29.モンスターハウス
第2階層の「同時押しスイッチ」のタネさえ分かってしまえば、もうこちらのものだ。アーサーとステラが阿吽の呼吸で離れた部屋のスイッチを押し、キアリーたちはボリスの手を借りることなく、スムーズに第3階層へと辿り着いた。
しかし、4人の前に立ちはだかったのは、重厚な大扉だった。
「……それにしても、こんな大きい扉、わしらの手で開けられるのかのう?」
マックが杖でトントンと叩くが、扉はびくともしない。
「やっぱり、今日もボリスさんに来てもらったほうがよかったのかな……」
キアリーが不安げに呟いたその時、扉の横を調べていたステラが声を上げた。
「あら? 皆さん、こちらをご覧になって。右手に小さな扉と……何かしら、このボタンのようなものは」
見れば、巨大な扉の脇に、人間サイズの木製のドアがひっそりと設置されていた。そしてその横には、壁から突き出た小さなボタン。
キアリーが慌てて『トラップバスター』の目を凝らすが、そのボタンとドア自体には何の警告ログも出ていない。
確実なのはただ一つ。この扉の向こうが『モンスターハウス』だということだけだ。
「……よし、行くぞ。みんな、武器を構えろ!」
アーサーの緊張した声に、マックが呪文を唱え始め、ステラがモーニングスターを固く握りしめる。
キアリーは意を決して、そのボタンを人差し指で強く押し込んだ。
――『キンコーン……♪』
静まり返ったダンジョンに、あまりにも緊張感のない、のどかな家の呼び鈴のような音が響き渡る。
4人が「えっ?」と毒気を抜かれたその直後、扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。
『はーい! 今出まーす!』
身構える4人の目の前で、ガチャリとドアが開き、中からエプロンをつけた1匹のオークがひょっこりと顔を出した。
「あ?うちになんか用?」
「お、オークが喋ったァァァ!!!??」
アーサーが盾を放り出しそうになりながら絶叫する。
しかし、キアリーの視界には何の警告ログも出ていない。このオーク自体に敵意や罠の気配はないのだ。キアリーは混乱する頭をどうにか立て直し、恐る恐るそのオークに会話を試みた。
「あ、あのー……お騒がせしてすみません。ボクたち、この迷宮を探索している冒険者なのですが……この先って、さらに下に行く階段とか、あったりします……?」
するとオークは、豚のような鼻をフンと鳴らして親切に教えてくれた。
「階段? おう、うちの裏庭にあるぞ」
「「「「うちの裏庭!?」」」」
4人の声が綺麗にハモる。
「そ、そのー……大変不躾なお願いなのですが、そこまでボクらを通していただけたりしませんかね……?」
キアリーがダメ元で手を合わせると、オークは急に腰に手を当て、ジロリと4人を睨みつけて声を荒らげた。
「あん? お前ら、人(?)に物を頼むのに手土産もよこさないつもりか? ああ!? そんなんで、うちの敷居を跨がせるわけにはいかねーなー!」
バタンッ!!!
激しい音を立てて、ドアが目の前で完全に閉められた。
あとに残されたのは、呆然と立ち尽くす4人。
「……なるほど」
キアリーは、ぽつりと呟いた。
「モンスターハウス」って、そういうことか。
ここはたくさんの魔物がひしめく危険地帯ではなく、文字通り『モンスターのハウス(魔物の家)』だったのだ。
確かに、無理やり鍵をこじ開けて中へ突入すれば、不法侵入として家主のオーク(とその家族)がブチ切れ、文字通り「うようよとモンスターが襲いかかってくる惨劇」になる。だから、扉を開ける行為そのものがキアリーの目には『人間に害をなす罠』として映っていたのだ。
「……しかも、罠の解除なんてできるわけないよね。ここ、オークさんの『家』なんだもの」
「ギミック」ではなく「ご近所トラブル」の領域だったという事実に、キアリーは妙に深く納得してしまい、ダンジョンの中で一人、深くため息をつくのだった。




