37.バキバキ
「……ダメだ。これじゃない」
キアリーは、目の前に並べた10センチサイズの「生食サイズ干しブルスラ」を前に、険しい表情で首を振った。
実験第二弾として試した「そのまま干す」パターン。
ミノ姐さんたちの反応は、見事に分かれた。
「『5メートルの半端なやつよりは味が凝縮されてて美味しいわね』だそうだ。で、あっちは……『うーん、やっぱり深みが足りないわ』だとよ」
オークのご主人が通訳する通り、ミノ姐Aからはそこそこの評価を得たものの、ミノ姐Bの評価はいまいち。そして何より、二人(二頭)揃って「やっぱり最初の10メートル級の感動には程遠いわねぇ」という結論で一致してしまったのだ。
「……じゃあ、もっとデカくすればいいんだ」
キアリーの瞳に、怪しい光が宿り始める。
「10メートルであれだけの旨味が出るなら……その倍まで熟成させたら、一体どれほどの極上になるんだ……?」
「おいキアリー、まさかお前……」
アーサーが制止しようとするのも聞かず、キアリーは街の資材屋と工務店へ直行した。
――数日後。
『黒鉄の迷宮』第4階層の特設実験場にそびえ立ったのは、見上げるような【高さ20メートル超の特注・超強化アクリルケース】だった。
「……なぁ、キアリー。これ、いくらしたんだ?」
マックが引きつった顔で尋ねる。
「……先月と今月の冒険者報酬、それから貯金が全部吹き飛びました」
キアリーはケロッとした顔で答えた。
そう、キアリーはパーティからの資金援助も、オークさんたちからの出資もすべて断り、完全な自己資金だけでこの無謀な巨大アクリルケースを発注・搬入・設置したのだ。文無し一歩手前である。
この異常なまでののめり込み用に、周囲もいよいよ本気で心配し始めていた。
「ねぇ、アーサー……キアリーさん、少しおかしくありませんこと?」
ステラが物陰から、目の下に隈を作りながらケースを見上げるキアリーを不安そうに見つめる。
「ああ……完全に正気じゃねえ。……まさか、あのミノタウロスたち、固有スキルで『魅了』でも使ってんじゃないだろうな? キアリーのやつ、すっかり骨抜きにされて操られてるんじゃ……」
「姐さんたちに……最高の干しブルスラを食べてもらうんだ……ふふ……あんな顔、二度とさせない……」
ブツブツと狂気めいた戯言を呟きながら、アクリルケースのネジを締め直すキアリー。
(※注:ミノ姐さんたちにチャームスキルなどなく、ただ「干物をくれる可愛い坊や」として可愛がり、ついでに甘いミルクの匂いで抱きしめていただけなのだが、キアリーの職人魂と変性のフェチズムが勝手に暴走しているだけである)。
「よし……準備完了だ」
10センチのブルースライムをケースの底へ投入する。
アクリル越しに見上げる20メートルの透明な塔。これが満杯になる頃には、かつてのフロアボスを超える、前代未聞の超・超巨大ブルースライムが誕生する。
全財産を投げ打ち、仲間から正気を疑われ、魅了疑惑までかけられたキアリー。
男のプライドと狂気をかけた、人生最大の「大・天日干し実験」が、静かに幕を開けた――!




