51.ヒロイン
街の静かなカフェ。
陽光が差し込むテラス席で、エレンとステラが向かい合い、どこか深刻な表情でティーカップを傾けていた。
「……キアリーさん、最近ずっとスライムプラントの社長室に泊まり込んでいて、全然お家に帰っていらっしゃらないんですのよ……」
ステラはため息をつきながら、紅茶に角砂糖を落とす。
対するギルド受付嬢のエレンは、ジト目になりながらフッと鼻で笑った。
「ステラさんのような、元・聖職者とは思えないハレンチでグイグイ来る方と一つ屋根の下に暮らすよりかは、キアリーさんにとってはある意味安全だと思いますけれど……。でも、お仕事のしすぎで家に帰ってこないのは、確かに心配ですねえ」
「ハレンチだなんて心外ですわ! 私はただ、キアリーさんの妻として(※妻にはなっていない)健康面や生活面をサポートしたいだけですのに……!」
膨れるステラを眺めながら、エレンは「はぁ」と再びため息をつく。
思えばステラの「押しかけ女房的なストーカー気質」は、『トラップバスター』によって重大な警告として弾き出されていた。
スライムビジネスが軌道に乗ったことを理由に社長室を居住拠点へと改め、そちらに引きこもるようになったおかげで、結果的にその強烈すぎる罠を華麗に回避し続けているのだった。
本来であれば、冒険者ギルドのしっかり者「エレン」か、猛烈アプローチをかける「ステラ」か――。
キアリーを巡るヒロインの座はその二人に絞られていたはずだった。
……そう、『アイツ』さえ現れなければ。
一方その頃、スライムプラントの社長室。
「ふぅ……今日のブルーとイエローの出荷準備、無事に終わったよ……」
デスクに突っ伏し、疲労困憊で吐息をもらすキアリー。
すると、デスクに置かれたアクリルケースの、高級レタスの敷布団から、ぷるんと緑の体が身を乗り出してきた。
『兄ちゃん、今日もお疲れさん! 大変やったやろ?話ならいつでも聞いたるで!』
グリコは気遣うように体をぷるぷるさせ、耳(※当然ない)をキアリーの方へ傾けている。
「うぅ……ありがと、グリコ……。やっぱりグリコとここにいる時が一番落ち着くなぁ……」
『へへっ、せやろ? 兄ちゃんが頑張ってるのはワテが一番よく知っとるからな!』
得意げに揺れるグリコを見て、キアリーはふと微笑んだ。
相手はグリーンスライムとはいえ、こうして言葉を交わし、傍で寄り添ってくれるだけで何よりの癒やしになっていた。
「グリコ、君って本当、最高の相棒だよ……!」
『なに言うてんねん、照れるやんか!』
かつてキアリーの心を射止めるはずだったヒロインたちの座は、今や「話を聞いてくれて、社長室を居心地の良い空間にしてくれるコテコテの緑のスライム」によって、完璧に奪われつつあるのであった――。




