38.究極と至高
20メートル級の超・超巨大スライム育成実験が始まってから、キアリーの観察日記は停滞し始めていた。
10メートルクラスまではたったの6日間で順調に育ったものの、そこからの成長速度は驚くほど鈍化。
2週間が経過してようやく13メートルというところだった。
そして、実験開始から4週間が経過した、ある日のこと。
――『パァァァンッ!!』
破裂音とともに、アクリルケースの中でスライムが自重と内圧に耐えかねて勝手に弾け散った。
「な、なんだってー!?」
15メートル付近が、ブルースライムの「物理的な成長限界」だったらしい。
呆然としながらも、キアリーは弾け散ったスライムの破片を集めて天日干しに回し、気を取り直して「よし、もう1体最初から……!」と意気込んだ。
しかしそこへ、苦笑いを浮かべたオークのご主人がやってきた。
「あのなぁ、キアリー。俺たちのためにここまでやってくれてるのは本当に感謝してるんだが……この大きさのアクリルケース、さすがに邪魔だから外でやってもらえないだろうか」
「あ……」
言われてみれば、ごもっともである。
20メートルの透明な巨塔がリビングの真ん中に鎮座しているのだから、ご近所迷惑以外の何物でもない。
キアリーは退去命令に従い、地上からボリスさんを呼んできた。
「任せとけ! 『ハイパーストレンジ』!!」
ボリスさんがマッチョ化し、二人がかりどころか重力に逆らう力技で巨大アクリルケースを地上(屋外)へと運び出した。
そして、屋外で実験を再開してから、わずか3日後のことだった。
ケースの中を覗き込んだキアリーは、目を疑った。
「……え?」
そこにいたのは、10センチの幼体のまま、完熟したドライフルーツのようにカラカラに干からびたブルースライムだった。
ケースが外に出たことで、無防備な10センチの幼体に地上の強烈な直射日光がダイレクトに当たり、成長する間もなく、生きたまま一気に水分が蒸発してしまったのだ。
『トラップバスター』で確認するも、毒の警告はゼロ。
しかも、一度核を叩き割ってから干したものに比べて、その青みは深海のように深く、濃密に輝いていた。
「……一応、両方持っていってみよう」
第4階層の牛舎。
15メートル級の爆散破片から作った干物と、屋外で直射日光に晒されて出来上がった「幼体直干し」の干物。そのふたつを、ミノ姐さんたちの前に差し出した。
まずは15メートル級を口にするミノ姐A。
「『んも~! 10メートルの時よりさらにコクが出てて美味しいわ!』だそうだ」
「よし……! やっぱりデカくした甲斐はあったんだ!」
キアリーがガッツポーズをした直後、ミノ姐Bが「幼体直干し」をパクリと口に含んだ。
次の瞬間――ミノ姐Bの目が、ハートマーク(♡)にひん剥かれた。
「『……っ!? んもぉぉぉぉぉ~~~っ!!♡♡』」
その官能的な絶叫に、全員がビクッと肩を跳ね上げる。ご主人が目を見開きながら通訳した。
「おいキアリー……『こっちの小さい方は、濃密な旨味の中に生の瑞々しさが完璧に残ってて、比べものにならないくらい美味しいわ!!』絶賛だぞ!」
「……え?」
「『今まで食べた中でダントツで一番美味しいわ! これよ、これが欲しかったのよキアリーちゃん!!』って言ってるぞ!」
ミノ姐さんたちは狂喜乱舞し、15メートル級には目もくれず、幼体直干しのスライムを奪い合うように貪り食った。
15メートル級が『究極の干しブルースライム』なら、幼体直干しは『至高』たと、ミノ姐たちは評した。
静まり返る実験場。
つまり――。
わざわざ巨額の資金を投じて20メートルのケースを作る必要も、
1ヶ月間もじっくり熟成させる必要も、
命がけで核を槍で突く必要すらも、一切なかった。
最初から幼体を生のまま、屋外の直射日光に数日間晒しておくだけで良かったのだ。
「……ボクの……ボクの全財産……」
膝から崩れ落ち、灰のように真っ白になるキアリー。
「……どんまい、キアリー。まあ……結論が出ただけ良かったじゃねえか……」
アーサーが哀愁漂う手で、そっとキアリーの肩を叩くのだった。




