Phase.8 破滅へのカウントダウン ~後半~
それから2週間後、クァンタムズの一行はニューヨークの国連本部にいた。
国連事務総長の執務室で厳しい表情で指示を出していた、恰幅のいい六十代の黒人女性——ジェシカ・コールマンは、ノックとともに入ってきたフィーナを見て破顔した。
「ジェシカおばさん!」
「フィーナ! フィーナちゃんじゃないか! よく来てくれたねぇ!」
ジェシカの丸々とした太い腕に抱きしめられて、ちょっと困った笑顔をするフィーナ。
「まさか、国連事務総長と知り合いだったとは――」
驚くアーサーに、ゼクウが耳打ちする。
「ガザの人道支援キャンプで出会ったんだ。危険な砂漠を越えて避難民を送り届け、ジョシュアの心を救い、ガザの停戦に貢献したフィーナに、あの人が完全に惚れ込んじまってな」
「国連内で『グレート・グランマ』と畏怖される女傑も、フィーナの前では形無しというわけか」
「おや、ゼクウ! あんたも居たのかい! 活躍は聞いてるよ、あんたもまぁ、すっかりいい男になったねぇ!」
ジェシカは豪快に笑いながら、ミットのような手でゼクウの背中をバンバンと叩く。
「いてっ! いてぇよ、グランマ!」ゼクウは苦笑する。
「あんたたちも、まあお入り! クッキーでも食べるかい?」
「なんだか、大阪のオバちゃんみたいな人ね……」
山盛りのクッキーを出され、霊呼は思わず吹き出した。
「で、今日は改まって一体どうしたんだい?」
ぼりぼりとクッキーを頬張りながらジェシカはゼクウに尋ねる。
「実は、この計画を見て欲しいんだ」
ゼクウは、UEによる核の共同管理の計画を説明した。
ジェシカは顎に手を当て、打って変わって厳しく真剣な表情でゼクウ達を見つめる。
「ふぅん……筋は通ってるね。国境を越えて助け合い戦争をなくそうっていう動きは、国際連盟の頃から続く人類の夢だ。あたしら国連のメンバーだってその気持ちは同じだよ」
「じゃあ――!」
フィーナは目を輝かせるが、ジェシカは首を振る。
「だがね……。国連の常任理事国には拒否権があり、あいつらの言葉一つで決定は覆されちまう。ランページやロシアのプルシノフがどんな無茶をしようが、あたしら国連は非難決議しかできず、何の強制力も示せなかった。大国を甘く見るんじゃあないよ……」
ゼクウは身を乗り出してジェシカに迫る。
「だからUEではどんな国でも参加可能にして、拒否権は廃止し、全会一致ではなく2/3の合意で決定できるようにしようっていうのさ! 核の共同管理をしている超国家組織なら、その決議にも一定の重みと強制力は生じるだろう?」
ゼクウの言葉にジェシカは太い指を突き付ける。
「そこがもう一つの問題だ! 誰がその核の管理をするってんだい? もしUEのトップがアメリカ人だったら、ロシアが核の管理を任せると思うかい?」
ジェシカは一同を見渡す。
「大国が参加しない国際組織は概して無力なものさ。国際連盟も、アメリカが参加しなかったことをはじめ、さまざまな問題を抱えていた。理想だけでは世界は変えられないのさ……。神様でもなければ世界を公平に導くなんてのは……」
ジェシカの言葉をゼクウは遮る。
「グランマの口からそんな弱音は聞きたくねぇな! 神様が必要だってんなら呼び出せばいいじゃねぇか! まぁ、これをかけて一緒に来てくれ!」
ゼクウからヘッドセットを渡されて量子空間に渡ったジェシカは、ゼクウが案内する壮大な世界に言葉を失った。
天空にそびえるヴァルハラ宮にはオーディンやトールが鎮座し、オリンポス山にはゼウスやアポロン、日本の高天原には太陽神アマテラスが燦然と輝いている。
そこには、単なるデータとは思えない『神性』と圧倒的な存在感があった。
「一体全体……何の冗談だい、これは……」
「クァンタム・アジール(量子聖域)さ。グランマ、神様はどうやって生まれたか考えたことはあるかい?」
「そりゃあ……皆の信仰によって、『神』という概念が生じたんだろう?」
「ああ。神々は人々の信仰や文化の中で形づくられ、何千年にもわたって人々の生き方に影響を与えてきた。だろ、リュウ?」
ゼクウの言葉に彼は静かに頷く。
「そうだ。世界の神話には共通する原型が見られる。その神々は人々の集合的無意識のなかから降臨したとも言える。そして僕たちは、その神を定義した集合的無意識の過程をたどり、量子の世界から神々のあるべき姿を具現化したんだ」
霊呼の式神、十二天将が量子空間に実際に現出したことで、人の思いが量子空間の存在に影響を与える可能性を、彼らは実証してみせた。
そこで彼らは、神々もこの量子空間内では降臨できるのではないかと考えたのだった。
神は人々の理想から生み出され、人々に道を指し示す。
自分たちの集合無意識から生まれた上位存在と対面し、自分の信じた神と共に歩むことで困難な現実を克服できるよう、彼らはクァンタム・アジールを作ったのだった。
「なんだか壮大すぎる話でめまいがしてきたよ……。で、あんたたちはその神様を降臨させて何をしようってんだい?」
「さっきグランマが言ってたろ? 神様でもなければ核の管理など任せられないって。紹介するぜ、オリンポス十二神、女神アテナだ!」
オリンポス山から輝く兜と長い槍と盾を持ち、肩にフクロウを乗せた美しい女神が舞い降りてきた。
「私は都市の守護を司る戦いの女神アテナ……。我が名に懸けて、私を頼るすべての者たちを等しく守護することを誓いましょう」
魂を揺さぶる深く清らかな声。数千年にわたり人々の心の拠り所であった「神」の言葉には、抗いがたい絶対的な説得力があった。
現実世界に戻ってきたジェシカは、興奮を抑えきれない声で呟く。
「まさか、本当に神様を呼び出したとはねぇ……」
リュウは語る。
「ああ。あれが僕たちが神話から再構成した、アテナという概念の具現化だ」
「人々を分け隔てなく見守り、俺たちの平和への願いを聞き届けてくれる存在として、お出まし願ったってわけさ!」
ゼクウの言葉にジェシカは腕を組んで頷く。
「なるほど、良く分かったよ……。絶対中立の正義を司る存在に核の管理を任せるって意味がね。少なくとも、あんたたちの考えるアテナなら、敵を先制攻撃するために核を使うことはないんだろうさ……」
「ジェシカおばさん!」
「だけどね、それと大国を引き入れることが出来るかってのは話が別だ。あんた達がその途方もない理想を叶えたいのなら、あんた達はその『力』を示さなくちゃならない」
ジェシカは過去を振り返って語る。
「ランページのやつは好きになれなかったけど、あいつのいう事には一理あった。力を示さなければ結局、人はついてこないのさ……。あんた達にそれができるかい?」
「ああ、もちろんだ! 手始めにウクライナの戦争を止めて、俺たちと女神アテナの力を見せてやるぜ!」
「ほほぅ! 大きく出たね!」
ジェシカの唇が、ニヤリと吊り上がった。
(ゼクウの目……嘘を言っていない目だね。あたしはこの仕事で、政治家の嘘をいくつも見てきた。だから分かる。あの目は、命を懸けてでも約束を果たそうとする男の目だ。)
「やってみな! あんた達の活躍、見届けさせてもらうよ!」
「ああ、任せてくれ!」
ゼクウは不敵に笑い、大きく頷いたのだった。




