32.真相
「ふぅ……甘くて濃厚で、五臓六腑に染み渡りますわね……」
ステラがうっとりと息を吐く。先ほど目の前で搾り取られたばかりのホットミルクは、驚くほど臭みがなく、コクと甘みが極上だった。男性陣も、先ほどの興奮と動揺を沈めるように、温かいカップを両手で包み込んでいる。
そこへ、奥の部屋からどたどたと足音が聞こえてきた。
大きなナタを背中に担いだガッシリ体型のオークと、エプロン姿の小柄なオークが顔を出す。
『フゴッ、フゴッ!』
「おう、戻ったか。紹介するよ、食肉加工の仕事から帰ってきた俺の弟と、奥さんだ」
「オークの……奥さん……? ぶふっ……! フォッフォッフォ、これは傑作じゃ……!」
マックが何かのツボに入ったらしく、プルプルと肩を揺らして牛乳を吹きそうになっているのを、アーサーが肘で小突いて宥めている。
弟さんと奥さんは人間の言葉は喋れないが、愛想よく『フゴフゴ』と鼻を鳴らして頭を下げた。二人はこの自宅のさらに地下――『第5階層』にある食肉・乳製品の加工工場で働いているのだという。
そこでキアリーは、最近街の市場で起きていた「ある異変」を思い出した。
「あ……! そういえば、街のギルドや市場で、ミノタウロスの肉やバターが全然手に入らなくなって高騰してるってニュースがありました! あれって、もしかして……」
「ああ、察しの通りだ」
ご主人が、重々しく頷いた。
「第2階層でブルースライムが巨大化してな。地上への出荷ルートを完全に塞がれちまったんだよ。それだけならまだしも、あいつらの毒性がどんどん周りに伝染して、第2階層が毒まみれのフロアになっちまった。俺たちも地上に行けなくて困り果ててたんだ」
「それで……あのギミックを?」
「ああ。これ以上、毒や巨大スライムが第1階層や街に漏れ出さないように、うちの奥さんがギミックを作って遮断したんだ。さらに、外の冒険者が異変に気づいて解毒してくれるのを期待して、1階にアンチドートの材料(マジカルマッシュルームとウサギ肉)をたくさん配備しておいたんだが……」
「え……えええええっ!? じゃ、じゃあ、このダンジョンって……オークさんが作ったんですか!?」
キアリーが立ち上がり、目を丸くして叫んだ。
「正確にはうちの奥さんだな。こいつには固有スキル『ダンジョンクリエイター』というのがあってね。元々はミノタウロス農場と加工工場を地下に作るために、この広大な空間を改築したんだ。ダンジョン扱いなら任意の魔物も召喚・育成できるから、ミノタウロスの主食であるブルースライムも作れて便利だったんだが……今回はそれが完全に仇になっちまってな」
奥さんは少し申し訳なさそうに『フゴ……』と眉を下げて身を縮めた。
なんということだろう。
街の冒険者たちが「未踏破の凶悪な迷宮」と恐れ、ギルドが封鎖を決断した『黒鉄の迷宮』の実態は――
【オーク一家の私有地(農場兼自宅)】だったのだ。
「ちなみにだ」
ご主人が誇らしげに胸を張った。
「うちの家族で人間の言葉が喋れるのは俺だけなんだが、それというのも俺には固有スキル『ヒューマノイド』というのがあってな。人間の言葉を完璧に理解して、制限時間付きだが、見た目も人間になれるんだ。……ふんっ、ヒューマノイド!」
ご主人が気合を入れると、その巨体がまばゆい光に包まれた。
光が収まると――そこに立っていたのは、身長2メートルを優に超える、超巨大な人間のナイスミドルだった。
顔立ちも完全に人間で、街を歩いていても「背のやたらデカい旅の用心棒」にしか見えない。
「これで時々、俺が人間に化けて地上へ牛乳や肉を仕入れ・出荷しに行ってたんだよ。今回は階段が塞がれて行けなかったがな」
「なるほど……!!」
キアリーは頭を抱えた。
迷宮の意地悪な仕掛けも、毒のフロアも、すべては「家の防犯」と「公害対策」と「外への SOS=アンチドートの材料配備」だったのだ。
解けた謎のあまりのスケールの落差と、目の前の温かいホットミルクの湯気に、4人はただただ呆然と、しかし妙に爽やかな脱力感に包まれるのだった。




