50.意志の力
安全な捕獲法が広まったことで、街では思いもよらない空前のブームが巻き起こっていた。
「グリーンスライムのペット化」である。
アクリルケースに入れてただプルプル動く姿を眺めて癒やされる者、
ケース内にミニチュアの街並みを再現したジオラマ仕立てにする者、
はたまた木棒を何本も立ててアスレチックのように昇り降りさせて遊ぶ者まで、楽しみ方は多種多様だった。
ちなみに、我が社長室のグリコはいたってシンプル派だ。
屋根のない長方形のアクリルケースに高級レタスを敷き詰め、小型の送風機から出る微風にあたるのが至福の時間らしい。
『……あ~、この微風がたまらんわぁ……』
ちなみに『ちょうどいい風量』が決まるまで、グリコは強風で部屋の端まで吹っ飛ばされて壁に激突しかけたことがある。グリコ曰く「ワテの人生で一番死を覚悟した瞬間」だったそうだ。
だが、誰もがグリコのように快適な生活を送れているわけではなかった。
飼い主がスライムの嗜好を理解できず、作られた環境に馴染めずストレスで消滅・溶解してしまう個体。
あるいは、屋外で飼われて猫や鳥にパクッと食べられてしまう個体も後を絶たなかった。
そして……それ以上に深刻な大問題が発生し始めていたのだ。
なんと、愛玩用として飼われていたグリーンスライムたちの中から、グリコのように「固有スキル」に目覚める個体がチラホラと現れ始めたのである。
「……オークさん一家もそうだけど、スキルは生きとし生ける者すべてに備わっている……モンスターだって例外じゃないんだ」
社長室でギルドからの警告文書を読みながら、キアリーは額の汗を拭った。
グリコの『カンサイベン』のように、人畜無害(※一部の人間をちょっとイラッとさせる程度)なら何の問題もない。
だが、ストレスや環境の変化によって「攻撃魔法」や「強力な酸」といった有害なスキルに覚醒してしまう個体が出現したのだ。
中には、放電スキルに目覚めたグリーンスライムが暴走し、アパート一棟を丸焦げにしたという事故まで報告されていた。
「ひえぇ……っ!ぼ、ボクがプラントで大量に干していたグリーンスライムの中に、そんな爆弾みたいな個体が出なかったのって……ただの猛烈なラッキーだったんじゃ……!?」
『ひぃぃぃっ! ほんまやで兄ちゃん!ワテの「カンサイベン」で済んで良かったなぁっ!? もしワテが「ギガデイン」とか覚えてたら、この社長室ごと消し飛んどったで!!』
グリコもレタスの上でプルプルと震え上がり、二人は顔を見合わせて肝を冷やした。
「……待てよ? グリーンでスキル覚醒が起きるってことは……『ブルー』や『イエロー』でも同じことが起こり得るってことじゃ……!?」
「15メートルの巨大ブルーが攻撃魔法を吐き出したら……!?」
「1メートルに縮んだ熟成イエローが爆発したら……!?」
想像しただけで血の気が引くキアリーとグリコ。
――しかし。
二人が抱いたこの恐怖は、完全に「杞憂」であった。
実は、スキルが存在することと、それを発動できることは別問題なのだ。
固有スキルを目覚めさせ、発動させるためには明確な意志、つまりは『高い知能』が必要となる。
グリーンスライムという種族は、モンスターの中でも例外的に非常に高い知能と明確な意志を持っていた。
だからこそ、グリコは人間と会話ができるほどの知能に目覚めたし、他のグリーンたちも「快適な寝床」を求めて高級レタスに群がったのだ。
一方で……巨大化するブルースライムも、熟成珍味となるイエロースライムも、そんな高度な知能は一切持ち合わせていない。ただ本能に従って蠢くだけの、知性なき存在なのである。
したがって、ブルーやイエローがスキルを覚醒させて暴走する可能性はゼロに等しかった。
……もっとも、そんなモンスター生態学の真実を、今のキアリーとグリコが知る由もない。
「あ、アーサーさん! 至急、ブルーとイエローのアクリル棟の防犯と防御魔法陣を10倍に強化してください!! お金はいくらでも出しますから!!」
「おう、よく分からんが任せとけ!」
真相を知らないキアリー社長は、存在しない「スライム暴走リスク」に備えるため、プラントのセキュリティ強化へ巨額の資金を投じるのであった。




