21.3度目の撤退
「やっぱり、ここにも宝箱があるわね」
開いた壁の先を進むと、前回の探索で見覚えのあるエリアへと辿り着いた。
マッピング済みの地図が示す通り、このエリアには、かなり離れた2カ所の小部屋にそれぞれ1つずつ、合計2つの宝箱が配置されている。
「……よし。モンスターの奇襲があるかもしれない。絶対にバラバラにはならず、4人固まって1つずつ確実に調べていこう」
アーサーが盾を構え、引き締まった声で指示を出す。
前回の毒ネズミのトラウマ、そしてステラの同行。これ以上、仲間を危険に晒すわけにはいかない。危険なダンジョンにおいて、「全員で固まって行動する」というのは、冒険者としてあまりにも正しく、教科書通りの鉄則だった。
しかし――それこそが、この『黒鉄の迷宮』が仕掛けた、最も陰湿で悪意に満ちた『ひっかけ』だということに、4人は誰も気づいていなかった。
このエリアの仕掛けの正解は、【離れた2カ所にある宝箱のスイッチを、完全に同時に押すこと】。
つまり、安全のために4人全員で固まって1つ目の箱へ向かい、そこでどれだけ偶然スイッチを押したところで、もう1つの箱が手付かずである以上、次のフロアへと続く隠し扉は絶対に開かない。
今の4人の「安全第一」という生存戦略そのものが、このギミックを永久にクリアできなくさせている絶対的な障壁(詰み条件)となっていたのだ。
「……中身は、やっぱり空っぽですね」
キアリーが『トラップバスター』を光らせながら箱の底を覗き込むが、ログは沈黙したまま。
アーサーが「何か手掛かりは……」と箱をゴソゴソと弄り回し、偶然にもその中に隠されていたスイッチをカチリと押し下げる。だが、もう片方の箱が遠く離れた部屋で眠っているため、迷宮には何の音も、変化も起きない。
「ダメね。ここもただの空箱だわ。……じゃあ、もう1つの部屋の箱に行ってみましょう」
ステラを先頭に、4人は警戒を怠らずに移動する。
そして、2つ目の部屋の宝箱に到着し、また同じように全員で中を探り、アーサーが偶然スイッチを押す。
当然、その瞬間にはさっきの1つ目の箱のスイッチは元に戻ってしまっているため、やはり何も起きない。
「……ここも空っぽ。そして、壁も動かない」
キアリーは、ただただ静まり返った無機質な石壁を見つめ、絶望的な表情で首を振った。
「罠の反応はどこにもありません。でも……進めない。ボクたち、一体何を見落としてるんだろう……」
「フォッフォ……。まるで、狐に摘まれたようじゃな」
マックが深く溜め息をつく。
無常にも、時は流れていく。
「みんな、そろそろ時間が限界よ……!」
アーサーが苦渋に満ちた声で告げた。ギルドから支給されたアンチドートの効果が切れるタイムリミットが、すぐそこまで迫っていた。ここに長居すれば、今度こそあの凶悪な毒霧の餌食になる。
「悔しいけれど、戻りましょう……。このままじゃ命がいくつあっても足りませんわ」
ステラがモーニングスターを収め、唇を噛む。
結局、4人は何一つ正解の手がかりを掴めないまま、3度目の退却を余儀なくされるのだった。
完璧に安全な行動を選び、完璧にギミックのスイッチを押し合っているにもかかわらず、絶対に交わらない。迷宮の悪意は、彼らの「正しさ」をあざ笑うかのように、静かに暗闇の中で佇んでいた。




