23.爆殺堕天使
「……んぅ」
キアリーは、煎れたてのコーヒーの香りと、フライパンでベーコンが焼ける音をBGMに、キッチンに敷いたマットレスから重い身体を起こした。
この街に来て1ヶ月半。今や彼の生活拠点は完全にこの調理場の角に固定されている。
元々の寝室は、今や迷宮の二層で鍛え上げられた猛者――『爆殺堕天使』こと、ステラの聖域となっていた。
寝室から聞こえてくる寝息は、つい先日、ホーンラビットの頭部をモーニングスターで粉砕したとは思えないほど穏やかだ。だが、その扉の向こうに待ち受けるのは、絶対的な暴力の権化。
(……いや、挑むだけ無駄だ)
キアリーは『トラップバスター』で自分の脳内をスキャンする必要すらなかった。
自分とステラ。戦闘能力の差は、もはや「アリと神」ほどの隔たりがある。もしここで寝室へ突撃し、「部屋を返してください!」なんて言おうものなら、キアリーはモーニングスターの棘の餌食となり、文字通り「塵に還る」未来が確定しているのだ。
むしろ、ベッドを与えたことで機嫌が良く、朝から美味しい食事を要求されるだけで済んでいる今の状態は、キアリーにとって「平和的解決」と言えるのかもしれない。
「さて、と」
キアリーは手際よく朝食のプレートを完成させていく。
マジカルマッシュルームをバターでソテーし、カリカリに焼いたベーコンを添える。ステラが起きてきて、これを食べた時の「……あぁ、生きてて良かった」という至福の表情だけが、キアリーにとってキッチンで眠る日々の唯一の報酬だ。
ふと、寝室のドアノブがガチャリ、と回る音がした。
「おはよう、キアリーさん。……いい匂いですね」
天使の寝顔から一転、修道服を少し崩したラフな姿で現れたステラ。
彼女の腰には、朝から当然のように例のモーニングスターが吊るされている。
「お、おはようございます、ステラさん。朝食、できてますよ」
「ふふ、さすがですね。私のモーニングスターよりもずっと、貴方の作る朝食の方が扱いやすいわ」
ステラはそう言って、キアリーのすぐ隣の椅子に座る。
戦闘においては街一番の猛者でありながら、食卓ではキアリーに全てを依存する。
キアリーは溜息を一つ吐き、しかしどこか誇らしげに、彼女の分のコーヒーを注ぐのだった。




