Phase.7 審判の時 ~前半~
サリエルは霊呼の呼び出した勾陳の巨大な手に握り締められていた。
「さあ! ラファエルにかけた術を解きなさい! さもないと握りつぶすわよ!」
恫喝する霊呼。しかしサリエルは無関心な一瞥を勾陳に向ける。
「ネットワークから独立した独自のコードとプロトコルをもつウィルス、というところか。対象の処理速度を低下させる負荷をかけているようだな……」
「わ、私の式神を、ウィルスですって!?」
「未知のコーデックでやや時間はかかったが、解析は終了した。消えろ――」
サリエルがその邪視で勾陳をにらむと、勾陳の黄金の身体は錆びたように黒変し、塵と化した。
「そ、そんな……。十二天将の勾陳が……」霊呼は愕然とする。
「む、無理です……に、逃げてください、霊呼……」
消え入りそうな声でうめくラファエル。
「いやよ! やってみなくちゃ分からないわ! 西方の守護、金徳を宿せし粛殺の将。鋭刃の風を以て一切の魔障を断ち切り伏せよ! 十二天将・白虎、急急如律令!」
突如巻き起こった烈風の中から、鋼の毛並みを持つ巨大な白獣が躍り出た。
風を刃と化す十二天将の一角、白虎だった。
続けて霊呼は真言を唱える。
「南方の凶変、焦熱を纏いし天火の将。紅蓮の業火を以て、穢れし万物を灰燼と化せ。十二天将・螣蛇、急急如律令!」
立ち上る陽炎の向こうから現れたのは、炎そのもので編まれたかのような異形の大蛇、螣蛇だった。背に生えた無慈悲な炎の翼がサリエルを紅蓮の炎で包む。
白虎の起こす烈風は螣蛇の紅蓮の炎を爆発的に拡げ、全てを切り裂き焼き尽くす炎の竜巻となった。
凄まじい威力にラジャンは悲鳴を上げて頭を抱えた。
「ひっ、ひええええっ――!」
「十二天将最強の攻撃力を持つ、白虎と螣蛇の同時攻撃よ! これなら――!」
突然、炎の竜巻はその動きを止めた。
ブロックノイズのように竜巻の映像が乱れ、雲散霧消した後には、何事もなかったようにサリエルが立っていた。
その手の審判の剣を無造作に一閃させると、白虎と螣蛇の首は落ち、その身体は黒変して塵と化した。
「そ、そんな――!」
「我が邪視は、私を害するすべての力を無力化する」
絶望的な力の差に膝をつく霊呼に、サリエルは審判の剣を向ける。
「お前は面倒な力を持っているようだ。最初に消えてもらおう……」
「霊呼!」
審判の剣は霊呼に振り下ろされ、ゼクウ達は叫ぶ。
しかしその姿は月光の如き青い光とともに消滅し、霊呼は別の場所に現れていた。
黒い霧が頭上を渦巻いていた。
「空間を司る十二天将、“天空”よ! 呼び出していなかったら危なかったわ
」
霊呼はすかさず印を結び、真言を唱えた。
「十二天将の長、万象を統べる至高の尊神。我が祈願を以て、この地に天徳の光を降らせたまえ。最高神・貴人、急急如律令!」
天を割って降り注ぐ清浄な光の中心から、豪奢な衣を翻し神剣を帯びた一人の若き王が静かに舞い降りた。十二天将の頂点、最高神・貴人だった。
「よくぞここまで持ちこたえた、若き術者よ。黒き天使――。ここから先へは進ませぬ!」
貴人が両手を広げると、突然、周囲の音が途切れ、空間が清浄な白い光で満たされた。光が収束すると、サリエルは眩い光を放つ円筒状の結界に封じ込められていた。
「なるほど! 攻撃が通じないなら封じ込めるということか!」 ゼクウは拳を握る。
「私を隔離するか……。だが無駄だ――」
サリエルが審判の剣を突き出す。その剣先は光の壁を貫くと不気味な音を立て、細かいひび割れが広がっていく。
