは常温超電導や軌道エレベータの設計図を指さしながらサイモンに言う。
「ああ!? そりゃあどういう意味だ? 俺には出来ねぇってのか!?」
「今のままじゃあ無理、だな――」
「なんだと!?」
「常温超電導には各国の特産品の特殊なレアメタルが必要だろう? だが、今の国際情勢では国境を越えて自由にそれらを手に入れることが出来ねぇ……」
「ぐっ……。それは……」
「それにこの軌道エレベータ、建設可能なのは赤道上の特定地点に限られる。マルコ兄、これを作れると思うか?」
「うむ、インド洋、ガラパゴス諸島の西、アフリカの西の大西洋上に限られるが、必ずどこかのEEZ(排他的経済水域)に干渉するな。公海上の航路にも影響する。どこかの国が単独で建設を強行すれば、軌道エレベータの利用権でスエズ運河と同じ争いが勃発する可能性がある。これだけの建造物だ。攻撃されたらひとたまりもないぞ!」
「と、いうことだ――。UE主導のもとに国際協力が可能になってはじめて軌道エレベータは建設できるんだよ――」
ゼクウの言葉に心が揺らぐサイモン。
(こいつらの青臭い理想論に興味はねぇが、世界を巻き込んでより自由な研究をするために、こいつらを利用するってのはアリかもしれねぇな……)
その時、サイモンの家の電話が鳴った。
モニターに有名な軍事企業の名前が表示されていた。
「サイモン・テスラ様。わが社との独占契約、話を進めさせていただくためにお電話さしあげました」
担当重役の電話を受けるサイモンに対し、フィーナはすがるような目で彼を見ていた。
(か、可愛い……!)
その切なくひたむきな願いを映す美貌に、サイモンは眩暈を感じた。
「さ、サイモン・テスラ様?」 重役は、上の空のサイモンに声をかける。
「――あ、ああ、契約の話か……。そのことだが……。やっぱヤメだ――!」
しれっとサイモンは言う。
「な、なんですと!?」
「あんた達よりもっと面白い連中を見つけちまったんだ。わりぃな!」
「なっ!?」
サイモンは舌を出してニヤリと笑い、一方的に電話を切った。
「サイモンさん!」 フィーナの顔が喜びに輝く。
「ふっ……。ああ……。君の願いを叶えるために力を貸してやるぜ。それが君を笑顔にするなら……」
サイモンは耳まで真っ赤になりながら、精いっぱい気取った声を出す。
フィーナは嬉しさのあまりゼクウの手を握って言う。
「サイモンさんが分かってくれたわ! 説得してくれてありがとう、ゼクウ!」
ゼクウに抱き着きかねない勢いで喜びを見せるフィーナを見て、愕然としてサイモンのメガネがずり落ちる。霊呼は苦笑しながら「ドンマイ!」と声をかけるのだった。
クァンタムズに新キャラ参入です。
理想を諦めないクァンタムズの面子のなかでも、サイモンは皮肉屋のリアリストという珍しいキャラですね。自己中な彼ですが、何ものにも縛られない自由人なので型破りな発明ができるのでしょう。
次回、3つの盾による攻防を描いた「Phase.10 ウクライナ戦線」で、新メンバーのサイモンの力をぜひご覧ください。明日の20:40にいつものように公開です!
<本日のイラスト>
科学の悪魔と言われる天才科学者、「サイモン・テスラ」と、彼の作ったクールな人造メイド「アイ」のイラストです。
追伸
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