49.グリーン事業撤退
世の中というのは、実にままならないものである。
キアリーが発明した『高級レタスホイホイ』によるグリーンスライムの安全捕獲法。
それは駆け出し冒険者や一般市民にまで爆発的に広まり、街には「自作の干しグリーンスライム」があふれかえることとなった。
何せ、グリーンスライムには毒がなく、危険性も皆無。
干すのに高度な専門知識もいらないため、わざわざ「キアリーのスライムプラント」から高価な完成品を買い付ける必要がなくなってしまったのだ。
「はぁ……まさか自分の発明で自分の事業の首を絞めることになるとはね……」
社長室で帳簿を眺めながら、キアリーは苦笑いを浮かべてため息をついた。
デスクの上の高級レタスベッドで寝そべっていたグリコが、チラリと片目をあけて(※目はないが)声をかけてくる。
『まあ、しゃあないわ兄ちゃん。誰でも作れるようになったもんに価値は残らへん。「整腸剤のグリーン」は市場に任せて、ワテらは撤退するのが潮時やな』
「うん……グリコの言う通りだね」
キアリーは決断した。
「毒があって危険なブルーと、食べ頃の判断が極めて難しいイエロー……。この2つはボクたちの『専門知識』と『設備』がないと絶対に作れない。これからはこの2種に資源を集中させよう!」
こうして、キアリーはグリーンスライム事業を徐々に縮小。
プラントのアクリル棟は、さらなる需要拡大を見せるブルースライムの巨大飼育スペースと、イエロースライムの熟成ラインへと改装されていった。
その日の夜。
「……そうか。『トラップバスター』が反応しなかったのは、そういうことだったんだ」
静まり返った社長室で、キアリーは自分の手のひらを見つめながらポツリと呟いた。
高級レタスを使った捕獲法を思いついたあの日
キアリーの『トラップバスター』は一切の警告を発しなかったのだ。
もしあの捕獲法の普及が、キアリーを破滅に導く「最悪の罠」であったなら、スキルは絶対に警報を鳴らしていたはずだ。
『兄ちゃん、何をブツブツ言っとんねん?』
レタスのベッドからぬっと顔を出した(※顔はないけど)グリコが、不思議そうに揺れる。
「いやね……自作の捕獲法のせいでグリーン事業が縮小しちゃったから、あの時のアイデアは『罠』だったのかなって思ってたんだけど……実は違ったのかなって」
キアリーは苦笑いしながら、頭の中のパズルを組み立てていく。
確かに、グリーンスライムの爆発的な販売利益は失われた。これ以上グリーンで大儲けすることはできない。
しかし――そもそも群生してるグリーンスライムを売っていただけなので、大赤字のような「損」をしたわけではないのだ。
むしろ、これまで毎日のように殺到する「整腸剤をくれ!」という注文に追われ、品薄のプレッシャーと過酷な出荷作業で擦り切れそうになっていたキアリーの心労と負担は、事業の縮小によって劇的に減少していた。
さらには、グリーンにかけていた時間とプラントのスペースを、参入障壁が高く利益率も桁違いな「ブルー」と「イエロー」へ完全に集中させることができたのだ。
「『トラップバスター』は、ボクが破滅するような『害』しか検知しない。……つまり、グリーン事業の縮小は、ボクの人生にとっても、会社にとっても『メリットの方が大きい』ってことだったのかもね」
『ふ~ん……兄ちゃんのそのスキル、なかなか粋な判断するやんか。目先の金儲けに目が眩んでストレスで倒れる前に、ブレーキかけてくれたっちゅうわけやな』
グリコは感心したような顔で(※顔はないが)ぷるんと頷いた。
「うん。おかげでボクの寿命も縮まないで済んだし、ブルーとイエローに集中できる。本当にうまくできてるよ」
「自分を守るためのスキル」が示してくれた、目先の利益にとらわれない選択。
キアリーは肩の荷がふっと降りたような晴れやかな笑顔を浮かべた。




