40.元も子もなかった
「……あれ? そういえばキアリー、最近店に顔出してなくねえか?」
青果店の店先で、店主のボリスが首をかしげながら巨大な大根を並べていた。
「ああ、ボリスさん。キアリーなら今日も朝から地上のプラントで、スライムの熟成具合のチェックをしてますわよ」
買い物に訪れたステラが、どこか誇らしげに微笑みながら答える。
「いやいや、うちの仕入れの検品はどうすんだよ! あいつの『トラップバスター』で毒野菜やら傷んだやつを見分ける作業、めちゃくちゃ助かってたんだぞ!?」
「あ、それですけれど……」
ステラは人差し指を唇に当て、うふふと上品に微笑んだ。
「わたくしの『アンチポイズン』がございますでしょう?入荷した食材にわたくしが一括で魔法をかければ、毒のあるものも腐ったものも、全部まとめて一瞬で浄化できますの。……そのことに、キアリーさんも先日ついに気がついてしまいまして」
「身も蓋もねええええええっ!??!」
ボリスの絶叫が響き渡った。
そう、キアリーは気づいてしまったのだ。
店で1つずつ野菜の罠判定をする必要はもうなく、さらに『黒鉄の迷宮』も実態はオーク一家の牧場だと分かったため、危険なダンジョン冒険に出かける必要すらもなくなったのだということに。
浮いた時間と情熱のすべてを「スライム天日干し事業」に注ぎ込める環境が、完璧に整ってしまったのである。
遠くから、白い作業着を着たキアリーが、すっかり実業家の頼もしい顔つきで爽やかに手を振ってやってくる。
「キアリーお前……! 冒険も店の手伝いも無くして、すっかりスライム一筋になっちまって……!」
「ボリスさん、何言ってるんですか! この事業のおかげでオークさんたちとのパイプもできましたし、街の医療にも貢献できてるんですから!」
「まあ、そりゃそうだが……」
かつて毒を恐れて必死に『トラップバスター』を振るっていた少年は、今や地上の医療と経済を動かす、押しも押されもせぬ「スライム実業家・キアリー」として、平和で穏やかな(そしてかなり手広く稼ぐ)新たな日常を歩み始めていたのだった。