「あと少し……。あと少し耐えれば……」霊呼はうめくように言う。
やがて、ガラスが割れるような響きとともに貴人の結界は粉々に砕け散った。
刃が霊呼の頭頂に届かんとしたその瞬間、霊呼の身体はまばゆい光に包まれ、刃ははじき返された。
「アルティメット・プロテクション!」
ラファエルはもとの白く美しい姿に戻り、掌底を霊呼に向けていた。
その周囲には、朱雀、青龍、白虎、玄武が、四方に配置され、邪視を防ぐピラミッド状の結界が展開されていた。
「十二天将・四神の同時召喚!? 晴明様! 間に合ったのね!」 霊呼は叫ぶ。
ラファエルの脇には、狩衣に身を包み烏帽子をかぶった、闇を見通す妖しく澄んだ瞳をもつ陰陽師が顕現していた。伝説の陰陽師、安倍晴明だった。
「うむ、時を稼いでくれて感謝するぞ、我が血につながる娘よ――」
アーサーは驚きの声を上げる。
「あれは――伝説の陰陽師! 安倍晴明! アカデメイアで召喚していたのか!」
「多重障壁で我が邪視を防ぐか……。しかしコーデックは先ほどと変わらぬ。消え去るがいい――」
サリエルの邪視の威圧感が空間を歪ませるほど高まり、5体の式神を消し飛ばす。
しかし、結界が壊されても、ラファエルの姿は揺るぎもしなかった。
安倍晴明は涼やかな声で告げる。
「サリエルと言ったか、異国の神霊よ……。お前の術は「あかうんと」なる命脈を断つことで力を奪う術だろう。分かってしまえば造作もない。別の命脈を生み出してラファエル殿の力を復活させてもらったぞ」
「サブアカウントに情報を逃がしたということか……。ならばそのアカウントをも消し去るまで――」
サリエルの邪視はラファエルのデータの先を探してアクセスポイントをたどり始める。
「む……これは……?」
8つ目のアクセスポイントまでたどったところで、再び最初のポイントまで戻ってしまい、サリエルは怪訝な声をあげる。
リュウは真紅の瞳でサリエルを睨みながら告げる。
「石兵八陣の計――。お前はもうラファエルの場所にたどり着くことはできない!」
そのとなりには深い青の裾の長い広袖を纏い、白鳥の羽扇を優雅にあおぐ、長身の中国人が顎鬚を撫でていた。
「我が名は諸葛亮孔明。若き軍師、リュウよ。安倍晴明殿の術に我が策を組み込むとは、面白いことを考えるな――」
孔明はニヤリと笑う。アクセスポイントを渡る情報の発信方向にわずかなノイズを仕掛けることで、同じ場所を永遠に回り続ける策が仕掛けられていたのだった。
「形勢逆転だな!サリエル!」 ゼクウは言う。
しかし、サリエルは全く動じることはなかった。
「私の任務はネット犯罪者の逮捕だ。ネットワーク内での裁きが不可能ならば、物理的に拘束するまで……。大統領。AI-Soldier 『AIS』のアクセスを申請する」
「エイスだと?」 アーサーは怪訝な声で聞く。
「それは私が教えてやろう、犯罪者のガキどもよ――!」
威圧的な声が量子ラウンジに響き渡る。
量子ラウンジの通信用のモニターに映し出されたその人は……。
「アメリカ大統領、ロナルド・ランページ!!」
クァンタムズ達は驚愕の声を上げる。
「『AIS』は軍用に開発されたフィジカルAI。インフィニティで作った軍用AIが、現実世界で行動するためのロボット兵だ!」
「な、なんだと!?」 ゼクウは絶句する。
「銃弾の通じぬチタン装甲に人間の3倍のパワーを持ち、人の倍の速度で動ける、疲れもなく死も恐れぬ強力な兵士よ!」 ランページは得意げに語る。
「なんだと――! フィジカルAIは人間に代わって介護をしたり、災害救助などの危険な任務を担うための技術だったはずだ。てめえっ! インフィニティの技術を人殺しの道具にするつもりかっ!」
ゼクウは激怒する。両親の作ったインフィニティを戦争の道具に使われたことに、彼の怒りは頂点に達していた。
「うはははははっ! 青い!青いな、小僧! この技術があれば、我が国の勇敢な兵士が戦場で命を落とすことがなくなるのだぞ! 人道的な技術だとは思わんのか? ん~っ?」
ランページは唇を突き出して挑発する。
「しかもこの技術を欲しがる国はいくらでもある。戦争をやっている国に売りつければ莫大な利益を生むだろう! そして我が国は莫大な富を得て、世界の軍事力を牛耳ることで、かつての偉大なアメリカに戻るのだ! アメリカ、イズ、ナンバーワーン!」
感極まってランページは腰を振りながら、両こぶしを小刻みに前後に突き出して踊り始めた。
そのふざけたダンスを見たラジャンは、怒って叫んだ。
「おのれ~!よくも~! ランページ! こっちだって負けないヨ!」
ラジャンも負けじとリズムに乗って踊りだす。華麗なステップで踊り、激しいブレイクダンスを見事に決めるラジャン。
「ぬぅっ! やりおるな、小僧!」
ランページもまた華麗なステップを踏みムーンウォークをした。激しく腰を振ろうとしてランページはハウッ!とのけぞる。
「うぐっ! こ……腰が……」
「やった!やったヨ! みんなっ! ラジャン、ランページに勝ったヨ! ぎゃっ!」
霊呼はラジャンの尻を、思い切り蹴り飛ばした。
「なにをバカやってんのよ! あのロボット兵士どもが来たら、私たち――!」
怯えて心配する霊呼にサリエルは告げる。
「安心しろ。操るのは私だ。殺しはしない。逮捕・拘束するだけだ。大統領、アクセス許可を――」
「うぐぐ……。アメリカ大統領の名のもとに許可する……。実戦テストだ。見せてもらおうか、エイスの力を!」
腰を抑えながらランページはニヤリと笑った。
「ゼクウ! あと1時間ほどでエイスの部隊がここに到着します。ここはテロなどに備えて強固な防壁をもっていますが、あのエイス相手にどこまで耐えられるか――」
ラファエルの言葉に、アーサーは深く考え込む。
「相手は国家だ。まともに戦って勝てる相手ではない――。いや、戦うという発想が間違っているのか……。あの『Pオーダー』さえ、なんとかできれば……。そうだ! ゼクウ!」
何か思いついたアーサーは、サリエルに聞かれないように小声で耳打ちする。
ゼクウはその言葉に目を輝かせる。
「さすが――! 相変わらず冴えてるな、アーサー! その時まで時間を稼げばいいんだな!」
ゼクウは携帯で誰かに連絡を取った後、時計を見上げて言う。
「みんな、1日――いや、半日でいいから耐えてもらえないか――」
その言葉に、ジョシュアは深く頷き、聞き返した。
「ゼクウ、テロ対策のために、ここには銃器があるのではないか?」
「ああ、地下に確かあったはずだ」
「でも、あなたは、銃は……」
フィーナは心配そうに声をかける。
「相手は“人”ではなくエイスだ。なんとか戦ってみよう。君たちを守らせてほしい」
フィーナ達を見守るジョシュアの目には、優しさの中に戦士としての強さが宿っていた。
リュウもまたゼクウに話しかける。
「ゼクウ、準備しておきたいことがある。このデータセンターの見取り図を貸してくれないか?」
「いいぜ、何を考えてるかしらないが、期待してるぜ!」
ゼクウは片目をつぶった。
クァンタムズ結成以来、最大の戦いが始まろうとしていた――。




